「ま、待って・・・それ、どういう事なの!?」
たった今、聞かされた言葉に頭の理解が追いつかない。
激しく動揺する
に、相変わらずデュークは淡々と続けた。
「今はその問いに答える時期ではない」
「デューク!」
「お前の目的は私と話す事ではないはずだ」
「私には知る権利があるはずよ!」
「成すべきを成せ。
お前が探しているそれは、恐らくあの者達が向かった先に在る」
「!?」
ーーNo.143 本当の姿ーー
封印された扉をくぐり、ユーリ達は最奥の部屋へと走り込んだ。
そこで目にしたのは地面に倒れた始祖の隷長、そして、その前に佇むアレクセイと術式に包まれたエステルの姿だった。
「エステル、無事か!」
「エステル!」
背後に響いた声にアレクセイは表情を曇らせる。
「また君達か。どこまでも分を弁えない連中だな」
『ユーリ!みんな!』
球体の中でユーリ達に振り返ったエステルに、リタが声をかける。
「エステル、今助けてあげる!」
「ふん、お前達に姫は救えぬ。救えるのはこの私だけ。
道具は使われてこそ、その本懐を遂げるのだよ。
世界の毒も正しく使えば、それは得難い福音となる。それが出来るのは私だけだ。
姫、私と来なさい。
私がいなければ、あなたの力は・・・」
『きゃあああ!』
聖核をかざし、エステルの力を無理矢理発動しようとしたアレクセイを止めようとジュディスが飛び出した。
「アレクセイ!これ以上やめなさい!」
しかし、辺りを包んだ光に思わず足が止まる。
その光の発生源、アレクセイの足元に倒れている始祖の隷長がエステルの力に影響されて苦しそうに喘いでいた。
『ぐ・・・あ・・・』
「アスタル!」
ジュディスが悲痛な声で始祖の隷長の名を叫ぶ。
「くくく・・・ははははは!
何が始祖の隷長か、何が世界の支配者か」
「止めろ!エステルを放せ!」
アスタルのもがく様子をアレクセイは声高に嘲笑した。
ユーリは発動を止めさせようと飛び出す、が一層強い閃光に辺りが包み込まれた。
それが収まるとアスタルの姿は消えていた。
「死んだか、あっけなかったな」
『そんな・・・』
「思ったより小振りだな。
まぁ、使い道はいくらでもある」
自分のやった事を気にも止めないアレクセイにユーリは歯軋りした。
「貴様・・・」
「そうだ、せっかく来たのだ。
諸君も洗礼を受けるがいい。姫が手ずから刺激したエアルのな」
振り返ったアレクセイは掲げた聖核を操ると、ユーリ達を高濃度のエアルで包み込む。
「うわあああ!」
「ううっ!」
悲鳴を上げるカロルとリタ、他の皆も一様に苦悶の表情を浮かべる。
エステルは涙を浮かべアレクセイに訴える。
『いや!もうやめてぇ!!』
ーードーーーンッ!ーー
「何!?」
突如、襲った爆炎がアレクセイの視界を塞ぐ。
同時に、鋭い声が響いた。
「ユーリ!」
その声に意識を失いかけたユーリは引き戻され、手にした宙の戒典を発動させた。
「く・・・っだらぁ!」
辺りが白光に包まれると、それまでユーリ達を苛んでいたエアルは鎮まった。
「来るにはグッドタイミングだったかしら?」
「遅いんだよ」
「悪かったわね。文句は面倒を片付けてからよ」
遅れて登場した
は、煙が晴れた目の前に立つ、不愉快さを表情に見せた男に向いた。
「・・・何故貴様がその剣を持っている。
デュークはどうした?」
「あいつならこの剣寄越してどっか行っちまったぜ。
てめえなんかに用はないそうだ」
ユーリの皮肉に、アレクセイは回顧するように目を伏せた。
「・・・皮肉なものだな。
長年追い求めた物が、不要になった途端、転がり込んで来るとは。
そう、満月の子と聖核、それに我らが知識があればもはや宙の戒典など不要」
「何、寝言言ってやがる。
つべこべ言わずエステル返しな」
「ふん。姫がそれを望まれるかな?」
高慢なアレクセイの態度に
は苛立ちを滲ませた。
が、
「ふざけた・・・!?」
「エステル!?」
『・・・』
エステルからの返答がないことに、ジュディスも訝し気な視線を向ける。
呆然としているエステルに焦りを見せたリタも何度も呼びかける。
「エステル!どうしたのよ、エステル!」
『・・・わからない』
ポツリと呟かれた言葉にカロルも眉根を寄せる。
「何いってんだよ!」
『一緒にいたら、わたし・・・みんなを傷付けてしまう。
でも・・・一緒にいたい!
