今までこんな長い時間、戦ったことがあっただろうか・・・
いや、こんな状況下での戦いだからこそ、そう感じるのかもしれない。
なんとかエステルの攻撃を止めることはできた。
だがユーリ達は誰もが傷を負い、気力で立っている状態。
対するエステルは、肩で息をし両膝をついたまま立ち上がる事もできないでいた。




































































ーーNo.157 心の叫びーー































































「ふむ、パワーが足りなかったか?」

エステルの様子に顎に手を当てたアレクセイは、聖核アパティアがはめられた剣を構えると、エステルを包む術式を再び構築した。

「きゃあああああ!!」
「エステ・・・うぐっ!」

エステルの悲鳴に近付こうとしたユーリだったが、エアルの衝撃波がそれを阻む。

「諸君のお陰でこうして宙の戒典デインノモスに代わる新しい『鍵』も完成した。
礼と言ってはなんだが、我が計画の仕上げを見届けていただこう・・・
真の満月の子の目覚めをな」

片目を眇めてそう言ったアレクセイは、紅に染まる術式の周りにさらなる術式を展開させる。
すると、エステルを包んでいた球体が光を発し、ザーフィアスの結界魔導器シルトブラスティアの刀身がそれに呼応するように光を発し出す。
次いで、頭上に展開していた術式の輪が外側から消失していった。
そしてそれが剣先の紋章だけになった瞬間、その紋章から凄まじい光が生じ、ヘラクレスで見た砲撃の比にならない光線が一直線に海に向かって放たれた。
相当の距離があるにも関わらず、その身に感じる振動と衝撃音。
高く上がった白い水しぶきが元の海に戻った頃、ユーリ達は飛び込んで来た光景に目を奪われた。

「く・・・なんだ、ありゃ・・・」
「あれは・・・ミョルゾで見た・・・」

濃すぎるエアルで胸を押さえ、瞠目するレイヴン。
力の入らない膝でどうにか立ち上がろうとするジュディス。
突如として海に現れた遺跡のような巨大な物体に、誰もが自身の目を疑った。

「くくく、はははっ!
成功だ!やったぞ、ついにやった!!
あれこそ、古代文明が生み出した究極の遺産!ザウデ不落宮!
かつて世界を見舞った災厄をも打ち砕いたという究極の魔導器ブラスティア!」

ユーリ達を尻目に、アレクセイは一人声高に哄笑する。
アレクセイの言葉を聞いたリタは、あまりにも巨大するぎるそれを見て愕然とした。

魔導器ブラスティア!?あれが・・・」
「誰もいないところでやってくれ。聞いてて恥ずかしいぜ」

肩で息を吐くユーリに、ようやく笑いを抑えたアレクセイだったが、口を開く前に一つの影がアレクセイの背後に現れた。

「アレクセイ様、準備が整いました」
「なっ!オルクス!どうして生きてーー」
「ご苦労、では向かうとしよう」

驚きを隠せない に返答は返らず、アレクセイは術式を解いたエステルの傍へと歩み寄り、その耳元に顔を近づけた。

「姫、ひとりずつお仲間の首を落として差し上げるがいい」
「!!!てめえ・・・!」

エステルにかけられた言葉にユーリは怒りの表情を浮かべる。
そのままオルクスへと歩み出すアレクセイに、 は一気に距離を詰めようと駆け出した。

「アレクセイ!お前だけは逃がさない!!」

しかし、それを阻むようにオルクスから魔術が放たれ、近付いた倍の距離を弾き飛ばされる。

「くっ!」
「姫も君達がわざわざここに来たりしなければ、こんなことをせずに済んだものを・・・
我に返ったときの姫のことを思うと心が痛むよ。
では、ごきげんよう」

再びを腰を折ったアレクセイは踵を返し、オルクスの隣へと立つ。
すると、二人を包むような竜巻が起こり、地面からその足が離れる。
それを止めようとユーリは駆け出し、剣を薙いだ。
が、それは虚しく空を切っただけだった。

「待てってんだ、アレクセイ!
てめえ、戻って来い!アレクセイ!!」

怒声を上げるユーリだったが、その後ろに凶刃が迫る。

ーーギィーーーンッ!ーー
「くっ!」

しかし、寸前で がそれを阻むが先ほどのダメージを感じさせない力で弾き飛ばされる。
そして、刃は無防備な背に振り下ろされた。

「ユーリ!!」
ーーガギィーーーンッ!ーー
「っ・・・だぁっ!」

の声に咄嗟に振り上げた抜き身の刀身がエステルの剣を防ぐ。
先ほどのダメージなど感じさせないエステルの力に、ユーリは思わず声が漏れる。
と、今まで意味を成す言葉を発せていなかったエステルの唇が僅かに動いた。

