ーーNo.153 決意の背中ーー































































名指しされた は胡乱気な視線を返すと、他の皆を帰らせヨーデルに向き直った。
自分だけが呼び止められた意味が分からない は、腕を組んだまま柵に体を預けて聞き返す。

「なんですか?私なんかに次期皇帝候補殿が話なんてないでしょうに」
「少しだけで構いません。従者は下がらせましたし、そこまで警戒しないで下さい」
「警戒を解くかどうかは話の内容にもよりますよ。何の用ですか?」

探るような の瞳を受け、ヨーデルはしばし考えてから口を開いた。

「・・・エステリーゼはアレクセイと共にいるんですね」
「分かっててさっき話題にしなかったわね?」
「いえ、半信半疑でしたが、あなたが遮るように声を上げたので・・・」

ヨーデルの弁解するような言葉に は目を細めた。

「ふーん、優しそうな顔して明敏犀利。辣腕家って噂はウソじゃなかったようですね」
「茶化さないで下さい・・・彼女をどうするんですか?」
「言ってる意味が分からないんですけど」

しれっと返した にヨーデルは硬い表情のまま語り出した。

「・・・皇帝家の血筋の者は皆、ある力を持っています。
多くは微々たるものですが、彼女の場合は飛び抜けていたと聞きます。
評議会が彼女を担ぎ出そうとしたのも、それが理由でしょう」
「情報屋である私にどうしてそこまで情報を教えるんです?
しかも、このタイミングでなぜ私に言うんですか?」

の問いかけに答えずヨーデルは話題を変えた。

「評議会はアレクセイを正式に大罪人として告発する決定を下し、現在、デイドン砦で騎士団が帝都攻略の準備を進めています」
「エアルが充満する帝都に行っても、騎士団じゃ何もできないと思いますけど?」

呆れた に、ヨーデルは意を決したように訊ねる。

「この災いは・・・彼女の力がもたらしているのではないですか?」
「随分な推測ですね。
だったらどうするんです?」

鼻で笑った にヨーデルは俯き、声を絞り出した。

「騎士団は・・・アレクセイを討つだけでは済まなくなるでしょう」
「ま、貴方が言うことすべてが事実ならそうなるでしょうね。
けど、そんなことにはならないですよ」
「あなたが・・・代わりをするからですか?」
「違うわ」

即答した に、ヨーデルは悲し気に瞳を伏せた。

「では、彼が・・・ユーリさんがやるんですね。
フレンがいつも言っていました、彼はいつもひとりで重荷を受け止めようとする、と。
そして、あなたも同じだと・・・」
「全く、年下のくせに生意気言って・・・
ユーリだったら余計なお世話だって言葉が返るところですよ」

ユーリと同類とされたことで眉間に皺を寄せた は呟く。
軽口で返した にヨーデルは沈黙したままだった。

「・・・勘違いしているようなので、一応訂正させてもらいますけど、
殿下のその考えも違います」

きっぱりとした言葉に目を見張ったヨーデルは、 を見返した。
そんなヨーデルに は初めて見せた微笑を浮かべる。

「私達は仲間であるエステルを助けに行くんです。
アレクセイを討つのはあくまでもついで。
そこまで深刻に考えないで下さい」

の言葉を噛み締めるように、ヨーデルは繰り返した。

「助けるために・・・そうですか。
宙の戒典デインノモスは彼のような人こそが持つべきなのかもしれませんね」







































































ヨーデルがその場を立ち去っても、 は宿に戻らずそのまま外にいた。
空に浮かぶ術式によって完全な暗闇ではないその下で、薄墨の花びらを眺めていた は目的の人物が歩いて来た事で声をかける。

「一人で行くつもり?」
「散歩だよ」

片手をヒラヒラさせて応じたユーリに、 は眉根を寄せる。

「腹を決めたって言い張るなら口出しはあんまりしたくないんだけどね。
・・・私達が何しに行くのか分かってるわよね?」

の言葉を背中で受けたユーリは歩みを止めた。
なかなか反応が返ってこなかったが辛抱強く待ち続ける。
暫くして返って来たのは、悔しさが滲む声だった。

「・・・帝都の話聞いただろ!
エステルをどうにかしねえと、どの道ーー」
「確かに、ヨーデル殿下の話からだとまずい状況だってことは分かる。
だから、どうにかしなきゃいけないって気持ちもね。
けど、ユーリがそれを行動に移すのは早計ってものだと思うわよ?
それに時間がないと言っても、すぐにフェロ―が殺しに来る訳じゃない」

一旦言葉を句切った は、その背中の反応を伺う。
しかし、何も示さないユーリに は小さく息を吐くとその背中に問いかけた。

「ねぇユーリ、貴方全ての汚れ役を引き受ける気でいるワケ?
それはちょっと傲慢ってものだわ」
「誰かがやるしかねえってだけだろ。
そしてその役がオレだった・・・ただ、それだけだ」

結局、ユーリは一度も と視線を交わすことなく、完全な闇へ向かって止めていた足を動かし出した。
それを力尽くで止めることができる だったが、そうはせず、最後にもう一度だけ口を開いた。

「カロル、怒るでしょうね。
信頼してもらえなかったって・・・」

そう声をかけたが、ユーリは振り返る事はなかった。
その様子に は困ったものだと何度目かわからない溜め息をついた。
と、ユーリの後ろについてきただろうラピードが近付いてきたことで、 は膝を折った。

「頼りにしてるわ。
すぐに追いつくと思うけど、それまでユーリをよろしくね」

小声で呟く にラピードは頬を舐めて応えると、ユーリの後を追いその姿は漆黒へと消えた。









































































宿屋に戻った はドアを開けた瞬間、皆の視線を一斉に集めた。
それに目を瞬かせた は、

「あー、えと・・・ただいま?」

なぜか疑問系で返した に窓際で腕を組んでいたジュディスが声をかけた。

「おかえりなさい、ずいぶん時間がかかったわね」
「天然殿下がなかなか放してくれなくてね〜」
「青年は?一緒でなかったの?」

カロルが眠るベッドの隣の椅子に座っていたレイヴンが に訊ねる。
その言葉に は深々と嘆息すると、先ほどの出来事を話した。

「一応引き止めたんだけど・・・ラピードと一緒に街出て行っーー」
「なっ!どうして!?」

弾かれたように言ったリタに、 は苦笑するとどう言ったものかと考え込む。
だが、隠していても仕方ないと組んでいた腕を解くと再び口を開いた。

「エステルを止める為よ。
満月の子の力で吹き飛ばされる直前、声は聞こえなかったけど唇の動きが見えた。
・・・『殺して』って。多分、ユーリはそれを果たそうとしてる」
「そんな!」

愕然とした表情を浮かべたリタを慰めるように は肩に手を置いた。

「ともかく、発てるように準備はしておきましょ。
カロルが起きたらすぐ行けるように」
「行くって・・・青年の行き先は分かっても、どうやって見つけるのよ?」
「レイヴンと一緒にしないでよね。
もうお願いしてあるから、あとで必ず連絡が来るはずよ」
「・・・誰からよ?」

の言葉に首を傾げたレイヴンだったが、それに構わず は道具に不足がないか荷物を広げ始めた。
































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2008.8.12