神殿の最奥で剣の打ち合う音が、完成された魔術の爆音が響く。
たった一人を相手に複数で対峙しているユーリ達は苦戦を強いられていた。
実力もさることながら旅で仲間として過ごして来た事実が、剣先を鈍らせる。
誰もが思っていた。
こんな悪い夢、さっさと覚めてほしいと・・・
しかし、胸に突き刺さる悲しみがこれは現実だと雄弁に物語っていた。
ユーリとシュヴァーンは何度目か分からないほどの剣を交差させ、ギリギリと鍔迫り合いが続いていた。
「おっさん、いい歳なんだから退いてくれないか?悪ぃけどこっちは急いでんだ」
「その割には押されているように見えるがな。
行きたければ私を倒せばいい」
余裕を見せるシュヴァーンに、後衛の守りをしている
は声を絞り出す。
「どうしてよ・・・約束、したのに・・・」
「何の話をしている、約束した本人はここにはいないぞ」
「っ!」
その返答に
は唇を噛む。
そして、拮抗していたはずのユーリの剣をシュヴァーンは軽々と払い除け、後衛へ向け走り出す。
それを阻むため、
は双剣で応戦する。
だが、帝国騎士団No.2の肩書きは伊達ではなく、数合と持たずに体勢を崩される。
それと助けようとユーリとジュディスがシュヴァーンを二方向から挟み込もうとする。
すると、それを無関心な瞳で捉えたシュヴァーンは呟く。
「愚策な・・・轟け鼓動、ブラストハート!!」
「ぐあっ!」
「くっ!」
「あぁっ!」
シュヴァーンの周囲から放たれたエアルの刃が三人を襲う。
両腕で視界を塞ぐが、エアルの刃は容赦なくユーリ、
、ジュディスを切り裂いていく。
が、その攻撃はユーリ達だけでなく、技を発動したシュヴァーンもどうしてか反動を受けたようにふらついた。
その隙を逃がさず、更に傷を負うのも構わず
が懐へと一気に詰め寄った。
「・・・届け!翔破崩滅閃!!」
「っ!」
の剣戟をまともに受けたシュヴァーンは、初めて片膝を付いた。
そして続くようにユーリの技が叩き込まれる。
「これで決める!漸毅狼影陣!」
「ぐぅ!」
ーーNo.144 崩れる神殿ーー
ユーリの攻撃に肩で息を吐くシュヴァーンだったが、それは他の皆も同じであった。
だが満身創痍となってもなおシュヴァーンは立ち上がり、詰め寄り構えた剣をユーリへ振り下ろす。
それを刀身で受けたユーリは弾き返す。
再び一合、二合と数を重ね、ユーリは剣を左上へ斬り上げる。
シュヴァーンはそれを防ぐために剣を持った腕を上げ、剣を受け止める・・・はずだった。
ーーザンッ!ーー
「ぐぅ」
「なっ!」
「レイヴン!」
しかしユーリの剣はシュヴァーンの体幹に食い込まれ、刃受けた体は再び膝を付いた。
驚愕したユーリはその場に立ち尽くす。
同様の表情を浮かべ悲鳴に近い声を上げた
は駆け寄り、倒れぬように背中に腕を回す。
「ふ・・・今の一撃でもまだ死なないとは・・・
因果な身体だ・・・」
そう呟いたシュヴァーンの胸元の服は裂け、そこには肌の色ではない機械的な色が胸に根を張っていた。
それを見たリタは色を失う。
「な、なによ、これ魔導器・・・胸に埋め込んであるの!?」
「・・・心臓ね。魔導器が代わりを果たしてる」
「・・・自前のは10年間になくした。
あの戦争で俺は死んだはずだった・・・だが、アレクセイがこれで生き返らせた」
シュヴァーンの答えにジュディスは驚いた表情を見せる。
「・・・なら、これもヘルメス式ということ?
なぜバウルは気付かなかったの・・・?」
「多分、こいつが・・・エアルの代わりに俺の生命力で、動い・・・」
「いいから、もう黙って!
根源を統べる御子、我が身を介しその御技を具現し賜え、リヴァイヴァル・ライフフォース!」
尚も口を開こうとするシュヴァーンを遮り
は心臓魔導器に手を当てると術を発動した。
すると、柔らかな光がシュヴァーンを包み、荒かった息が穏やかに変わる。
はぐったりと力が抜けたように座り込むが、一息吸い込むと固めた拳でシュヴァーンを殴りつけた。
「この馬鹿!無能!戯け!信じられない!
ホント、最低よ!!」
「お、おい。回復してくれたとはいえ、痛い事に変わりはーー」
ーーゴゴゴゴゴッ!!ーー
口悪く罵る
にシュヴァーンが反論しようとしたとき、神殿全体が揺れ動いた。
続いて崩れるような音が響き、その方向に目をやると大量の土砂が部屋の入口を塞いでしまった。
閉じ込められた状況にユーリ達は呆然とするが、シュヴァーンは地べたに胡座をかいたまま淡々としている。
「・・・アレクセイだな。生き埋めにするつもりだ」
「おいおい、あんたがいるのにかよ」
「今や不要になったその剣さえ始末できればいい、そう言うことだろ」
「それでエステル使って、デュークをおびき寄せたって訳か。
つくづくえげつない野郎だぜ」
ユーリは顔を歪め、吐き捨てる。
シュヴァーンが俯いたまま、何も行動を起こさない様子にリタは焦りの声を上げる。
「ちょっと、おっさん!なんでそんなに落ち着いてんのよ!」
「俺にとってはようやく訪れた終わりだ」
「・・・最初からここを生きて出るつもり、なかったのね」
の言葉に沈黙が返る。
それを肯定と取ったユーリは、俯いたままのシュヴァーンの肩を掴み、強く揺すった。
「一人で勝手に終わった気になってんじゃねえ!
