ーーNo.159 皇帝補佐官 後ーー
その言葉が意味する事に、ユーリ達の顔が悼みに歪む。
は記憶を払うように息を吐くと、再び話し出した。
「目の前が真っ暗になったわ・・・
ドンはずっと私に帝都の情報を教えてくれなかった。
それがどうしてか、その時になってようやく分かった。
・・・どれくらいの間、そこにいたのかは覚えていない。
気付いたら私はどうしてそんなことになったのか、帝都中を駆け回っていた。
最初に分かったのは賊による掠奪。
けど、詳しく調べて分かったのが評議会が下した『皇帝暗殺を企てたことによる反逆罪』という身に覚えのないものだった」
「そんな・・・評議会がそんなことを」
ショックを受けたように口元を覆うエステル。
は続ける。
「辿り着いた事実に愕然としたわ。
そして、わずかに残る記憶を思い出した。
戦場で、帝国に剣を向けたとき『従わなければ反逆罪に科す』と言われたことを・・・
あの時は脅し文句としか受け取らなかったし、何より彼を守ることしか頭に無かった。
だから・・・あの屋敷を襲った原因、それは戦場での私の行動が引き起こしたんだと。
・・・私がみんなを・・・・・・あの時ほど自分を責めたことはなかったわ」
俯いてしまったに、同じように悲しみを浮かべたカロルが悔し気に呟く。
「ひどいよ・・・は何も悪いことしてないのに」
「ありがと、カロル。
でも、あの当時の私にはそれが真実だと思ってた・・・
不可解な点が出て来るまではね」
「不可解な点?」
ユーリが首を捻るとは頷いた。
「私の一族は表向きは評議会に属していたの、でーー」
「表向きってどゆこと?」
遮ったレイヴンの疑問の声に、は思い出したように視線を向けた。
「あ、そっか。
本来、皇帝補佐官のことは皇帝以外知り得ないことなのよ。
代々、前皇帝から新しい皇帝に口伝で政治と軍事面を補佐する者として伝えられてたから・・・
ただ、皇族なのにそういう地位にいると周りが面倒な策略を巡らすでしょ?
下手すればザーフィアスを治めるどころの話じゃなくなる可能性があるから、
皇族ということは隠して、一族は評議会の一員として加わっていた。
もちろん、皇帝の剣となる為に騎士団にも入る人はいたけどね」
「全然知りませんでした・・・」
「エステルが知らないのも無理ないわ。
もしかしたらヨーデル殿下も知らないかもね。
だからこそアレクセイがどうして知ったかが不気味でしょうがないんだけど・・・」
話を戻すわ、と前置きをしたは再び語り出す。
「最初は私の父と先代の皇帝が親友みたいな仲なのを見て、下手な勘繰りしたどっかの貴族の仕業、かと思ったの・・・
けど、だからといって証拠も無く、弁明の場も与えられず、一方的に処罰が下ったなんてあまりにも不自然過ぎた。
それ以上のことを調べようとしたけど、当時の私の力じゃ、ここまでが限界だった・・・
必ず真相を突き止める。そう誓って私はダングレストに戻った。
で、その時帝都の内部事情に詳しいレイヴンにその調査をお願いしたの。
自分の家族のことだということは伏せてね」
一旦息をついたの話を聞いていたレイヴンは、両手を頭に回し天井を向いていた。
背もたれを壁に預け、椅子の前足を浮かせたまま器用にバランスを取っている。
「まぁ、あんときのの頼みを断われるヤツはいなかっただろうしね」
「どういうことよ?」
リタの声と皆からの視線を受けたレイヴンは体勢はそのままに視線だけをリタに向ける。
「あのドンでさえ手を焼かせるほどってば荒れてたからねぇ。
お願いっていうよりむしろ脅はーー」
「レイヴン?余計なことは言わなくていい、の!」
ーーゲシッーー
「どわっ!」
の蹴りがバランスを取っていたレイヴンの椅子の均衡を崩した。
重力に引かれて後頭部を強打した鈍い音が響く。
無言で悶絶するレイヴンに構わず、は話を続けた。
「ようやく命令を下した犯人が分かったのはさらに数年かかった。
それは今回私達と関わりのあった・・・ラゴウ」
「ラゴウが・・・」
再び耳にした名にエステルの表情が曇る。
「でも、それはユーリが・・・」
「そうね。でも従者を手にかけ、ラゴウを追い詰めたのは私。
ユーリは私の代わりをしたようなものよ」
「よせよ、もう済んだことだろ」
カロルへの返答を聞き咎めたユーリが眉根を寄せる。
そんなユーリに苦笑で返しただったが、リタが困惑を返す。
「ちょっと、従者ってさっき見た仮面のヤツのことでしょ?
