きっとかけるべき言葉は簡単に出てくる。
けど、あいつがそれを素直に受け取るとは思えない。
腕の中にいるはずのあいつが、どうしてか遠くに感じる。
どうして気付かない・・・泣ける場所はあいつのとこだけじゃない、ここにだってあるんだ。


































































ーーNo.145 無力な自分ーー































































オレが聞いているのは、ギルドでは面倒見の良い兄貴分だって事ぐらいだ。
それ以上のことは聞いたことがない。
もともとあいつは自分の素性をしゃべることはないし、こっちから聞くようなこともしなかった。
まぁ、ダングレストで聞いたのは、例外ってヤツだ。
ともかく、オレ達にとってはそれが当たり前だったし、それが互いの保つべき距離で暗黙の了解だった。
旅が始まって、おっさんとは昔からの知り合いだってのは見て分かった。
ちょっかい出されてもあいつは要領を得たように軽くあしらってたのがその証拠だ。
けど、おっさんがあいつに対して妙に馴れ馴れしかったのはいつも癪に障っていたが・・・
旅の間、考え込むような顔が気になって何度か声をかけた事があった。
でもあいつはこっちを気遣わせる隙をほとんど見せなかった。
いや、今思えば気遣われるのを極度に避けている、って感じでもあった気がする。
あいつはいつもこっちを心配していて、終いには上手い事はぐらかされて終わっていることがほとんどだった。
そういえば、ドンが育ての親だったって話もあいつの口からは聞いていなかった。
それだけじゃない、ベリウスとも仕事だけって割にはやけに親し気だった。
神殿で会ったデュークも、もしかしたら・・・
今更思うと、あいつは自分のことを明かしてないことが多い。
だからだろうか・・・
もし、たった一人の状況に追い込まれたら、あいつは抜け出すことができるのだろうか、と心配になった。
でも心の隅で、向こうから言ってくれるはずだという淡い期待を抱いていた。
けど神殿を脱出する時、愕然とした表情が力ない身体でオレを振りほどこうとした手が、悲しみに彩られた叫びが、オレの記憶に強烈に焼き付いた。
初めて目にしたモノを見て、不安になった。
もしかして、今までそんなふうに振る舞えてたのは誰かの支えがあったからなのか?
どんな時でも涙を見せる事がなかったのは、泣かせてくれるヤツがいたからか?
オレではない、誰かが・・・
そう思いだしたら、自分がどれだけ頼りにされてないのか、無力さを痛感した。
ああ、イライラする・・・
いつからだ・・・あいつがオレに秘密にしていることに憤りを感じるようになったのは。
どうしてだ・・・あいつがオレじゃなく他のヤツに相談する姿を見るだけで不愉快な気持ちになったのは。
オレは、いつから・・・・・・









































































神殿を後にして、バウルにエステルの居場所を探してもらっている間、戦いに疲れた私達は身体を休めることになった。
見張りの番ではない私は、何をするでもなくベッドの端に座ったまま何もない壁に視線を投じていた。
そこへ、遠慮がちにノックが鳴らされると、返事を返す前にドアが開けられる。
視線を上げたそこにはユーリがいて、こっちを見るや眉根を寄せた表情に変わった。

、お前少しは休め」

投げかけられた言葉に驚いた。
・・・私、そんなに疲れた顔してたかしら?

「どうも、休める気分じゃないの。
見張りなら交代するから、ユーリこそ休んで」

気晴らしに見回って来るから、と苦笑して言った私はユーリの脇を通り過ぎ、廊下に出ようと扉に手をかける。
しかし、後ろから扉に手を付いたユーリが開ける事を阻む。
次いで肩を引かれ、振り向かされた私の顔の両脇にユーリの両手が置かれる。
壁を背にして、互いを見つめ合う形になる。
それに驚いた私は、なんのつもりだ、と眉根を寄せてユーリを見やった。

