ーーNo.142 渡された宙の戒典デインノモスーー































































神殿内を進み、妨害してくる親衛隊を退けながらユーリ達は奥へ奥へと進んでいった。
しばらくして目の前に現れたのは術式が施されたような扉だった。

「これって・・・暗号化して術式を鍵として使った封印結界・・・?」
「開けられるか?」

扉の前で術式を注視するリタに、ユーリが訊ねる。
しかし、リタは腕を組んだまま難しい表情を浮かべた。

「ろくに研究された事のない未知の古代技術よ。
あたしも本で見た事あるだけ、まともに解析しようと思ったら、どれだけ時間がかかるか見当もつかない」
「力尽くで破れないかな」

リタと同じく扉を見つめたカロルにジュディスが応じる。

「鍵をかけるようなものは普通、簡単に破れるようにはできてないでしょうね」
「そっか・・・あれ、でもアレクセイはどうやって思ったんだろう?」
「思いたくないけど・・・エステルの、満月の子の力を使ったんでしょうね」

苛立ちをぶつけるように扉を睨んだままリタが答える。
自分達ではどうしようもない状況に、焦りだけが募っていく。
その時、

「誰?」

ジュディスが部屋の入口に向けて声を上げる。
皆が警戒する中、暗闇から現れた人物は静かな表情で一行を見据えた。

「デューク!?どうーー !!」
「・・・はは、遅い登場ね」
「どうしたのよ!あんた、そのケガ・・・」
「ちょっと、ドジっちゃってね・・・デュークに助けてもらったのよ」

デュークの肩を借りていた は、苦笑を返すとユーリ達に合流する。
しばらくして、一行を見ていたデュークが問うた。

「・・・あの娘、満月の子はどうした?」
「アレクセイがこの奥に連れ去っちゃったんだ!」
「・・・なるほど。そういうことか」
「あんたもアレクセイに用があるのか?」
「この地のエアルクレーネが急速に乱れつつある。
私はそれを収めに来ただけだ」

答えになっていない返答に、ユーリは眉根を寄せる。
しかし、抜き身の剣を手にしているデュークに身構えたリタが詰問する。

「・・・収めにって、あんた具体的に何するつもりよ」
「エアルクレーネを鎮め、その原因を取り除く」

デュークの答えに、 は厳しい表情のまま言い返した。

「回りくどく言わないではっきり言ってよ。
エステルを殺すんでしょう?」

の言葉に、リタとカロルが息を呑んだ。
辺りの空気が一気に張り詰めるが、デュークは肯定も否定もせず と視線が交差する。

「ったく、どいつもこいつも。
よってたかって小娘一人に背負い込ませやがって」

怒りを滲ませたユーリの言葉に、デュークは視線を移した。

「暴走した満月の子を放置してはおけん」
「あんたもフェロ―と同じ石頭かよ。
同じ人間同士もう少し話が通じるかと思ったんだけどな」
「人間同士であることに意味などない。
ひとりの命は世界に優越しない」
「その世界ってのもバラしゃ全部ひとりひとりの命だろうが。
いいか、あの馬鹿で世間知らずのお嬢様はオレ達の仲間なんだよ。
部外者はすっこんでろ!
「あの娘がどれほど危険な存在か、知った上で言っているのか?」

感情を見せず淡々と問いかけるデュークに、ユーリは鼻を鳴らす。

「知ろうが知るまいが『義をもって事を成せ』ってのがウチのモットーなんでな。
どうしてもってなら、悪いが相手になるぜ」

身構えたユーリと 以外の皆の鋭い視線にデュークは両目を伏せた。

「・・・いいだろう。
ならばフェローが認めたその覚悟のほど、見せてもらおう」

そう言ってユーリの足元に投げられたのは、デュークが手にしていた一振りの剣だった。

宙の戒典デインノモスだ。
エアルを鎮めることができるのはその剣だけだ。
掲げて念じろ。そうすれば後は剣がやる」
宙の戒典デインノモス・・・」

ユーリは手にした剣を見つめていたが、デュークがそのまま踵を返したことで慌てて呼び止めた。

「待てよ、デューク!
宙の戒典デインノモスといや行方知れずの皇帝の証の名前だ。
なんであんたがそれを持ってる?なんでそれがエアルを制御できる?
・・・あんた一体何者だ?」

問いかけた直後、辺りを揺らすほどの振動が響き渡る。

「その問いの答えを得る事が今のお前達の願いではあるまい。
行け。手遅れになる前に」

肩越しに視線だけを投げたデュークは再び背を向けた。
それに今度は が声を上げる。

「デューク!どこに・・・」
「役目は達した、この場に留まる理由はない。
お前達の行動がどれほど愚かしい事か、そして始祖の隷長エンテレケイアが背負う重荷、それがどれほどのものか、身をもって知るがいい・・・」

立ち去ったデュークの背中を見つめていたユーリだったが、封印が施された扉に向き直ると剣を構えた。

「むぅっ・・・!」
「・・・その術式、エステルと同じ。やっぱりその剣・・・」

ユーリが手にした剣の展開された術式を見たリタが目を見張る。
そうしている間に、ユーリ達を阻んでいた封印は解除されていた。

「考え事は後だ。急ぐぜ、この奥にエステルがいる」
「そうだね、あれ・・・ ?」
「ちょっと、あんたどこに!」
「ごめん!すぐに追いつくから!」

進行方向とは逆に、走り出した はユーリ達にそれだけ言い残すと踵を返した。
















































































近付いてくる足音に男は足を止めた。

「・・・心を定めたのか?」

ゆっくり振り返れば、多少息を乱した の視線が向けられていた。

「違うわ。確かめたいことがあったのよ」
「同胞の危機を放置しても、か」
「ユーリ達だから、任せられるのよ」

言い切った は、小さく息を吐くとデュークを見据えた。

「暴走した満月の子を消すと貴方は言った・・・
だったら、どうして神殿で私を助けたあの時、私を殺さなかったの?」
「・・・」
「いいえ・・・十年前の出会ったあの時にでも殺せば良かったじゃない。
貴方ならとっくに私の正体も分かっていたはずだしね」
「答える義理はーー」
「答えて」

デュークを遮り、言い逃れを許さない強い瞳で は目の前の男を見据えた。

「答えて、デューク」

繰り返した の声に、男は尚も口を閉ざす。
それに焦れたように はさらに捲し立てた。

「かつての戦火を引き起こし、親友を失った原因が、今、あなたの目の前でこうしてのうのうと生きてる。
始祖の隷長エンテレケイアが危険視し、ベリウスを助ける事も出来ず、現在の盟主までもが排除しようとしている相手に何故手を下さないの」
「・・・
「あなたの実力なら造作も無いはずよね」

詰問しているはずの視線は強い。
だが、その瞳の奥に宿るのは相反した感情。
軽く突けば壊れてしまうような危ういそれに、デュークは静かに語りだす。

「・・・お前は、あの満月の子とは違う」
「っ!どこが・・・どこが違うのよ。いずれ同じように危険となる存在に!
「そうはならない」
「だからどうして!」
「・・・友が、そう言っていた」
「!」

その言葉に は言葉を失った。






























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2008.7.29