「なんてこった、これが・・・あの帝都なのか」
ユーリだけでなく、目の前の光景に誰もが息を呑んだ。
巨大化した植物が覆い尽くした建物の壁。
毒々しい色を放つ、噴水だった水場。
エアルによって凶暴化した魔物の雄叫び。
結界内とは思えないほどの変わりように、整然とした帝都の面影は全く残していなかった。
「すごい濃度・・・まともに食らったら一巻の終わりよ」
「私達もその剣がなかったら危なかったわね」
リタの言葉にジュディスがユーリの剣を見つめて呟く。
「ああ、みんな離れるなよ。特におっさんは」
「えぇえぇ、もうさっきからドキドキしっぱなし。
・・・手ぇつないでていい?」
両手を擦り合せながら、レイヴンは片目を瞑ってユーリを見上げる。
お願いされた方のユーリは半眼を向け呆れ返った。
「勘弁してくれ」
だが、即答されるのを予測していたのか、レイヴンは自分のすぐ後ろを歩く
にくるりと向き直る。
「じゃあ、
にお願いしよーっと」
「ならもうドキドキしなくて良いようにあの凶暴化した魔物の前に突き出してあげるわ。
さ、お手をどうぞ」
「え、遠慮します・・・」
冗談(?)を言い合う
とレイヴンに加わらず、ユーリは巨大化した植物に視線を移す。
ずっとそこを見つめるユーリに気付いたカロルが首を傾げた。
「ユーリ、どうしたの?」
「ん?ああ、いやなんでもねえよ。
行こうぜ、エステルが待ってる」
「?」
歩き出したユーリに疑問符を浮かべたリタ。
その様子に事情を知っている
とレイヴンは冗談をやめ、ユーリが先ほどまで見つめていたそこを見つめた。
「あの坂の下は下町があった。
やっこさんの住んでいた、ね」
「・・・植物で覆い尽くされちゃってる、ね」
痛々しい表情を浮かべるカロル、リタは先頭を歩く背中に何と声をかけていいものか逡巡した。
と、
が先頭の隣へ追いつくと、にっこりと笑みを浮かべる。
「大丈夫、きっとみんな無事だわ。
今は信じて進みましょ」
「・・・ああ、急ぐぞ」
ーーNo.155 混迷の帝都ーー
市民街から貴族街へと進んで来た。
そして、貴族街からザーフィアス城に続く道を阻むように堅牢な城門が立ち塞がった。
「ダメだ、閉まってやがる」
常ならば力を加えれば動くはずのそれがビクともしないことに、ユーリは苛立たし気に扉に拳を叩きつけた。
と、カロルが高い位置に、出窓のような僅かなスペースを指差した。
「あそこ見て。ボクなら通れるんじゃないかな」
カロルの言葉に、ユーリはそこから先へと押し出すとその成果を待った。
しかし、急いでる今の状況でただ待つだけしかできないことに、リタはイライラと足先を地面に叩きつける。
「ねえ、時間がないのよ。吹っ飛ばした方が早くない?」
「外に人がいないからって、中もそうとは限らんでしょ」
「そうね、聞きつけらて余計なお出迎えされても面倒だわ」
レイヴンと
の言葉に、リタはさらに口をへの字に曲げた。
「街中エアルだらけなのよ?城の中だって同じでしょ」
「あのアレクセイが、何の備えもしてないとは思えない」
「ジュディスに同意〜」
が明るく返したその時、待っていた扉が開く音が届いた。
「やった!みんな、早く!」
「頼りになるぜ。じゃ、気ぃ締めて行こうぜ」
さらに進めば一行の前に現れた正門。