、頼むから無理すんな」
「何言ってるのよ。無茶、なんてーー」

どうして貴方がそんな辛そうな顔するの?
・・・・・・やめて。
そんな顔で私を見ないで・・・
せっかく、押さえていた感情が膨れ上がってくるのを感じる。
つっかえながらもどうにか笑顔を貼り付けて答えようとしたけど、次のユーリの言葉にそれは崩れた。

「オレじゃ駄目か?」
「・・・え」
「オレじゃ頼りにならねえか」
「ユーリ?」

らしくないユーリの様子に、私は困惑した。
傷付いているようなユーリに、私はどう声をかけて良いものか分からなかった。

「昔からお前のこと知ってる訳じゃねえけど、これでものことは見て来たつもりだ。
だから、今無理してるのだって分かる」
「・・・」
「溜め込むぐらいならオレを責めればいい。
どうして見捨てた、助けなかったんだって。
の気が少しでも晴れるなら・・・!」

それ以上の言葉を聞きたくなくて、私はユーリの唇に指を当てて首を振った。

「そんなこと言わないわ・・・」

ゆっくりと言葉を発した私は、深く溜め息をついた。
そっか、様子がおかしかった原因は私のせいか。
あの状況では、私の方が取り乱してたから、ユーリが責任なんて感じる必要ないのに・・・

「確かに無理は、してたかもだけど・・・
感情が膨れ上がりすぎて持て余してるの。
こんな時、どうすれば・・・」

そう、実際どうすればいいのか分からない。
いつもであれば、こういう時に目敏く気づく人が今はもう居ない。
今更ながら思い知った、自分はこんなに弱く、常に助けてもらっていたんだと・・・
俯いたままの私の頭上から、自分と似たような溜め息が降ってくる。

「頼ればいいんだよ」
「頼る・・・?」
「ったく、お前、もう少し自分の事を大切に考えた方がいいぜ」

そう言われて自身の身体が逞しい腕に包まれる。
抵抗しようと思ったけど、前に聞かされた言葉と重なって身体が動かなかった。





































































『俺様が言ってるのはの事よ。
もうちっと自分の事を大切にしないとね』






































































徐々に身体に伝わる熱が、心のささくれを少しだけ収めていった。
そこは、どうしてか私には安心できる場所で、以前との違和感は拭えなかったけど、今一番欲しているモノのようだった。

「・・・お願い、もう少しだけこのままで・・・」
「ああ」

呆れられると思った願いに、素直な返事が返って来る。
それに甘んじて私はユーリの腕の中にいた。
自身の中を吹き荒れる、色んな絡み付く感情が鎮まっていく。

「ドンは・・・最初から知ってたのね。
その上で信頼して起用してた。
レイヴンもそんなドンの懐の深さに惚れたから・・・
それなのに、私は・・・疑うだけで、助けてもらったのに・・・何も・・・何も!」

震える声を押さえる事なく、私はまとまらない気持ちを吐き出していた。
そして神殿で聞いた、多分私にしか聞こえなかったレイヴンの呟きが木霊する。






































































『俺にかけた術で動けないお前を助けるのは当たり前だろ。
長くは保たないんだ、早く脱出しろ・・・ーー』





































































『ーー生きろ・・・そして、幸せにな・・・』







































































息が詰まる。
あの時、私は何かを言うべきだった。
何か行動を起こすべきだった。
でも、何もできなかった。
なんで、貴方はそんなことを言ったの?
なんで、伸ばした私の手を取ってくれなかったの?
なんで、約束を破って私を一人残したの?

「どうして・・・どうして私はいつも・・・・・・いつ、も・・・」

自分の不甲斐なさに、怒りが込み上げてくる。
視界も揺れるが、こんな自分になく権利なんてないと、爪が皮膚に食い込むくらい握りしめた。

(「これじゃ、昔と何一つ変わってない・・・
世界を守る前に、身近な人の一人も守れないなんて・・・」)

強くなったと思ってた。
だからもう、昔のように失う事はないのだと・・・
けど、現実はどうだ?
守りたいと思う人はどんどん私の前から姿を消していく。
なんて無力なんだろう。
叫びたくなるのを押さえ込み、私はユーリの優しさにただただ縋っていた。



























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2008.8.4