「・・・おい、
」
「なぁに?」
「『なぁに?』じゃねえよ・・・」
「決戦前に怖じ気づいたの?だらしないわね〜」
「(怒)」
「ちょ、ちょっと
ってば、説明あってもいいんでないの?」
不穏な空気を察し、レイヴンが妥協案を促すが、それを遮るように
は声を張り上げた。
「あ!女の勘が囁いてる!ここは2回の直感!」
「・・・」
「・・・」
先ほどから、『女の勘が囁いてる!』の応酬で、御劔の階梯の仕掛けをどんどん解いている(はずの)一行。
そして、今最後の仕掛けにソーサラーリングでエアルが充填され、どこかで重い何かが動く音を聞いた。
「よしっ、女の勘バンザイ☆」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
あくまで『女の勘』と宣言する
に、一行の視線が刺さるが当人はどこ吹く風だ。
「どうしたのみんな?」
「・・・はぁ、急いでるからもういいわ」
「いやいやいや!突っ込むべきじゃない!?」
「うるさいわよレイヴン、無駄口叩いてる暇ないんだから」
「・・・どうして仕掛けの解きーー」
「カロル君、細かいことを気にしてちゃドンみたいになれないわよ」
「・・・はい」
「仲間を威圧してどうすんだよ・・・」
「どこで解除方法知ったのかしらね」
ジュディスの間髪入れない問いに、他のメンバーからよく言ったとばかりな賞賛の視線が送られる。
そして、その答えを求め渦中の人物に視線が集中した。
ジュディスの問いに
は笑みを深めると、
「企業秘密v」
ーーNo.156 御劔に晒される正体ーー
仄暗い通路を抜け、屋外の長い長い螺旋を上る。
上り終えたそこに、聖核を掲げた薄鈍色の髪がユーリ達に背を向けていた。
数十歩の距離を取って進めていた足を止める。
「・・・呆れたものだ。あの衝撃でも死なないとは」
「危うくご期待に沿えるとこだったけどな」
振り返る事をしないアレクセイに、ユーリが低い声で応じる。
「エステル返してぶっ倒されんのと、ぶっ倒されてエステル返すのと、どっちか選びな」
「月並みで悪いが、どちらも断わると言ったら?」
「じゃあ、私達が決めてあげるわ」
アレクセイの返答に、
は双剣の柄に両手を置き、他の皆も身構えた。
それを肩越しに振り返ったアレクセイは、細めた目を向けたが再び聖核へと注意を移す。
「姫の力は本当に素晴らしかった。いにしえの満月の子らと比べても、遜色あるまい。
人にはそれぞれ相応しい役回りというものがある。
姫はそれを立派に果たしてくれた」
「用が済んだってんなら、なおのこと返してもらうぜ」
「・・・いいとも」
そう言ったアレクセイは、エステルを包んでいた術式を解いた。
その行動に眉根を寄せた
だったが、口を開くより早く、地に足を着いたエステルがこちらに駆け寄って来た。
しかし・・・
ーーガギーーーンッーー
「うおっ!!」
駆け寄ったエステルがユーリに剣を振り下ろし、咄嗟にユーリは鞘で受け止めた。
突然の事に驚いたカロルは声を上げる。
「エステル!どうしたんだよ!!」
「待って。操られているようよ」
ジュディスの言葉に、皆がエステルを見る。
確かにその顔には怒りも、悲しみも、何の感情も浮かんでいなかった。
すぐ隣でユーリとエステルの鍔迫り合いが続く中、アレクセイの一瞥がユーリ達へ向けられる。
「取り戻してどうする?
姫の力はもう本人の意思ではどうにもならん。
我がシステムによってようやく制御している状態なのだ。
暴走した魔導器を止めるには破壊するしかない、諸君なら良く知っているはずだな」
「エステルを物呼ばわりしないで!」
即答で反論したリタに、アレクセイは口元に嘲笑を浮かべる。
「ああ、まさしくかけがえの無い道具だったよ、姫は。
お前もだ、シュヴァーン。
生き延びたのならまた使ってやる。
さっさと道具らしく戻ってくるがいい」
「シュヴァーンなら可哀想に、あんたが生き埋めにしたでしょが。
俺様はレイヴン。そこんとこよろしく」
レイヴンの言葉を予測していたのか、アレクセイはそのまま
に向き直った。
「では、お前はどうだ自由な風?我々と手を組まぬか?」
「どうして話がその流れになるのかしら?
私、そういう冗談って嫌いなのよね」
「お前の卓越したその技量、埋もれさせるには惜しい。
昔より数段腕を上げたようだしな」
淡々と返した
だったが、アレクセイの言葉に普段見せない動揺が現れる。
「な、何を・・・」
「私の言葉の意味が分からぬ君ではなかろう」
「ちょっと、一体何の話をしてるのよ!」
とアレクセイ、二人だけの会話になっていることに、話についていけないリタが声を上げる。
それに興味を持ったアレクセイが嘲笑を深めた。
「おやおや、大切なお仲間には教えて差し上げなかったのかね」
「・・・」
「別に隠す事でもあるまい。
レイスティーク・アルテミシア・ヒュラッセイン。
皇族にして10年前に没落した皇帝補佐官一族の生き残りよ」
「「「「「!!!!!」」」」」
アレクセイから放たれた言葉に、ユーリ達に衝撃が走る。
はアレクセイを睨みつけ、震える声を絞り出した。
「どうして・・・どうして貴方がそれを知ってるの!!」
「知りたいかね?それならこちら側へ来てもらおう」
「そんなの死んでもお断りよ!