リタの予想通り、城内も街中同様にエアルで満たされているだろうと、覚悟を決めユーリ達は城の正門を押し開いた。
しかし、
「あれ?エアルがないよ?」
「・・・エステルの力を使ってこんなことまでやってのけたんだわ」
「外の結界はエアルを閉じ込めるため、だったのかもしれないわね」
「おっさんと
の予想的中だな。きっとお出迎えがあるぞ」
先を進むユーリからの言葉に、レイヴンは肩を落とした。
「悪い予感ばかり当たんのはなんでかねぇ」
「レイヴンの日頃の行いのせいね。
少しはネガティブ発言やめたらどう?」
「良い事言うわね、きっとそうだわ」
「ちょ!ジュディスちゃんまでそんなこと言っちゃうなんて、おっさんダブルショック・・・」
「今、んなこと言ってもしょうがないでしょ。
気引き締めて進めばいいだけよ」
リタが面倒そうに応じるとユーリと頷いた。
「ああ。悪いことに加担してるまがいもんの騎士なんて、オレ達の敵じゃねえだろ?」
「ま、そこは当然ね」
不敵に笑って返した
に、一行は気合も新たに先へと進んだ。
ザーフィアス城内をユーリ達は慎重にかつなるべく急いで進んだ。
そして一つの扉、食堂の前を過ぎようとした時だった。
「隠れて、誰かいるわ」
ジュディスの制止の声に歩みを止め、壁際に寄ったユーリ達は息を潜めた。
すると、間を置く事なく突如、扉が開かれた。
ーーバダーーーンッ!ーー
「「「だああああああああ!!!」」」
ーードダーーーンッ!ーー
「「「あだだだだだだだだ!!!」」」
中から飛び出した騎士が、壁へと全速力で特攻し、誰もいない廊下に騒音を響かせた。
目の前に転がる物体に
は冷ややかな視線を落とす。
「・・・これってウケ狙いよね?絶対そうだわそうに決まってる。
こんな登場を得意する隊の隊長の顔が見てみたいと思わないレイヴン?」
「そこで俺様に振ってどうすーー」
「部下と同じであーんな間抜け面してるわよ、きっと」
伸びた三人を見下ろしたリタがレイヴンを遮って応じる。
酷い謂われように、壁の隅に移動したレイヴンはその場をキノコ栽培所へと変えた。
その時、食堂内からユーリと
が聞き覚えのある声が響いた。
「ユーリ!?
もか!」
「!?ハンクスじいさん!?」
「ハンクスさん!」
食堂内には下町の住民全員の姿があった。
「みんな無事だったのか!」
「そりゃこっちのセリフじゃ」
「なんで城の中になんて居んだよ!?」
「ホント、それにお前らまで」
ユーリに続いて、廊下で醜態を見せていた自身の部下達にレイヴンが問えば、ルブランは敬礼を返した。
「はっ!それがその、フレン殿の命令で市民の避難を誘導していたのでありますが、その・・・
ふと下町の住民の姿が見えない事に気が付きまして、命令にはなかったのでありますが、つまりその・・・」
「城の中へ避難誘導を行なった、ってわけね」
後を引き継いで言った
に、ルブランはモゴモゴと言葉を濁す。
そんな決まりが悪そうなルブランに、ハンクスが助け舟を出した。
「出口は崩れるわ、おかしな靄は迫るわ、危ないとこじゃった。
なんとか騎士殿の助けで靄のないここに逃げ込めた。命の恩人じゃよ」
「め、命令違反の罰は受けます!」
「我々も同罪なのであーる!」
「我々も同罪なのだ!」
「罰も何も、俺様ただのおっさんだからねぇ。
それに市民を護るのは騎士の本分っしょ?