わたし、どうしたらいいのか分からない!』
頭を振るエステルにユーリは叫んだ。
「四の五の言うな!来い!エステル!
分かんねえ事はみんなで考えりゃいいんだ!」
『ユーリ・・・』
その言葉で視線を上げたエステルを安心させるようにユーリは頷くと、助けるために皆が駆け出す。
しかし・・・
「ぐぁ!」
「きゃ!」
「う!」
「ギャン!」
「うぅ!」
「っあ!」
容赦のないエアルの衝撃波に皆が倒れ込む。
己の力によって皆が傷付いていく姿に、エステルはユーリ達を見る事が出来ず俯いてしまった。
『もう・・・いや・・・』
「いかんな、ローウェル君。ご婦人のエスコートとしてはいささか強引過ぎやしないかね。
紳士的ではないな」
片目を眇めたアレクセイに、片膝を付いたユーリが不敵に笑った。
「生憎、紳士と無縁の下町育ちでな。
行儀と諦めの悪さは勘弁してくれ」
「ふん、今となってはその剣は邪魔以外の何物でもない。
ここで消えてもらう」
そう言って立ち去ったアレクセイと共にエステルも連れて行かれる。
後を追おうとしたユーリ達だったが、その前に騎士団が立ち塞がる。
「あんた達、そこをどきなさい!」
リタが苛立たし気に怒鳴りつける。
すると、一人の騎士がユーリ達の前に現れ、片手で合図をすると騎士団は敬礼しその場を後にした。
騎士は肩にかからないほどのチャーコルグレーの髪、前髪で隠れていない右目は淡い花緑青色。
リーダーらしい目の前の騎士をリタは睨みつける。
「あいつは!?」
「確か隊長のシュヴァーン、だったな。
いつも部下に任せきりで顔をみせなかったクセに、どういう風の吹きーー
?」
ユーリの言葉を遮るように
は騎士の前へ進み、射程距離ぎりぎりで足を止めた。
「・・・こんな風になりたくなかった。
あなたに剣を向けなくちゃいけない日が来るなんて・・・」
「
、知り合いなのか?」
の言葉に驚いたユーリに返事はせず、視線を騎士に投じたまま話を続ける。
「以前から、ギルドの動きが帝国に漏れている事が多くて、私はそれをずっと探ってた。
幹部でしか知り得ないことまで、帝国が嗅ぎつけてるなんて有り得ない事・・・
各地に飛び回ってる幹部の数はたかが知れてる。
最後に残ったのが・・・あなただった」
「え?でもこんな人ダングレストで見かけなかったよ?」
「この格好ではなかったからよ。
そうでしょう?シュヴァーン・オルトレイン。
いいえ・・・天を射る矢幹部、参謀役・・・・・・レイヴン」
「えっ!?」
「ウソ!?」
「ワンワンワン!」
「ラピード!?なら、ホントに・・・」
ラピードの
の言葉を肯定するような反応に驚きながらも、ユーリは認めざるを得ない。
自分を真っ直ぐに見つめる視線を受けていたシュヴァーンは、肩を竦め薄く笑んだ。
「やはり気付いていたか・・・
犬の鼻は誤摩化せないと思ってたが、お前もだとは、な。
いつからだ?」
「確信を強めたのは、カルボクラムで目が合った時よ。
何年一緒にいたと思ってるのよ。
ちょっとぐらい格好を変えたからって、気付かれないとでも思ったの?」
「流石は自由な風・・・寸分違わぬ腕前だ」
他人行儀な口調ながらも確かに聞き覚えのある声にジュディスは眉根を寄せる。
「冗談・・・ってワケじゃなさそうね」
「ギルドユニオン幹部が騎士団の隊長!?」
「なるほどな、そういうことかよ」
愕然とするリタ、悔し気に呟くユーリにシュヴァーンはにべもなく言い放つ。
「俺の任務はお前達とおしゃべりすることではない」
「それはこっちも同じよ。
ギルドの掟に従い、ケジメを付けさせてもらう」
「ふ・・・リベルタスから逃げられた者はいない、か」
「「「!」」」
「最後に聞くわ。
・・・どうしても退く気はないのね」
悲しみを言葉の端に滲ませた
に応じる事なく、シュヴァーンは柄に手をかけた。
「返答に値せんな。
帝国騎士団隊長首席、シュヴァーン・オルトレイン・・・参る」
「・・・馬鹿」
一人呟いた
は迫るシュヴァーンに応戦するように双剣を抜いた。
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2008.8.1