ーーNo.132 満月の子とはーー
バウルに運ばれ降り立ったその場所は、コゴール砂漠の中央部、岩が乱立している場所だった。
地面から生えているどの岩も相当の高さがあり、下から登ってくるのは不可能に近い。
バウルがいなければ辿り着く事すらできなかっただろう。
ユーリ達はジュディスの案内でフェローが居るという場所まで案内された。
到着したそこは幾分拓けてはいたが周りを見てもフェロ―の姿はなく、目の前に巨大な岩が鎮座しているだけだった。
「フェロ―、いるんでしょう?」
ジュディスの声が殺伐とした岩場に響く。
すると、力強い羽音と共にフェロ―が巨大な岩の上に躍り出た。
『忌まわしき毒よ、遂に我が元に来たか!』
その登場に一番及び腰になっていたカロルが悲鳴を上げ、手近なレイヴンの背後へと走り込んだ。
ユーリ達の間に一気に緊張が高まる。
出てきて早々のフェローの言葉に、ユーリは厳しい視線を向けた。
「・・・お出ましか。
現れるなり毒呼ばわりとはご挨拶だなフェロ―」
『何故、我に会いにきた?
我にとってお前達を消すことなぞ造作もないこと、分かっておろう』
「ちっ、あんたも剣で語るタイプか?やるってんならしょうがねえな」
言うなりユーリは鞘を振り投げると、使い慣れた剣を肩に乗せた。
それに慌てたエステルがユーリに振り返る。
「ダメですユーリ!待って下さい!
お願いですフェロ―、話をさせて下さい!」
『・・・死を恐れぬのか、小さき者よ。
そなたの死なる我を?』
自分をひたと見下ろすフェローに、エステルは震える身体を押さえ込むように両手を組んだ。
「怖いです・・・でも、自分が何者なのか知らないまま死ぬのはもっと怖い。
ベリウスが教えてくれました。
自分の運命が知りたければあなたに会って確かめろと・・・
わたしが始祖の隷長にとって危険だということは分かりました。
でもあなたは世界の毒と言った。わたしの力は何?満月の子とは何なんです?
本当にわたしが生きていることが、許されないのなら・・・死んだっていいーー」
エステルの言葉に
の隣に居たユーリの肩がぴくりと揺れる。
それを視界に留めた
だったが、何も言う事なくフェロ―とエステルの話の成り行きを見守る。
「ーーでも!せめてどうして死ななければならないのか・・・
理由を教えて下さい!お願いです!」
必死に請うエステルを見下ろしていたフェロ―はしばらくしてから語り出した。
『・・・かつてはここも、エアルクレーネの恵みを受けた緑が茂る豊かな土地であった』
「ここにもエアルクレーネがあったんですね・・・
でも、それが何故こんなことに?」
『エアルの暴走とその後の枯渇がもたらした結果だ。
何故エアルが暴走したか・・・それこそが満月の子が世界の毒たる所以よ』
「え・・・?」
言われている意味が分からないエステルにフェロ―は事実を突きつけた。
『満月の子の力はどの魔導器にも増してエアルクレーネを刺激する』
「やっぱり、満月の子の力というのは・・・」
予想はしていたそれが確定されたことで
は声を沈ませた。
その
の続きを引き継いでリタも同様に口を開く。
「・・・魔導器は術式によってエアルを活動力に変えるもの。
なら、その魔導器を使わずに治癒術を使えるエステルは、エアルを力に変える術式をその身に持ってるって事・・・
ジュディスが狙っているのは特殊な術式の魔導器・・・つまり・・・
エステルはその身に持つ特殊な術式で大量のエアルを消費する・・・
そしてエアルクレーネは活動を強め、エアルが大量に放出される・・・
あたしの仮説、間違ってて欲しかった・・・」
『その者の言う通りだ。
その娘の力は使う度に魔導器などとは比べものにならぬ程、エアルを消費し、世界のエアルを乱す。
世界にとって毒以外の何物でもない』
エステルに向ける視線を厳しくしたフェロ―に
は食い下がった。
「ちょっと待って。
エステルだけが満月の子だというわけじゃないはず。
それなら、エステルの血に連なる者・・・皇族はすべてその一族ということ。
どうしてエステルだけを危険視するの?」
『満月の子の能力は時を追うごとにその力を薄めてきた。
が、その娘は応代の満月の子らに匹敵するほど膨大なエアルを消費しておる』
「・・・じゃあ、皇族は少なからず満月の子の力を持っている、か」
「だから消すってか?そりゃ、随分と気が短いな。
え?フェロ―よ」
苛立ちを隠さないユーリにフェロ―は目を細めた。
『お前達は事の重大さが理解できていないのだ・・・
これは世界全体の問題、そしてその者はその主因。座視するわけには行かぬ』
