「ううう。ううううう、寒い寒い寒い・・・」
「おっさん、ウザイ」
「年寄りは体温高くないのよ。
あー砂漠の暑さが懐かしいわ」

エフミドの丘の手前を北へ、海岸線を左手に臨みながらユーリ達は進んできた。
歩を重ねる度に温度は下がり、今立っている氷塊の上には六花が吹き荒れている。

「無駄口叩いてるとコケるぞーー」
ーードサッ!ーー
「ーーって、言ってるそばから」

呆れた表情を浮かべるユーリとリタの視線の先、足を滑らせたカロルがレイヴンを巻き込んで苦痛の表情を浮かべていた。

「あたー、しゃんとしてよ。
年寄りは繊細なんだから」
「・・・ご、ごめん」

立ち上がろうとしたカロルだったが、再び足を氷に取られレイヴンからくぐもった呻き声があがる。
コントのような二人を放置し、ユーリは眼前に広がる白華が舞う景色を眺めた。

「しかしすげぇところだな。
不思議っつーか不気味っつーか。氷から剣が生えてんぞ」
「刃のように冷たいから氷刃海・・・と思ってたけど、こういうことなのね」

ジュディスの言葉にようやく立ち上がったレイヴンが手を擦りながら応じる。

「刃のように冷たいってのも間違ってないとは思うけども。
うううううさぶさぶさぶ」
「まったく、しょーがないわね」

あまりにも騒ぎ立てるレイヴンには手を差し出した。
それに反応したレイヴンが目に見えるようなテンションとなる。

「おお!さすがv
おっさんを温めてくれるなんて、俺様愛されてーー」
「それ以上うるさくないように海に叩き落としてあげるわ。
寒さも感じなくなるから一石二鳥でしょ?」

にっこりと笑みを浮かべて放たれた言葉に突き刺されたレイヴンはそのまま固まった。
静かになったレイヴンの反応に満足したは、浮氷の上を進み始めた。

































































ーーNo.150 ゾフェル氷刃海 前ーー































































暫く氷上を歩き進むと、氷とは違う、しっかりとした岩場へと到着した。
その岩場の裂け目から生える鉱石のような大きな結晶体を見上げたレイヴンが呟く。

「お、なんだこりゃ。
どっかで見たような・・・」
「これエアルクレーネじゃない!」
「こんなとこにもあったんだな」

まじまじとエアルクレーネを見つめるリタに、ユーリは感心したようにそれを見上げる。

「でもエアルが出てないわね。涸れた跡なのかしら?」
「それにしては、この辺荒廃してないように見えるけど・・・」

ジュディスの言葉に辺りを見回したが困惑気味に呟く。
その時、ラピードが身構え、異変を感じたジュディスも背後の海面を振り返った。

「!みんな気をつけて!」

皆が身構えた先には、入口でもその魚影を見た巨大な魔物が海面からこちらの様子を窺っているようだった。

「うわ、ま、また出た!」
「大丈夫っしょ。ここ岩の上よ」

身を竦ませたカロルにレイヴンが気軽に応じる。
が、魔物が海面から飛び上がり、その姿が空中に躍り出たことで表情が変わった。

「あらま」
ーーグオオオォォォッ!ーー

耳をつんざくような魔物の咆哮が轟くと、それまで鎮まっていたエアルクレーネが突如、エアルを放出し始めた。

「!!」
「なっ!」
「エアルクレーネが!?」

思ってもみなかったことに咄嗟の反応が遅れ、皆が次々と高濃度のエアルに膝をついていく。

「やべえ!」

自由が利かなくなっていく体で、ユーリは僅かに動かせた腕でカロルをエアルが影響しない範囲へと突き飛ばした。

「うわ、ユ、ユーリ!?」

一人エアルの影響から逃れたカロルがユーリを見る。
しかし、自分を突き飛ばした当人はそれ以上身動きが取れなくなっていた。

「くっ・・・!」
「・・・まさかエアルクレーネを、狩りに使う魔物がいるなんて」

苦し気なユーリ達を見下ろしていた魔物は、ただ一人逃れたカロルに凶悪な視線を向ける。
それを見たユーリが声を張り上げた。

「カロル、逃げろ!」
「そ、そんな!みんな食べられちゃうよ!」
「一人で勝てる相手じゃねえだろうが!」
「でも!ひっ・・・!」

まるで獲物を横取りするな、とばかりに魔物はカロルを牽制してくる。
再びユーリ達の頭上に戻った魔物は、弱らせようとしているのかエアルの濃度を更に高めた。
ユーリ達の表情はますます苦しみを深くする。

「・・・やらなきゃ・・・ボクがやらなきゃ・・・今やらなきゃ・・・」

ユーリ達を見下ろせる氷塊からカロルは自分に言い聞かせるように何度も呟く。
何をやろうとしているのか分かったユーリは制止するように名を叫ぶ。

「カロル!!」
「今やらなくていつやるんだあっ!!」

閧の声を上げたカロルが、身の丈ほどの大剣をかざすと魔物に向け駆け出した。




































































「カロル!もう無茶は止めなさい!」
「見てられねえ!頼むから逃げろ!」

ジュディスとユーリの視線の先、そこに全身傷だらけのカロルが肩で息をしていた。
握っていた武器はその手にはなく、不安定な体をどうにか立たせているような状況だった。
背中にかかる声に安心させるように、カロルの声が響く。

「だ、大丈夫だから・・・」
「大丈夫なわけないじゃない!」
「・・・大丈夫なんだよ。だって、みんながいるもん。
ボクの後ろにはみんながいるから・・・
ボクがどんだけやられてもボクに負けはないんだ・・・」

魔物と対峙したまま、小さな背中に守られ何も出来ない自分達。
体を動かそうとしても、思いとは裏腹に脳からの命令は全く受け付けてくれない。

「くっ、この距離じゃどの魔術も届かない・・・」
「動けよ、くそ!このままじゃガキんちょが・・・」

カロルと魔物が睨み合いとなる中、何も持たないカロルが魔物に向かって駆け出し、ユーリ達の視界から消えた。
次に映ったのは魔物に跳ね上げられた小さな体だった。

「カロル!」
「!・・・あの子」

高く上がった小さな体、その手には弾かれたはずの大剣があった。
魔物の頭上を取ったカロルはそのまま刃を下にし、落下の勢いを増した。

「ボクの勝ちだ!!」
ーーグギャアァァァッ!!ーー

魔物の角を切り落とすと、凄まじい咆哮が轟く。
次いで、エアルクレーネから放出していたエアルが収まり、自由になったユーリ達はカロルの元へと駆け寄った。

「まったくとんでもないことする少年だねぇ。生きてるかぁ?」
「みんな!」

目を見張ったカロルに、肩越しに振り返ったユーリが軽口で応じる。

「悪い、ちょっと道が混んでてな。いけるか?」
「も、もちろんだよ!」
「倍返しじゃ足りないわね。
10倍返しでお返ししてやりましょ!」

の声に皆が頷くと、ユーリ達の反撃が開始された。

































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2008.8.10