バウルに乗ったユーリ達はザーフィアスへ飛んだ。
ようやく街が視界に入ったが、不自然な帝都の様子にカロルは首を傾げた。
「帝都が見えた!・・・あれ?」
「おいおい!結界がないぜ」
瞠目したレイヴンに、ユーリは眉間に皺を寄せる。
「アレクセイの野郎の仕業か」
「このまま行くわよ?」
「頼む」
ジュディスに頷くと、バウルはさらに帝都に近付く。
眼下には細かな街並みが見下ろせたが、空からでも分かるほど帝都は広大だった。
「エステル、どこにいるの?」
「どうやって探そう・・・こんなおっきい街・・・」
必死に周りを見渡すリタの隣で、カロルは途方に暮れる。
はヘラクレスで教えられた情報を考え込んでいた。
「海凶の爪が言ってた『御劔の階梯』・・・
ジュディス、帝都中央に伸びるあの巨大な結界魔導器のどこかにエアルの乱れはない?」
言われた言葉にジュディスはバウルに伝える。
しばしの沈黙後、ジュディスは視線をそこに向けた。
「・・・見つけた」
視線の先、そこに術式に包まれたエステルがいた。
「アレクセイもいやがる」
船の縁からその姿を認めたレイヴンが呟く。
居場所が分かった今、ユーリ達が取るべき行動は決まっていた。
「ジュディ、近づけてくれ!」
ーーNo.148 届かぬ手ーー
目と鼻の先、船の上からでも表情が分かるほど近くにエステルがいる。
さらに近付こうとするが、それを阻むようにアレクセイが手にしている聖核が光を放つ。
それによって、バウルを押し戻すほどのエアルの嵐が襲いかかる。
向かい風に逆らいながら、ユーリは船先へ走り出すと、縁から身を乗り出した。
「エステル!!」
『いやああっ!』
アレクセイが操る聖核によって無理矢理発動される満月の子の力に、エステルが悲鳴を上げる。
耳に刺さるその声に堪らずリタも名を叫ぶ。
「エステル!」
「てめえ、アレクセイ!」
『いや!力が抑えられない!怖い!』
涙を流し、恐怖から己の身を搔き抱くエステル。
はユーリが次に取る行動を予測して、自身も船先へと移動する。
隣のユーリと術式に包まれているエステルを
は見比べ、前を見据えたまま口を開く。
「ユーリ、宙の戒典を使えばエステルをあの球体から助けられると思うわ」
「・・・分かった」
逆風の中、交わされる会話。
そして僅かにエステルとの距離が縮まる。
飛び出せば手が届く、とユーリは縁に足をかけた。
「エステル弱気になるな!
待ってろ、今助けてやる!」
言うが早いか、ユーリはそのまま飛び降りるとエステルに向け手を伸ばす。
それを目にしたエステルも、ユーリに向けて精一杯手を伸ばした。
同時に、
は魔術の発動と共にナイフをアレクセイに投げ放つ。
少しでも注意を逸らせられれば、救出できる可能性がぐっと高くなる。
もう少しでエステルを包む術式に剣が届く。
その瞬間。
球体が光を発し生じた衝撃波が近付くもの全てを弾き飛ばした。
「うわあああ!!」
「ユーリ!!」
ユーリの体が空中に投げ出される。
バウルによって運ばれたこの高さから落ちれば間違いなく命は無い。
きりもみ状態になりながらも、手を伸ばしたユーリはどうにかフィエルティア号のロープを掴んだ。
レイヴンがユーリに手を貸す姿を見、ほっとした
だったが目論みが失敗し悔し気にアレクセイを睨みつける。
向こうはこっちの意図が分かっていたようで、もう終わりか?というような視線を
に返した。
の視線はアレクセイの隣に移る。
ユーリを吹き飛ばした原因である自分の力を目の当たりにしたエステルは、こちらからでも分かるほどの絶望を顔に表していた。
言葉は交わせると言うのに、手が届かないこの距離が歯痒い。
エステルは止まる事の無い軌跡を流しながらこちらに向いた。
『これ以上・・・誰かを傷付ける前に・・・お願い・・・』
『・・・殺して・・・』
耳に届かなかった、しかし唇を動かしたその言葉。
何と言ったか
は分かった気がした。
否、予想していた通り、というべきかもしれない。
『いやあああああっ!』
再びアレクセイの聖核が光る。
それによって周囲のエアルの濃度がさらに上がったようで、呼吸するのも苦しい。
そして・・・
『あああああっ!!』
エステルの悲鳴とその身体から今までで一番強い光が放たれる。
同時に爆発したようなエアルの波が襲いかかる。
「エステルーーーっ!!」
ユーリの絶叫を残し、容赦ないエアルの奔流がユーリ達を押し流した。
体が重い・・・
あちこちが熱を持ったように痛んだ。
意識が徐々に浮上してくるのが分かる。
は、自分の呻き声にようやく意識をはっきりさせた。
「った〜・・・目覚め最悪・・・」
ハンマーで殴られたようにズキズキと痛む頭を押さえ、
は上体を起こした。
呼吸を落ち着け、周りに目をやると飛び込んできた光景に息を呑んだ。
ユーリが、ジュディスが、カロルが、リタが、ラピードが、レイヴンが・・・
皆倒れていた。
心臓が跳ねる。
息ができない。
蘇るキオク・・・
(「っ!落ち着け・・・もう私は・・・・・・あの頃と、違う!」)
深呼吸をし、
は立ち上がる。
鋭い痛みが走る。
足を捻挫したか、骨までいってしまったか。
だが、今はそんなことに構ってる場合ではない。
足を引き摺りながら、
は一人一人のそばに歩み寄った。
(「良かった・・・みんな生きてる。
あとは気が付いてくれれば・・・」)
気休めだったが応急処置は施した。
あとは専門家の仕事だ。
ほっとした
は息を吐き、座り込んだ。
気が緩んだせいか、今更ながら痛みがぶり返してきた。
「っ!肋やっちゃったか・・・足も有り得ない色で腫れ上がってるし。
それに・・・」
は自身の左腕、正しくはアームカバーの下の止血した怪我に目を落とす。
目が覚めたとき、深々と刺さっていた自身のナイフ。
どうやらアレクセイがわざわざ返してくれたようだ。
「・・・やってくれるわよね・・・」
苛立ちを吐き出すように呟く。
エステルを助ける事もできず、いいように追い払われてこのザマだ。
アレクセイに、自分に対して怒りが込み上げる。
エアルが渦巻く空を見上げ、
は激情をぶつけるように睨みつける。
そんな時、視界に入ったユーリが身じろぎした。
色んな思いはひとまず押しのけ、
は立ち上がった。
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2008.8.8