「これいじょう・・・だれかをきずつける、まえに・・・
・・・・・・おねがい・・・」






































































「ころして」





































































ーーガギィーーーンッ!ーー

無表情のまま自分を弾き飛ばしたエステルに、ユーリは立ち上がり柄を握り直した。

「今・・・楽にしてやる」








































































エアルが踊り、不穏に光る。
辺りに響く剣戟、喘鳴、叫声、間合いを詰める跫音。
御劔の階梯みつるぎ きざはしでは心を締め付けるほどの悲しい調べが旋律を奏でていた。

「一体お前は何やってんだよ!」
「・・・わたし・・・わたし・・・
・・・・・・いや、もう・・・もう・・・」
「こんなところで、本当に死ぬつもりかよ、死んでもいいのか!?」
「うう・・・うわあああ!」
「オレの目を見ろエステル!」

罰を受けるような引き延ばされた時間で、互いの身が近付きそして離れる事を繰り返していた。
そして、剣を交わらせていた互いの距離が開いたとき、ユーリは光が灯らないエステルの目を真っ直ぐに射竦めた。

「帰って来い、エステル!」
「っ!!」
「お前はそのまま、道具として死ぬつもりか!」

ユーリの言葉に僅かに反応したエステルの呼吸が乱れる。
徐々に荒い息づかいとなるエステルの手からそれまで握っていた剣が滑り落ちた。
高く響く金属音に、皆の視線がエステルに向いた。

「・・・わた・・・わたしは・・・」





































































「わたしはまだ、人として生きていたい!!」






































































エステルの泣き叫ぶ声に呼応して、帝都を包んでいたエアルが空き上がるように空に昇る。
そして訪れたのはエアルが鎮まった普段見慣れた穏やかな帝都の姿だった。

「はあ・・・はあ・・・」
「はぁ・・・くっ・・・」

肩で息を吐くユーリとエステル。
両膝を付いたエステルに嬉しそうにカロルが駆け寄ろうとする。

「やった!エステル、目が覚めたんだね!」
「!まだよ、まだシステムが生きてる!」

の言葉にカロルの駆け寄る足が止まる。
再びエステルを包む術式が組み上がり、ジュディスは焦りを見せる。

「アレクセイの剣が要だったんだわ。このままでは・・・!」
「うう・・・ああ!!」

エステルの苦しむ声と同時に、高濃度のエアルの衝撃波がユーリ達を襲う。
誰もが呻き声を上げる中、エステルは何とか力の制御をしようとする。
しかし・・・

「ダメ・・・もう止まらない・・・
みんな逃げて・・・」
「大丈夫だ、仲間を信じろ!」

ユーリの励ましにもエステルの不安は拭えない。
その時、 が背後に立つリタに振り向く。

「リタ、アレクセイのシステム!
制御術式の再構築、今すぐできない?」

その声にはっとしたようにリタはエステルを包む構築術式を開いた。

「・・・すごい・・・エステルとの同調も完璧。
干渉術式不活性化調整データ、余剰エアル隔離術式も揃ってる。
でも肝心の聖核アパティアの代わりをどうしたら・・・」
宙の戒典デインノモスを使えばいいわ。
アレクセイが使ってた剣の本物だから、きっと・・・」

ジュディスの言葉にユーリの剣を見たリタは、頷くと構築術式を閉じた。

「・・・やってみる!」

そう言って、リタはアレクセイのシステムを写し取るように、術式の構築を始めた。

「みんな、もう・・・」
「言ったろ、信じろって。
凛々の明星ブレイブヴェスペリアはやるときゃやる。そんな顔するなって」

不安気な表情を見せるエステルに、旅の時と同じように軽口を叩いて励ますユーリ。
その後ろにはカロルが、 が、ジュディスが、レイヴンが、力強くエステルに頷いてみせる。
そんな皆にエステルの表情に笑顔が戻った。

「・・・はい!」

エステルとユーリの会話の間にも、リタはどんどん術式を積み上げていき、完成と同時に叫んだ。

「ユーリ!剣を!」
「っしゃあ!」

振り上げたユーリの剣がエステルの術式を裂く。
破裂するように生じた一陣の風。
そして、空中に投げ出されたエステルの体をユーリはしっかりと抱き留めた。

「・・・おかえり」
「・・・ただいま」































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2008.8.15