暖かな陽気が心地いい。
頬を撫でる薄紅がほのかな香りを残して過ぎ去っていく。
以前訪れた時と変わる事なく、三種の花は咲き乱れていた。
違うと言えば、溢れかえっている人の集団がいることだった。


































































ーーNo.152 さざめく花の街ーー































































辺りが黄昏に染まる頃、ユーリ達はハルルの街へと到着した。
それを出迎えたのが、眼前の人の波だった。

「・・・えらくごった返してんな」
「帝都から逃げてきた連中よ。
キレイな身なりしてんでしょ?」

周りを見回したユーリにレイヴンが返す。
視界に入るほとんどが、一目見て自分は貴族だと宣言するような衣服を身に着けていた。

「今んとこ、ここの結界は異常なさそう」

上を見上げたリタがほっとしたように呟く。
と、その後ろで荒い息づかいが響いた。

「・・・はあ・・・はあ」
「カロル、大丈夫?」

ふらついたカロルを支えたジュディスが覗き込み、 もそばに膝を付くと、その額に手を当てた。

「・・・じゃないわ、すごい熱よ。
無理がたたったようね、休ませないと・・・ユーリ?」
「ん?ああ、悪い。
宿屋に行ってカロル寝かせてやろうぜ」

厳しい視線で周囲を見ていたユーリに眉根を寄せた だったが、まずはカロルの介抱を優先させ宿へと向かった。








































































宿でカロルを寝かせ、ユーリ達もそのまま体を休める事にした。
辺りが薄暗くなっても、人が多いのが部屋の中にいても分かった。

「あの避難民・・・帝都は大変な状況のようね」
「アレクセイの大将、一体何をしでかすつもりなんだか」

腕を組んだジュディスに、レイヴンも顎に手を当てて呟く。
そんな二人に反論するようにリタが口を開いた。

「アレクセイのことなんてどうでもいい。
・・・エステルよ、あたしはエステルを助けたい!」
「でもこのままじゃ無策すぎるわ。
前回の二の舞になるワケにはいかない、その為にも策を練らないと・・・」
「・・・」

からの正論に、声を上げたリタも黙り込む。
どんどんのしかかる空気を軽くするように、レイヴンが話題を変えた。

「どのみちカロルが回復するまでは動けないんだし、今のうちに情報集めてくるといいんでない?」
「ま、それが妥当な所かしら」
「・・・そうね、ちょうどいい話も聞いたことだしね」

ジュディスの言ったちょうどいい話。
自分達が止まっているこの部屋、実はガルドを支払うことなく泊まっている。
宿屋の亭主が言うには、帝都の高官が支払いは国で持つから誰でもタダで泊めてやれ、というお達しがあったからだというのだ。

「・・・確か、長の家にその帝都のお偉いさんとやらがいるって話だったな。
行ってみるか」










































































少年の面倒は俺様が看てるから、とカロルとレイヴンを残しユーリ達はハルルの長の家に向かった。
玄関の扉を前にした時、それはこちらが手をかけることなく開き、現れた人物に互いに驚きが走る。

「!・・・みなさん、無事だったんですね」

ユーリ達の前に現れた人物、それはエステルと同じく皇帝候補の一人であるヨーデル殿下だった。
皆が驚きを見せる中、予想していたような は質問ではなく確認を返す。

「やっぱり、か。
殿下が宿屋を無料で開放させたんですね」
「身一つで逃げ出してきた人も多いですし、これも国の役目だと思っています」
「ふうん。それより、教えてくれ。
今、帝都はどうなってんだ?」

興味なさげに返したユーリの問いに、ヨーデルとその後ろに控えた従者までも表情を暗くした。
俯いたままだったヨーデルが、ようやく顔を上げると話し出す。

「帝都は・・・ザーフィアスはもう人の住めない街と化しました」
「街の結界魔導器シルトブラスティアが光を発して・・・地震と落雷が街を襲った・・・」
「ですが本当の恐怖はその後でした。
結界魔導器シルトブラスティアの根本から光る靄のようなものが現れて、全域に広がったんです。
触れた植物が巨大化して、水は毒沼のように・・・地獄のような光景でした」

その話を聞いたリタは愕然としたように額を押さえた。

「エアルの暴走だわ・・・」
「栄えある帝国の首都、ザーフィアスがよもやあのような事になろうとは・・・」
「帝都全部を満たすエアル・・・一体、どれだけのーー」
「リタ!」

リタの呟きを が遮り、それにはっとしたリタが口を噤んだ。

「あ、あれはアレクセイめの仕業に違いない!
やつは我々に服従を要求してきた。断わると、それなら塵になれと言いよった!
しかも脱出した我々に、アレクセイめ、親衛隊をけ、けしかけおったんじゃ!」
「それじゃ、どうやって無事にここまで来れたのかしら?」

恐怖に声が震える従者の話に、ジュディスが首を傾げるとそれにヨーデルが答える。

「フレンが食い止めてくれたのです。
そのおかげで、私達避難民はここまでやってこれたんです。
彼が駆けつけてくれなかったら、私達は全滅していたでしょう」
「さすがフレン、と言いたい所だが避難民の中に下町の連中が見当たらねえのが気になる。
連中はどうなった?」

ユーリの言葉に、辺りは時間が止まったように静かになった。
視線を上げることをしないヨーデルと従者に、 は聞きたくもない答えを聞いたようだった。

「・・・すみません。私は見ていない」
「置いていったのね。エアルが溢れている中に」
「栄えある帝国は自分の命が危なくなると、守るべき民を見捨てて自分を守るわけね。
それはさぞかしこれからも繁栄するでしょうね」

ジュディスと の非難に、反論するように従者が応じる。

「わ、我々も命からがらだったのだ。
あの状況ですべての民を導くことはできなかった。
仕方なかった!仕方なかったのだ!」
「・・・そうかい」

必死の弁解にただ一言、ユーリは低く呟くとヨーデルに背を向けて来た道を戻り出す。

「あ・・・」

その背中に声をかけようとしたリタだったが、 がその肩に手を置き、振り返ったリタに首を振った。

「宿に戻るぞ」

ユーリの言葉に続くように は止まったままのリタの背中を押し出した。
皆が宿へ戻り出す中、 の背中に丁寧な声がかかる。

「あの、 さん・・・と仰いましたよね。
ちょっとよろしいですか?」
































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2008.8.11