ーーNo.136 太古の伝承ーー































































長老の家へと勝手に上がり、長老の帰りを待っていたユーリ達は、戻ってきた長老に家の奥の壁の前に案内された。
訳が分からないユーリは、冗談なのか判断がつかず長老を見やった。

「・・・?」
「これこそがミョルゾに伝わる伝承を表すものなのじゃよ」

ユーリの視線に気付いた長老は誇らし気にそう言うと、一行は再び訝し気な視線を何も描かれていない平面の壁に投じた。
だが、何度見ても壁であることに変わりはない。
痺れを切らせたレイヴンが誰もが思った疑問を言葉にした。

「でも、ただの壁だぜ?」
「ジュディスよ、ナギーグで壁に触れながら、こう唱えるのじゃ。
・・・『霧のまにまに浮かぶ夢の都、それが現実の続き』」

レイヴンに答えず、長老はジュディスにそう言うと、ジュディスは壁に近付き手を付いて復唱した。

「霧のまにまに浮かぶ夢の都、それが現実の続き・・・?」

それを合図に何もなかった壁に突如、絵柄が浮き出た。
ユーリ達が驚く中、リタは壁に一歩、歩み寄った。

「これは・・・」
「我らクリティアには物に込められた情報を読み取るナギーグという古き力がある。
この力と口伝の秘文とにより、この壁画は真の姿を現すのじゃ」

驚いたかの、と長老はぽかんと惚けたレイヴンに得意気に訊ねる。

「な、なんか不気味な絵だね・・・」

壁を見たカロルが怖々と呟く。
ジュディスは壁から手を放すと書かれた伝承を読み出した。

「『クリティアこそ知恵の民なり。
大いなるゲライオスの礎、古の世の賢人なり。されど賢明ならざる知恵は禍なるかな。
我らが手になる魔導器ブラスティア、天地に恵みをもたらすも星の血になりしエアルを穢したり』」
「やっぱりリタの言ったとおりエアルの乱れは過去にも起きていたんですね」

伝承を聞いたエステルが呟いたが、その言葉を背中で受けたリタは何も答えず考え込んでいた。

「・・・」
「こいつがエアルの乱れを表してるのか・・・世界を喰おうとしてるみたいだな」

絵柄を見てそう言ったユーリに長老が呟いた。

「んむ。大量のエアルが世界全体を飲み込むかのようだったという」
「『エアルの穢れ、嵩じて大いなる災いを招き、我ら怖れもてこれを星喰ほしはみと名付けたり・・・』」
星喰ほしはみ・・・」
「『ここに世のことごとく一丸となりて星喰ほしはみに挑み、忌まわしき力を消さんとす』」

ジュディスの語りを聞いていたリタが気付いたように絵柄を指した。

「ねえひょっとして、これ、始祖の隷長エンテレケイアを表してるのかな?」
「魔物みたいなのが人と一緒に化け物に挑んでるように見えるね」

レイヴンもまじまじと壁を見てリタに応じる。

「結果、古代ゲライオス文明は滅んでしまったが、星喰ほしはみは鎮められたようじゃの。
その点はワシらがこうして生きていることからも明らかじゃな」
「じゃあ、この絵はその大昔にあった災厄・・・星喰ほしはみを鎮めているものなのね」

長老の説明に納得がいった は、そうすれば色々合致する、とぶつぶつ独り言をこぼす。

「最後、なんて書いてあるの?」
「・・・・・・」
「ジュディス?」

カロルに答えないジュディスを不審に思ったユーリが呼びかける。
視線は最後の伝承部に向いていたが、ジュディスは続きを言おうとしない。
しばらくしてようやく口を開いた。

「『・・・世の祈りを受け満月の子らは命燃え果つ。
星喰ほしはみ虚空へと消えされり』」
「なんだと?」

聞かされた言葉に耳を疑い、ユーリは表情を厳しくした。

「世の祈りを受け・・・」
「・・・満月の子らは命燃え果つ・・・」

ジュディスの言葉を反芻するように とエステルが呟いた。

「『かくて世は永らえたり。
されど我らは罪を忘れず、ここに世々語り継がん・・・アスール、240』」
「どういうこと!」

ジュディスの語りが終わると同時に、リタは長老へと詰め寄った。
詰問するようなリタに慌てる事なく長老はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「個々の言葉の全部が全部、何を意味しているのかまでは伝わっておらんのじゃ。
とにかく魔導器ブラスティアを生み出し、ひとつの文明の滅びを導く事となった我らの祖先は、魔導器ブラスティアを捨て、外界と関わりを断つ道を選んだとされておる」

そう言った長老が一息つくと、それまで沈黙していたエステルが外へと駆け出した。

「エステル!」
「ほっといてやれ」

引き留めようと叫んだカロルをユーリが遮る。
部屋の中に重苦しい空気が立ち込めた。
ユーリ達の様子に長老は首を傾げたが、伝承の終わりを宣言するように締め括った。

「ミョルゾに伝わる伝承はこれですべてじゃ」
「ありがとう長老様。
それとどこか休めるところを借りても良いかしら?
仲間が落ち着くまでしばらくお世話になりたいのだけれど」
「む。ならば、隣の家を使うと良い。
今は誰も使っておらんでの」
「助かるわ、行きましょ」

ジュディスの案内でとりあえず動く事になったユーリ達は、各々口を閉ざしたまま歩き出した。
最後になったユーリは、扉に向かう背中が一つ足りないことに気付いた。
首を巡らすと、まだ壁画から視線を外していない がそこに立っていた。

、どうした?」
「・・・え?あ、ごめん。行きましょ」

声をかけられて、やっと我に返った にユーリは眉を寄せた。
いつもより僅かだが表情が硬いような気がしたユーリは更に言葉を続けようとした。
が、声をかける前に は足早に扉から外へと出て行ってしまい、仕方なくユーリはそのまま後を追うことになった。





























Back
2008.7.17