ーーNo.138 消えた二人ーー































































聞かされた伝承にショックを受けてない、と言えば嘘になる。
そうでなければこんな風に考え込むことはしなかっただろう。

(「伝えられている言葉の意味全てが何を意味しているかまでは分かっていない、か・・・
でも伝承は真実を含んでいる場合がほとんど。
まして外界から隔絶してるここなら冗談であんなの作らないだろうし・・・」)

そう考えながら はふらふらと歩いていた。

「『世の祈りを受け、満月の子らは命燃え果つ』か・・・」

口に出して呟いた は、それまで動かしていた足をぱたりと止めた。
自身の存在、それは世界にとって害を及ぼすものでしかない。
生きることが許されない、その事実に足が竦み歩き出したくても脳からの命令を心が撥ね付ける。

「っ!」

自身のことよりも他人を優先するエステルは、これを知ってどう思っただろう。
フェロ―に世界の毒と言われようがなんだろうが、生きる気でいた。
ドンから受け取った最期の約束を果たすため、奇しくもそれは昔に言われた友人の言葉とも重なっていた。
しかし、満月の子の力が世界を滅ぼすほどの災厄を招き、その命によって鎮めたかもしれない。

「・・・昔と同じ轍は踏みたくないわね・・・」

両手で自身を抱いた は薄く笑みを浮かべると一人呟く。

(「どうやら、まだバレてないみたいだし・・・どうにかしないと、ね・・・」)

しばらく呼吸を落ち着かせた は、ようやく周りを見る余裕がでてきた。
考え事をしながら歩いていたせいか、ユーリ達が休んでいる家から離れ目の前には街の入口に当たる大きな門があった。
このまま引き返しても良かったが、折角だから広い空の景色を眺めようと門を押し開いた。
街の入口に当たるそこは、上空にあるせいか穏やかな風がそよいでいた。
柔らかい風に髪が弄ばれるのをそのままに、 の視界には半透明の始祖の隷長エンテレケイアの体越しに見た青・・・ではなく、菫色の羽織が飛び込んできた。

「あれ、レイヴンここまで散歩に来てたんだ」
・・・お前どうしてここに・・・」

驚いたように振り返ったレイヴンに、目を瞬かせた は不思議そうに首を傾げる。

「私も散歩だけど・・・どうしたの?」

レイヴンを目の前にした は、何かがおかしい、そう思った。
顔を合わせれば冗談や軽口を交わし、いつもこっちを翻弄してきた。
本心を人に悟らせないのはいつものことだったが、そういうときは大概言葉ではぐらかしていた。
だから、今のように他人を寄せ付けない彼が纏う雰囲気に は違和感を覚えた。
忘れかけていた疑惑が再び首をもたげ、困惑した は眉根を寄せる。
僅かに構える にレイヴンは困ったように笑った。

「なんつーか、まぁ・・・すごいタイミングだわね」
「は?何のこーー!」

の言葉は突然腕を引かれ、抱きしめられたことによって遮られた。
全く予想してなかった事態に の困惑は吹っ飛び、みるみる顔に熱が上るとあたふたと慌て出した。

「なっ、何考えて!ちょっ!レイヴン!!」

レイヴンの腕の中で必死に抵抗する に、レイヴンは更に腕の力を強めその耳元に呟きをこぼした。

、お前とはもっと早くに会えてたら・・・もしかしたら・・・」

耳に響く低い声に、僅かに肩が跳ねる。
が、聞かされた言葉の意味が分からず は抵抗する力を緩めた。

「レイヴン?どうしたっていうのよ、何言っーー!」

そのタイミングを待っていたかのように、 の口元に布が当てられた。
何かの薬品が染み込んでいるようなそれを吸ってしまった は、膝から力が抜ける。
バランスを崩した は倒れ込むが、レイヴンに優しく抱き留められた。
そして、徐々に意識が霞んでいく。

「・・・悪・・・な。俺の・・・・・・ことは、忘れ・・・」

切れ切れにレイヴンの声が聞こえるが、遠くから聞いているようではっきりしなかった。
意識を保とうと必死に抗うが、自身の身体は全く受け入れてくれない。

「・・・だ、め・・・待っ・・・・・・」

目の前にいるはずのレイヴンに手を伸ばそうとするが、力の入らない状態ではそれもままならない。
意識を手放す直前に目にしたのは、哀し気に微笑むレイヴンの姿だった。


































































次に が目を覚ましたのは、フィエルティア号の船室のようだった。
まだ意識がはっきりしない中、何度か瞬いた後、 は上体を起こした。

「・・・ここは・・・」
「よ。目、覚めたみたいだな」
「・・・ユーリ?」

枕元に近い壁に背中を預けていたユーリが に声をかける。
はっきりと働いていない頭をどうにかしようと、 は直前までの記憶を手繰ろうとするが、ぐわんぐわん頭が回り思考が鈍い。

「私、どうして・・・」
「エステルとレイヴンが居なくなった」
「え!?」

弾かれたように振り返った にユーリは が意識を失っていた間のことを説明した。

「ミョルゾから転送魔導器キネスブラスティアで誰かが街を出たらしい・・・
今、転送先らしいヨームゲンに向かってる」
(「そうだ!私、レイヴンに・・・・・・ってぇっ!!」)

やっと記憶が戻ってきた だったが、意識を失う直前のことを思い出し、顔に熱が集まる。
勢い良く顔を背けた に、ユーリは首を傾げた。

「・・・なんでそこで赤くなるんだよ」
「な、なんでもないわよ!寝起きなんだからしょうがないでしょ!」

意味が分からない反論にユーリはますます首を傾げたが、追及することはしなかった。
自分に背を向けたまま(耳が赤いのは見えていたが)の にユーリは再び聞き返した。

、お前はどう考える?」

主語がないユーリの言葉を背中で受けた は、かけられた手元のリネンをきゅっと握った。

「状況証拠だけじゃ、なんとも言えない・・・ヨームゲンに手がかりがあるならそれを見てーー」
「推測でも言ってくれって前に言ったよな?」

ユーリの言葉に遮られた はそのまま俯いた。
それによって流れた髪が の顔を隠し、背を向けていたこともあってどんな表情を浮かべているのか、ユーリが立っている場所からは伺えなかった。
しばらくして掠れた声がユーリ耳に届く。

「・・・信じたく、ないの・・・」
「どういうことだ?」
「気を失う直前・・・聞き違いだったかも、しれないけど・・・
『忘れてくれ』って言われたような気がしたの」
「・・・」

とユーリの間に重い沈黙が下りる。
と、それを破るように船室に近付く足音が響くと、ノックもなくドアが開かれた。

「もうすぐ着くって!下りる準備をしないとーー !良かった、起きたんだね」
「ええ、心配かけてごめんなさい。
すぐ準備するから」

部屋に入ってきたカロルに は笑みを向けると、わかった!と元気よく返答が返り少年は来た道を戻って行った。
再び二人だけとなった船室で、 はベッドから下りるとユーリに視線を合わせた。

「ごめんユーリ、本人の口から聞くまで白黒つけるのは保留にしてくれない?」
「・・・分かった、とりあえず甲板に行って他のみんなに顔見せてやれよ。
リタも心配してたぜ」
「そうね、ありがとう」





























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2008.7.21