あいつ生きてたじゃない・・・」
「そうね、確かマンタイクでも私達の前に現れたはずだわ」
「そうなのよね・・・私にもそれが分からないの。
私はマンタイクでもあいつを・・・それなのにまた現れた。
一体何者なのかしら・・・」
不可解、いや殺しても死なない不気味な男の正体は何かと思案するだったが、考えを断ち切るように頭を振った。
「・・・ともかく、やっと本当の仇が分かった。
自分の目的の為に私の行動を利用し、父を陥れるために一族まで滅ぼした・・・アレクセイとは必ず決着をつけるわ」
そう締め括ったが口を閉じると、ようやく椅子に戻ったレイヴンが惚けたように顎に手を当てて呟いた。
「ほへ〜、も人魔戦争に・・・ん?待てよ、10年前ならカロル少年くらいの時よね?」
「?そうだけど?」
キョトンとして答えたに、レイヴンはまさか、と顔を引き攣らせた。
「も、もしかして・・・御前試合に年齢制限で出れなかったけど、もしそれに出てたら帝国で三本の指に入る実力を持ってただろうって言われた最年少騎士って・・・」
「ああ、そんなことも言われてたわね」
さらりと肯定したにユーリからも驚きの視線が向けられる。
「おいおい・・・天然殿下が言ってた13歳で範士の称号が取れたっていう凄腕の騎士ってのも、お前のことか?」
「何よそれ?私そんな称号もらえるなんて話聞いてないわよ。
確かに、剣の腕にはちょーっと自信あったけどさ」
ほんのこれくらいね、と親指と人差し指で示したにレイヴンの顔はさらに引き攣った。
「『ちょーっと』って・・・
確か御前試合出してもらえなかった腹いせに、直後の演習で皇帝直属の親衛隊を一人で全員ノシたっていう伝説があったはずだけどね・・・」
「上に立つ人って言うのはやる気ある若者の芽を伸ばす為にいろいろ挑戦させるべきだと思うのよねぇ〜」
歳だけでやらせないっていうのは間違ってると思うわ、と困った風に呟いたに男性陣は閉口した。
(「ね、ねえ、ってそんなに強かったの!?」)
(「手合わせしたこと無いのに、俺様が知るわけないでしょ!
・・・そういや、テムザ山で魔狩りの剣をあっという間に・・・」)
(「こりゃ、逆らったらシャレにならねえな」)
「そこまでの手練なら、ぜひ今度お手合わせ願いたいわ」
「、すごいです!」
「ホーント、あとどんな隠し芸もってるんだか」
「隠し芸って・・・私、芸人と違うんだけど・・・」
げんなりとしたは、一つ溜め息を吐くと立ち上がった。
「私の話はこれで終わり。
時間取らせたわね、聞いてくれてありがと。
あと、面倒事になるからこの事は他言無用で頼むわ」
「一つ聞いていいか?」
ユーリの声には首を傾げた。
「何?」
「アレクセイが言ってた『ソールディン』って誰だ?」
「!」
その言葉には息を呑んだ。
他の皆の視線が集中するが、当人はその場から動かない。
答えが返らないことに、聞いちゃ悪かったか、とユーリが口にしようとした時表情を沈ませたの小さな声が響く。
「ソールディンは・・・私の兄よ」
「え?でも一族は10年前にって・・・」
カロルの言葉には皆に背を向けた。
「そうよ・・・
アレクセイの言葉を信じる気はないわ。
兄さんは10年前に死んだ。
・・・仮に、生きていてアレクセイに利用されているなら・・・私が止めるわ」
力強く握った拳に視線を落とすの表情には、寂し気な影が漂っていた。
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2008.8.17