ーーNo.161 決意を胸にーー































































太陽が完全にその姿を現すと、朝靄は逃げるように消えていった。
いつもであれば市場でにぎわう時間ではあったが、人々の姿はなく街はひっそりとしていた。
ようやく取り戻した帝都の日常、それを続けるためにユーリ達はこれから海の先へ赴こうとしている。

「よし、あと来てないのはエステルだな。
リタ、見てないか?」
「エステルは来ないわ。
・・・あの子、もう戦えないから・・・」

ユーリに背を向けてそう言ったリタに、皆から不審な視線が向けられる。
言われた言葉の意味を知るユーリは目を見開いた。

「おい、まさかーー」
「抑制は成功したわ。
ただ、エステルの力の発動を抑えるにはエアルの干渉を極力避ける必要があったの」

振り返ったリタが反論するように遮ったが、その答えにレイヴンが首を傾げる。

「それなら、 の使ってる魔導器ブラスティアに似たようなのを使えばいいんじゃないの?
嬢ちゃんと同じ満月の子でもあるのに、 が術技を使う時は俺様達みたく魔導器ブラスティアを介してたみたいだし」

それもそうだと、皆の視線が再びリタに注がれると、嘆息した後にリタが口を開く。

「あたしだってその理論なら満月の子の力を抑制できるかもって思ったわよ。
エステルと同じ満月の子なのに、 の術技の発動はあたし達と同じくらいのエアルしか消費していないみたいだった。
だからフェローは指摘しなかったんだと思う」
「じゃあ・・・エステルに と同じような魔導器ブラスティアを作ったの?」
「カロル、肝心なことを忘れてるわよ。
今の技術じゃ筐体コンテナは作れても魔核コアは作れない、でしょ?」

カロルの言葉を訂正した にリタは頷く。

「そう、それに魔核コアが作れる技術がこの時代にあっても無理だった・・・
が使ってる魔核コア、普通の魔核コアと違って特殊な術式が施されてるみたいだから」
「それってヘルメス式ってことか?」
「それは有り得ないわ。バウルもその魔導器ブラスティアをエアルの乱れとは感じていなかったもの」

ユーリの答えをジュディスが打ち消すと、訳が分からずレイヴンが唸る。

「どういうことよ?」
「ヘルメス式じゃないのは多分、確か。
満月の子の能力だけを抑え、かつエアルを使って術技を使えるような術式・・・
確かめようとしたけど、複雑に封印されてて解析しようとしたけど時間がなかった」

むすっとしたリタにカロルは首を傾げた。

「でも、エステルの力の抑制は成功したんでしょ?
魔導器ブラスティアがダメならどうやったの?」
「あたしはレイヴンと同じ方法を採ったのよ」
「ということは・・・術技の動力源はエステル自身の生命力、ってことね」

腕を組んで、些か表情を曇らせて言った にレイヴンも似たような反応を返す。

「マジで?正直、おすすめしないよ。それ」
「言ったでしょ、他に方法は見つからなかった。
でもそれならエアルの刺激を受けずに術式を行使できる。
ただそれだと抑制されるのは満月の子の力だけでなく全部だから・・・
無理したらそれだけで命が危ないわ」

リタの説明を聞いたユーリはようやく納得したように呟く。

「・・・だからこれ以上、一緒に行くのは無理ってことか」
「けんども、それで当人は納得したのかねぇ?」

見た目とは裏腹に、一度決めた事には頑として考えを変えない皇女。
そして自身より他者を優先させる行動を取るここにはいないもう一人の仲間に、果たしてリタの言い分で説き伏せられたのか・・・
レイヴンの言葉に皆が同じ思いを抱いたとき、その返答が返って来た。

「・・・いいえ」

その声に皆が一斉に振り返ると、そこには来ないはずのエステルが神妙な顔で立っていた。

「エステル!」
「ちょっ、あんた、見送り・・・よね?」

焦りを見せて確認するリタにエステルは申し訳なさそうに眉根を下げた。

「ごめんなさい、リタ。
やっぱり・・・連れて行って下さい」
「言ったでしょ!術技を使うだけで命が削られるのよ!
術技さえ使わなければ、何の問題もなく生きられるのに!」

怒りを滲ませ声を荒げるリタにエステルは静かに言葉を紡いだ。

「リタに言われてから一晩考えたんです。
最初は思いました。ああ、これでやっと普通に生きられるんだなって」
「そうよ。エステルはもう十分ひどいめにあってきた。
もう休んでいいのよ」

分かるわよね?という思いがリタの顔に明白に現れていた。
エステルはそんな気持ちを嬉しく思い笑顔を見せる。

「ありがとう、リタ。
・・・でもみんなが命がけで戦おうとしてる。
世界の命運をかけて・・・
それを知ってわたしだけ戦わないなんてできない。
わたしにも出来ることがある、仲間の為に出来る事が・・・
お願いです、みんな。わたしも連れて行ってください」

迷いのない目で一同を見据えたエステル。
だれもがその視線を受け止めるが、なかなか口を開こうとしない。
そんな中、腰に片手を当てたユーリが先陣を切った。

「駄目だ・・・と言いたいとこだが、自分で考えて自分で決めたんだ。
オレは反対しないぜ」
「そうね。一度言い出したら聞かない子だし」
「それにここで置いていったら、きっと一人で無茶するのは目に見えてるしね」
「連れてってやろうや。
仲間に置いてけぼりにされるのは、ちっと切ないぜ?」
「うん。エステルがつらくないようにみんなで助け合おうよ」

ジュディス、 、レイヴン、カロルがエステルの同行を認めた。
しかし、最後の一人はなかなか口を開かず、腕を組んだまま両目を瞑っていた。
不安気にリタを見つめるエステルだったが、やっとリタが組んだ腕を解き、真剣な表情でひたとエステルを見つめた。

「・・・一つだけ約束して。
絶対に、絶対にぜーったいに一人で無理しないこと、いい?
や、破ったら、ぜぜ絶交だからね!」
「はい!」

リタの言葉に向日葵のような眩しい笑みを浮かべたエステル。
自身の言葉とエステルの笑顔に、染まった顔を見られまいとリタは背を向けた。
そんなリタの表情を伺おうとしたカロルは、お約束通り殴り飛ばされ苦悶の声を上げる。

「ふ、このメンツ相手に無理無茶禁止は意味ないだろ」
「さて、問題は海の彼方のザウデにどーやって行くか、かねぇ」

顎を擦って考え込むレイヴンに は微笑を隣に向けた。

「要らぬ心配でしょ。
ね、ジュディス?」
「ええ、もう準備は整ってるわ。船の修理も、ね」

言い終わったと同時に、空から聞き覚えのある鳴き声が響く。
上空に向けた視線の先には、声の主であるバウルと、修理が終わったフィエルティア号が漂っていた。
それを見たユーリは、全ての用意は整ったと視線を仲間に向けた。

「何もかも準備万端って訳だ。
行こうぜ、決戦だ!」
「はい!」
「あいよ!」
「ええ」
「ワン!」
「おー!」
「ええ」
「了解」

力強い声が青空の下に響く。
そして、ユーリ達を乗せた船は海を目指し大空へと舞い上がった。






























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2008.8.18