・・・よくやったな」
肩越しに放たれたレイヴンの一言。
それを珍しいものでも見たような
は目を瞬かせる。
対して、ルブランは盛大に目を見開くと感極まり、熱いものがこみ上げて来たのか甲でゴシゴシと目元を拭った。
「・・・こっ光栄であります!シュヴァ・・・レイヴン隊長!」
「隊長ゆーな。俺様はただのレイヴンよ」
「はっ!失礼しました!ただのレイヴン殿ぉ!!」
何を言っても、涙声で咽び泣くルブランに、ついにレイヴンは何を言うのも諦め首を振った。
「尊敬されてるのね」
「ホント、想像つかないわ」
「見かけとは裏腹に、ってね」
「ちょいと〜、褒めるか貶すかどっちかにしないさいよ」
「よかったね、ユーリ」
「フッ、しぶとい奴らだっての忘れてた。心配するだけ無駄だったわ」
カロルの言葉に、今まで纏っていた固い緊張のような鎧が取れたように、ユーリは心底安心した笑みを幼い首領に見せる。
それを珍しいものでも見たかのように、レイヴンは隣に立つ
に耳打ちした。
「青年、今までにないくらい凄く嬉しそうに見えるのは気のせいかしら?」
「気のせいじゃないわよ。ユーリにとっては彼の世界を支える大切な人達だもの。
無事でいてくれて本当に良かったわ」
「・・・ふーん」
「レイヴン?」
の不思議そうな声に後ろ手を振っただけで応じたレイヴンは、話を変えるように自身の部下に問うた。
「お前ら、元団長閣下を見なかったか?」
「はっ、いえ我々は見ておりません。ただ外で親衛隊の話し声で、なにやら御劔の階梯のことを・・・」
「御劔の階梯?」
「うちらが吹っ飛ばされた、あの高ーい高いあそこよ」
「まだそこにいるってことね」
「煙と極悪人は高い所に登りたがるんだな」
「問題は、御劔の階梯って、えらーい人しか入れないのよね。仕掛けがあんの」
「仕掛けならボクが外す!術式ならリタがいる。大丈夫だよ!」
「だな。じいさん、あんたらはこのままここで隠れててくれ。行くぜ!」
食堂を後にし、ユーリ達は御劔の階梯の入口を目指していた。
敵を退けながら、ユーリ達は目の前に現れた重厚な扉を押し開いた。
広大な室内を彩る煌びやか装飾、来たものをその威厳で威圧する空間。
ユーリ達は主無き謁見の間へと足を踏み入れていた。
「ようやく来ましたね」
背後からかかった声に一斉に振り向くと、そこに一人の女性が立っていた。
その女性に見覚えがあった
は記憶を手繰った。
「クリティア族・・・確か、ヘリオードで・・・」
「帝国騎士団特別諮問官クローム・・・要するにアレクセイの秘書殿よ」
「敵!?」
レイヴンの言葉にリタは身構えた。
「いいえ違います。
・・・少なくとも今は」
リタの言葉を否定したクロームはそのまま背を向けた。
が、含みのある言葉に
は目を眇める。
「申し訳ないけど、今こっちは立て込んでるの。
自分の立ち位置くらいはっきりしてくれないかしら?」
「誰が為にあなた達は戦うのですか?」
に答える事なく、クロームの問いが広い空間に響く。
「あの哀れな娘の為ですか?」
「哀れだとかあんたに言われる筋合いなんかない!」
声を荒げたリタを肩越しに見つめていたクロームはそのまま
へと視線を滑らせる。
それを受けた
はぴくりと僅かに眉を動かした。
「では、あなたは眷属をどうーー」
「エステルは私達の仲間よ、救い出すのは当たり前でしょ。
これ以上時間を取らせるようなら敵と判断させてもらうわ」
クロームの言葉を遮り、
は厳しい視線を向けたまま双剣に手をかける。
一気に張り詰めた空気に、遮られた言葉の続きを訊ねる者はいなかった。
(「何故・・・彼女とは面識はないはず。
どうして私のことを知ってるの・・・」)
互いの出方を伺う中、クロームの言葉の意味を知る
は過去の記憶を手繰る。
だが、自分の記憶に会った覚えなどない。
記憶力には自信がある方だし、自分の身の上を話した相手を忘れるはずがなかった。
内心の困惑を表に出さず、睨み合いが続いていたが暫くしてクロームの方が先に視線を剥がし、背を向けたまま言葉を紡いだ。
「あの人があなた達に何を見たのか分かりませんが・・・」
(「あの人?」)
「・・・あなた達があの人止めてくれるのを願っています」
それだけ言うとクロームは立ち去って行った。
「意味不明。ワケわかんないんだけど・・・」
「あの人ってアレクセイのことかな?」
「秘書ってんなら、そうなるだろうな」
リタ、カロル、ユーリの声を聞きながらクロームの後ろ姿を見つめていた
だったが、
考えを打ち切るように息を吐いた。
「・・・分からないことは後よ。
あの扉の先にエステルがいる、早く仕掛けの解除といきましょう」
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2008.8.14