神殿を出て数時間後、ようやくユーリ達は海上を歩くヘラクレスを見つけた。
接近しようとするが、雨のような砲撃がユーリ達を出迎える。
が、左方向だけ砲撃がないことに気付いたユーリ達はそのまま突っ込みどうにか乗り移る事に成功した。


































































ーーNo.146 出迎えの言葉ーー































































「衛兵が倒されてる・・・
だからここだけ弾幕が薄かったのね」

乗り移る事ができた は、周りに倒れたままの騎士を見たまま呟く。
と、ジュディスが物陰に向かって鋭い声を上げた。

「誰?」
「まったく無計画な連中だな。強行突破しか策がないのか」
「その通りであーる」
「ここで会ったが100年目なのだ!」

そこに現れたのは、バクティオン神殿の入口でも会ったシュヴァーン隊だった。
隊長を思って辿り着いた彼らを待っていたのは、ユーリ達の背後に響く崩れる神殿の音。
力なくうな垂れる彼らに、もう邪魔するなと言い残した直後にコレだ。
先を塞ぐようなルブラン、アデコール、ボッコスにユーリは呆れたように口を開く。

「・・・シュヴァーン隊か。
あんな事があったってのにまだアレクセイにつくのか?」
「我らは騎士の誇りに従って行動するのみ!」
「・・・もうボクたちの邪魔しないでよ!」
「そうよ!あんたらの顔見てると思い出したくない顔が浮かんでくるのよ!」

痛みを堪える表情を浮かべるカロルとリタに、その場にいるはずのない声が上がった。

「どんな顔なんだろうなぁ。
よっぽどひどい顔のやつなのね」

そこに現れたのは、適当に結ったようなボサボサの髪、手入れされてない顎には無精髭、だらしなく着崩した格好に菫色の羽織を引っ掛けた姿。
見た目だけで、怪しさ・胡散臭さを体現しているような男だった。
神殿の最奥で瓦礫の下敷きとなっているはずのその男が目の前に立っていることに、ユーリ達は驚きを隠せない。

「!!!」
「レイヴン・・・!」
「あなた・・・!」
「レイヴン!」
「おっさん!」

期待してた通りの反応が嬉しかったのか、レイヴンはその場で宙返りを見せるとぐっと親指を立てる。

「おう。レイヴン様華麗に参上よ〜。
なになに?感動の再会に感無量、心いっぱい胸がどきどき?」

未だに驚きに固まるユーリ達に、レイヴンはユーリ達の背後から襲いかかろうとしていた親衛隊を弓で射倒す。
そして、背後に控えたルブラン達に命令を下した。

「おぅ、お前ら!ここは任せるぜ」
「はっ!」
「「了解であります!」」

シュヴァーン隊は敬礼し、その場を後にする。
残ったレイヴンは、以前と同じような気軽な口調でひらひらと手を振った。

「ま、こーいうワケ。
そういうことでよろしく頼むわ」
「な、何言ってんのよ!信用できるわけ・・・ないでしょ!」

上擦った声を上げたリタが、両手に腰を当てて怒りを見せようとするが、困惑とない交ぜに鳴った表情では何の威力もない。
そんな中、ひたとレイヴンを見据えたユーリが口を開く。

「おっさん、自分が何やったか忘れたとは言わせねえぜ」
「そっか。なら、サクっと殺っちゃってくれや」

そう言うと、レイヴンは懐から短刀を取り出すと、ユーリに放り投げる。
それを空中で受け取ったユーリは、表情を崩す事なくレイヴンを見返した。
驚きを見せたリタはまじまじとレイヴンを見る。

「ばっ!なんのつもりよ!」
「命が惜しかった訳じゃないはずなのになんでかこうなっちまった。
ここでお前らに殺られちまうのならそれはそれ」
「アレクセイに刃向かった今、いずれ魔導器ブラスティアを止められてしまって命は無い。
だからここで死んでも同じ・・・そう言うこと?」

ジュディスの問いかけにレイヴンは答えを返すでもなく肩を竦めた。

「俺はもう、死んだ身なんよ」
「その死んじまったヤツがなんでここに来たんだ?
・・・レイヴン、あんた、ケジメをつけに来たんだろ。
じゃあ、凛々の明星ブレイブヴェスペリアの掟に従って、ケジメをつけさせてもらうぜ」

そう言ったユーリは片手で短刀をくるくる弄ぶとレイヴンの前に立つ。
そして、短刀を握った左拳でレイヴンを殴り飛ばした。

ーーバキッ!ーー
「って〜」

赤く腫れ上がるそこを押さえ痛みに顔を歪めるレイヴンに構わず、ユーリは短刀を投げ捨てると尊大に言い放った。

「あんたの命、凛々の明星ブレイブヴェスペリアがもらった。生きるも死ぬもオレ達次第。
こんなところでどうだ?カロル先生?」
「えへへ。さすがユーリ、ばっちりだよ」

ユーリの言葉に満足そうにカロルが頷き返す。
そして、ユーリの後に続き、カロル、ラピード、ジュディス、リタが次々とケジメと言う名の鉄拳制裁が下されていく。

「あだ!」
「ぶへっ!」
「はぐっ!」
「ぐほっ!」

だが最後に残った一人、 は最初の場所から動かず、ずっと俯いたまま。
それを見たカロルが、非難するように声を上げる。

「あー! を泣かせた!」
「えぇっ!?い、いや・・・待てって。
お、おい、 ってば泣かーー」
「・・・さいよ」
「へ?」

小さすぎる の呟きに、あたふたと狼狽していたレイヴンは聞き逃すまいと覗き込むように に近付く。
そんなレイヴンの行動を予測してか、 は片足を半歩後ろに引き、腰を落とすと握った拳を力強く上に突き上げた。