オレ達との旅が全部芝居だったとしてもだ、ドンが死んだときの怒り、あれも演技だっ
てのか?
最後までケツ持つのがギルド流・・・ドンの遺志じゃねえのか!
最後までしゃんと生きやがれ!」
頭上から怒鳴りつけられたシュヴァーンは何も言い返さない。
しかし、しばらくして苦笑を滲ませた、砕けた口調が返って来た。
「・・・ホント、容赦ねぇあんちゃんだねぇ」
そう言って立ち上がったシュヴァーンは、ユーリ達を見回すと力強く頷き返す。
そして弓を取り出すと、入口を塞いでいた土砂を魔導器で威力が増した矢で吹き飛ばした。
土砂が除かれた入口へ進もうとしたユーリ達だったが、それより早く天井に亀裂が走る。
「く!間に合わねえ!」
「っ!カロル、危ない!」
今にも崩れ落ちそうになる天井の真下にいたカロルを
は咄嗟に突き飛ばした。
しかし、先ほどの治癒術を使ったことによって、自身の身体はそれ以上言う事を聞かない。
崩れ落ちる音を聞いた
は襲って来るだろう痛みを予想してぎゅっと両目を瞑った。
だがいつまで経っても痛みはなく、代わりに頬に雫が当たった。
恐る恐る目を開いた
が見たのは、瓦礫を支えているシュヴァーンの姿だった。
「ちょ、と・・・そんな状態で何を!」
「お前が回復してくれただろう」
「あれくらいで万全の訳ないでしょ!!」
にやりと笑ったシュヴァーンに
は座り込んだまま反論する。
頬の雫、それはシュヴァーンの額から流れ出た紅だった。
自身の何倍もある瓦礫に膝が砕けそうになるのを魔導器の力を解放したことでシュヴァーンは何とか支えていた。
「あんた、今生命力落ちてるのに、魔導器でそんなことしたら!」
「リタの言う通りよ!早く逃げて!」
「俺にかけた術で動けないお前を助けるのは当たり前だろ。
長くは保たないんだ、早く脱出しろ・・・
ーー」
薄く笑いかけたシュヴァーンの呟きに
は目を見開いた。
「おっさん!」
助けようとするユーリを視線で制したシュヴァーンは、そのままの状態で言葉を紡いだ。
「アレクセイは、帝都に向かった。
そこで計画を・・・最終段階に、進めるつもりだ」
「もう分かったから!早く!!」
「後は、お前達次第だ・・・」
「充分だってば!早くレイヴンもーー」
どうにか片膝を立てた
がシュヴァーンを急かす。
しかし、
に目を合わせる事なくシュヴァーンはユーリに真剣な視線を注いだまま言った。
「・・・青年、
の事は頼んだ」
その言葉を目の前で聞いた
は言葉を失う。
「な、に・・・言ってるの?」
「・・・
、脱出だ」
再び座り込んでしまった
の腕を引き、ユーリが静かに言う。
それを力の入らない身体で腕を解こうと抵抗する。
「や・・・嫌よ、離して!!」
「行くんだ!」
語気を荒げたユーリに力尽くで立たされた
は、そのまま神殿の入口へと連れて行かれる。
「っ!追って来なかったら、絶対許さないんだから!」
部屋から連れ出される直前に
は叫ぶ。
その言葉に応じる返事が欲しかったが、聞こえてくるのは神殿の崩壊の音だけだった。
ユーリ達の背中が完全に見えなくなるまで見送ったレイヴンは、気が抜けたように片膝を付いた。
背中にのしかかる瓦礫が先ほどより重さを増したように感じた。
(「俺のことは忘れろと言ったのに・・・最後にあんなことを言うとはな・・・」)
もうそろそろ自身の身体も限界に近い。
最後に叩き付けられた言葉に、残り僅かな時間を使って思いを馳せる。
(「許さない、か・・・10年も死人だった俺にもう一度生きろと言うのか、
・・・」)
神殿全体が揺れる。
立っていることもままならない所を見ると、崩壊するのも時間の問題だろう。
(「まぁ、最後にあいつを守れたから・・・」)
そう思ったシュヴァーンは自身の行動に苦笑をこぼした。
「ふっ・・・ガラにもなかったか、な・・・」
自分にしか聞こえないほどの声で呟いた直後、レイヴンの頭上から轟音が降り注いだ。
最奥の部屋から離れ、崩壊が少ないところまで走って来た。
遠く後ろに響く崩れ落ちる音に、カロルは両膝を付き踞った。
「うぅぅ・・・レイヴン・・・」
「バカよ・・・やっぱり仲間だったんじゃない・・・バカ、バカァ!」
「ぐずぐずすんな!エステルを助けるんだろうが!とっとと走れ!」
「さぁ、カロル、リタも立つのよ。
レイヴンの為にもエステルを助けに行かないと」
さあ早く、と声音優しく言った
は、リタとカロルの背を押し出して自分も一緒に走り出した。
その三人を見送るユーリの背中に、ジュディスが言葉を投げる。
「損な役回りね、ユーリ」
「・・・別に。実際ぐずぐずしてられねえだろ」
「そうね・・・あの子、大丈夫かしら」
「・・・時間がない、急ぐぞ」
誰を指したか分かっていたユーリだったが、それに答えることなく崩れ落ちる神殿を脱出するため駆け出した。
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2008.8.2