「オレ達の不始末ならオレ達がやる。
勝手な押し付けはごめんだぜ」
「ええ。それにエステル一人だけで解決する問題でもないようだしね」
『だが、少なくともひとつは問題を取り除くことができる』
の返答にフェロ―は瞬時に切り返す。
睨み合いとなる中、ジュディスがフェローに歩み寄った。
「フェロー、ヘリオードで私は手を止め、ダングレストではあなたを止めたわ。
最初は魔導器のはずが人間だったから。
次は私自身が分からなくなったから。この子があなたが言うような危険な存在とは思えなかったからよ」
『そうだ、故に我はそなたに免じて、見極めのための時間を与えた。
結果、我は同胞ベリウスを失うこととなった。
・・・もう十分だ、その力は滅びを招く』
悼みを声の端に滲ませたフェロ―にレイヴンが口を開く。
「ふーん、よく分かんないけど力を使うのがまずいなら、使わなきゃいいだけじゃないの?」
『その娘が力を使わないという保証はない』
「・・・そうね、この子は目の前のことを見過ごせない子。
きっとまた誰かの為に使うでしょうね。
だけど、その心がある限り害あるものとは言い切れないはず。
彼女は魔導器と違う・・・それがあなたにも分かると思うけど?」
ジュディスの言葉にフェロ―は嘆息するように答えた。
『・・・心で世界は救えぬ』
「でも救いたいという心がなければ世界は救えないはずよ。
事の善悪は使う者の心に拠る。
満月の子の力がエアルを乱すのは分かったけど、エステルは命を救おうとしてただけだわ。
悪事をしてたわけでもないのに、結果だけを見て切り捨てるなんて始祖の隷長といえどあまりに短絡的な考えなんじゃないかしら」
の静かだが怒りが込められた物言いにフェロ―は語気鋭く言い放つ。
『控えよ娘、傲っておるのはお前達であろう。
我らは人間達の想像も及ばぬほどの長きに渡り、忍耐と心労を重ねてきたのだ。
僅かな時間でしか世界を捉える事の出来ぬ身で何を言うか!』
激高するフェロ―を宥めるようにジュディスはさらに前に出た。
「フェロ―聞いて。
要するにエアルの暴走を抑える方法があればいいのでしょう?
まだそれを探す為の時間くらいはあるはずよ。
それにもし・・・エステルの力の影響が本当の限界がきたら・・・約束通り、私が殺すわ。
それなら文句ないでしょう?」
さらりと言ったジュディスの言葉に、びっくりしたカロルがレイヴンの背後から身を乗り出す。
「ちょ、ちょっとジュディス、本気で言ってるの!?」
「あら、そうならないように凛々の明星がなんとかするでしょ?」
妖艶な笑みを肩越しに返されたカロルはキョトンとしたように目を丸くした。
「え!?あ、そうか・・・
うん、そうだ。そうだね!」
「一本取られたな。
そういう訳だ、エステルのことも、世界のやばさもそれがオレ達自身がケジメをつける。
それで駄目なら、丸焼きでもなんでも好きにしたらいい」
ユーリの真っ直ぐな視線を受けたフェローはそのままジュディスに移した。
『・・・そなた、変わったな。
かつてのそなたなら・・・』
「さあどうなのかしら?
でもそう言われて悪い気はしないわね」
片手を胸の前に当て、柔らかく微笑んだジュディスをフェロ―は見つめていた。
『よかろう、だが忘れるな。
時は尽きつつあるということを!』
「!・・・その言葉・・・」
暫くしてそう答えると、フェローは大空へと飛び上がった。
「待って!術式がエアルの暴走の原因っていうのなら昔にも同じように暴走した事があるはずでしょ。
魔導器は古代文明が生み出された技術なんだから」
『罪を受け継ぐ者達がいる。
そやつらを探すがよい、彼の者どもなら過去に何が起こったのか伝えているであろう・・・』
飛び去りながらリタの問いかけに答えたフェロ―の姿はあっという間に見えなくなった。
フェロ―が消えたそこは、最初に来た時と同様に何も無い静かな時間が流れていた。
「えっと、あの・・・
ありがとうございます、みんな」
「それはいいんだけどな・・・」
皆に頭を下げるエステルに、ユーリは厳しい表情のまま近付いた。
「え?」
「死んだっていい?ふざけてんのか?」
「・・・ごめんなさい」
「二度と言うなよ」
「ごめんなさい・・・」
ユーリはその場を去ると入れ替わるように
がエステルの隣に立つ。
「ユーリには軽々しく言って欲しくない言葉だったのよ。
次からは気をつけましょ」
「はい・・・
、ごめんなさい」
エステルは
にも謝罪を述べた。
それに目を瞬かせた
は、苦笑をこぼすとエステルの頭をポンポンと撫で、フィエルティア号へと戻り始めた。
Back
2008.7.10