「歯ぁ食い縛んなさいって、言ってんのよ!!」
ーースパ―――ンッ!ーー

綺麗に決まったアッパーを受けたレイヴンは、これまた綺麗な弧を描いて頭から落下した。
鈍い音が聞こえたが、それも綺麗に無視し一仕事を終えたように両手をぱんぱんと払った は、にっこりとユーリ達に向き直る。
その笑顔には誰もを黙らせる雰囲気が醸し出されていた。

「さ、みんな行きましょ」

そう言った は一人だけ颯爽と歩き出す。
離れていく足音に、ようやく息を吹き返した中年が今際の言葉を発する。

「ヒ、ヒドい仕打ち・・・」
「自業自得よ」
「そうね。あの子の気持ちを考えたらまだまだ軽いわよね」
に置いてかれる前に行こうぜ。
おっさん、いつまで休んでんだ?」

当然と、誰にも味方されず再び力尽きることも許されないレイヴンは不承不承起き上がった。









































































は怒りに肩で風を切りずんずんと歩いていく。
親衛隊らしい敵が現れても、敵に同情するほどにぼっこぼこに撃退しさらに進む。
目的の場所を分かっているのか、という噛み付かれるような問いかけをする者はいなかった。
後ろを気にする事なく突き進む の後ろ姿に、珍しそうに眺めていたカロルは隣のユーリに話しかける。

、相当怒ってるよね」
「背中で語るって、ああいうんだろうな」
「おっさん、手遅れになる前にしっかり謝っておきなさいよ」
「わ、分かってるわよ」

リタから責付かれたレイヴンは恐る恐るといった感じで に向かって歩き出した。
背後からは、今乗ってる移動要塞の攻略をどうするかのユーリ達の声が聞こえる。
あそこに加わりたいのは山々だが、目の前の問題を片付けないことにはどうしようもない。
どう声をかけるべきか、考えがまとまらないうちに当人の隣に到着した。

「あ、あの〜、 ・・・さん?」
「何?」

とりあえずの呼びかけにもギロリと睨まれたレイヴンは、うっ、と身を引いた。
呼び止められた は歩みを止めたが、レイヴンに向けた一瞥はすぐに外される。
腕を組んだままの に再トライを試みようとするが、その口からは意味のない単語しか出て来ない。

「そ、その〜、なんつーか・・・えーと、あれだ・・・」
「レイヴン」
「は、はぃっ!」

顔を合わせて初めて名前を呼ばれた事で、レイヴンは直立した。

「私、怒ってるの」
そりゃ、見ればーースミマセン」

言いかけた言葉を、絶対零度の視線が向けられた事ですぐに引っ込める。
は視線をレイヴンから外すと、数歩距離を取って再び話し出す。

「バクティオン神殿で、シュヴァーンっていう大馬鹿が、仕えてた人との約束放り出した挙句に、生きる事まで放り出して・・・
遺言めいたこと言ってのけて、散々仲間に心配かけて、何事もなかったようにひょっこり帰って来て・・・」
「・・・」
「会って早々、また自分で・・・っ」

言葉だけでなく、肩まで震わせる にレイヴンは距離を詰め、その肩へ手をかけた。

「ちょ、ちょっと。 ってば、落ち着ーー」

言葉が止まった。
頬に触れられた震える指、こちらを見上げる両目から溢れそうな涙をこらえる瞳。

「・・・ほんとに、レイヴン・・・よね?」

いつも見慣れた、芯の強さなどどこにも無い、弱々しい表情。
張り詰めすぎた糸が今にも切れてしまいそうな、とても危うい声にレイヴンは安心させるようにゆっくり口を開いた。

「・・・そうよ。ほれ、ちゃ〜んとあったかいでしょ」

の手をしっかりと握ってやれば、 はやっと緊張を解くように息を吐きだした。

「・・・た・・・・よか、った・・・」
のおかげで命拾いしたわよ。
ま、こんな隊長を助ける物好きな部下にも、だけどね」

軽口で応じるレイヴンに、 は恐る恐る口を開いた。

「・・・たし、助けに・・・なれた?」
「なれたわ」
「・・・まもれたの?」
「守れたわよ」

不安気な問いに返される、しっかりとした答え。
は溢れてくる思いに、視界が歪んでいく。

「なら・・・・・・生きてても、いいの?」
「な〜に言うのよ、当然でしょ」

頭を撫でる子供扱いは嫌いだったのに、もう二度と与えられることのなかったはずのそれに感じるのは安堵感。
はついにぼろぼろと泣出してしまった。
そんな をあやすようにレイヴンは苦笑しながら、その背をさすった。

「も〜、らしくないわねぇ。
会ったときみたいに殴り飛ばした勢いはどこに行ったのよ〜」
「・・・誰のせいよ、バカぁ・・・」
「あーほらほら、しっかりしなさいよ」
「・・・してるわよぉ・・・」

鼻声で言い返した は必死に涙を抑えようと息を整える。
失ったはずのこの温もりを、もう二度と失わない事を胸に誓いながら・・・






























Back
2008.8.6