力尽くで口を割らせればいいだけの話でしょ!!」
怒りに我を忘れたような
は、アレクセイに向け一気に間合いを詰めた。
しかし、聖核によって発動させたエアルの衝撃波を受けた
は軽々と弾き飛ばされる。
「くっ!」
「ご婦人に傷を負わせるのは心苦しい、抵抗せずに来るのが身の為だ」
痛みに顔を歪めた
に、アレクセイは肩を竦めて返す。
口調は丁寧でも、言外の命令が滲んでいた。
両者の睨み合いが続く中、片膝を付いた
を庇うようにレイヴンが立ち塞がった。
「
の素性を知ってるって事は10年前の黒幕ってのもあんただってことだな」
「10年前?」
聞き返したジュディスの言葉に、
の肩が僅かに動く。
「皇帝補佐官の一族は10年前の人魔戦争戦時下で皇帝への反逆罪で、一家が没落してるのよ。
一部の評議会の独断って思ってたけど、実はあんたが裏で糸を引いてたってトコでしょ」
「・・・ふむ、よく調べたものだな。
公式な記録には一切残していなかったはずだが・・・
だが、所詮それが分かった所で何も変わるまい」
レイヴンの言葉を否定もせず肯定したアレクセイに、
はカラカラに乾いた喉から喘ぐような声が漏れる。
「・・・なら、私の・・・戦場での行為が反逆罪になった訳じゃなくて・・・」
「手向け話に教えてやろう。
10年前の人魔戦争、当時の皇帝補佐官であったお前の父ディクテオンは皇帝に停戦の提案をしていた。
だが、そうされては色々とこちらに不都合があって困っていたのだ。
当時の盟主を守りたいという幼く無知な正義感は、事後処理の理由に真に役立ってくれた。
感謝しているぞ、ここまで早く実現できたのはすべて君のおかげだ」
慇懃無礼に腰を折ったアレクセイに、
は怒りと憎しみが込められた視線で射る。
「アレクセイ・・・!」
「さて、話が逸れたな。
返事をもらおうか」
まるで世間話の続きを言うようなセリフに、
は怒声を返す。
「何度も言わせないで!一族の仇、ここで討たせてもらう!」
「悪い話ではないはずだ。
こちらに来れば君が願っていた人物にも会えるのだからな」
「偽りの甘言なんかに耳を貸すと思ってるの!」
竦み上がらせるほどの
の激情を受けていたアレクセイだったが、その返答に口端を吊り上げた。
「ソールディンに会いたくはないか」
「!?」
その言葉に
は目を見開いた。
先ほどまでの怒りが急速に萎んでいく。
「・・・こけおどしね」
「その割には顔色が良くないようだがな」
アレクセイの指摘に表情を戻した
だったが、胸中は荒れ狂っていた。
(「・・・まさか、彼が・・・いえ、そんなこと有り得ない・・・でも・・・」)
「オレらの仲間を拐かしてんじゃねえ!
とっととエステルの術を解きやがれ!」
エステルの件を受けていたユーリの言葉に、
ははっとしたように考えを中断した。
厳しい表情に戻った
に、アレクセイは嘆息すると聖核を掲げた。
「残念だな。交渉決裂ならこうするしかあるまい」
「やめろ!!」
しかし、その言葉は届かずユーリを押すエステルの剣の力が徐々に強くなる。
「よせ、エステル!くっそぉぉっ!!!」
悔し気な叫声を上げると同時に、エステルはユーリを弾き飛ばし、かつての仲間に襲いかかった。
ーーギーーーンッ!ーー
「エステル、もうやめて!」
「傷付けるなんて・・・できない!」
「こりゃ、ちょいキツいわね」
「でも彼女の実力を考えれば、こちらも手加減はできないわ」
操られているエステルの実力は、気を抜けばこちらが致命傷を負いかねないものだった。
エステルを傷付けるこちらは攻撃の手がどうしても甘くなる。
しかし、アレクセイに操られているエステルは容赦なく急所を攻めてくる。
エステルの剣を受け流しながら、ユーリは呼びかけ続けた。
「エステル、目覚ませ!」
「うっ、あああぁぁぁ!!」
その声に苦しむようにエステルの叫声が響く。
そしてそれから逃れるようにユーリへの攻撃の勢いが増した。
「っ!やっぱやるしかねえのか!」
「うわああああぁぁぁ!」
エステルの攻撃は激しさを増す。
苦渋の選択を迫らせたユーリ達は、防戦から攻撃へと転じざるを得なくなった。
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2008.8.15