ーーNo.130 成長ーー
荒れた道を登り続けたユーリ達は、開けた場所に出た。
辺りには建物だったはずの残骸が散らばり、廃墟と呼べるそこに人が住めるような家はもうない。
どうやらここがクリティア族の街・・・だったらしい。
「ここがクリティア族の街・・・」
「街と言うより、街の跡ね」
「ジュディスはここに何しにきたんだろう・・・?」
「故郷を懐かしんで・・・ってワケじゃなさそうだな」
辺りを見回していたそんな時、ユーリ達の前に何かが飛んできた。
「魔狩りの剣!」
「ジュディス!」
「あなたたち・・・」
槍を片手に物陰から出てきたジュディスは、ユーリ達が居たことで目を見張った。
互いに驚く中、話をする間もなく魔狩りの剣の悪態が響いた。
「くそっ!」
「ティソンさんとナンさんに知らせろ!」
「お前ら!うちのモンに手ぇ出すんじゃねえよ。
掟に反しているならケジメはオレらでつける。
引っ込んでな!」
ユーリの言葉に好戦的な二対の視線が返ってきたが、対峙するユーリ達もそれぞれの得物に手をかけ睨み返す。
しばらくして不利を悟った魔狩りの剣の下っ端はすごすごと退いていった。
「追ってきたのね、私を」
「ああ。ギルドのケジメをつけるためにな」
「ジュディス、全部話して欲しいんだよ」
「何故、魔導器を壊したのか、聖核のこと、始祖の隷長のこと、フェロ―との関係。
知っていること全部ね」
「事と次第によっちゃ、ジュディスでも許す訳にはいかない」
「不義には罰を・・・だったかしらね。
・・・そうね、それが良いことなのか正直、分からないけれど。
あなた達はもうここまで来てしまったのだから。来て」
そう言って、踵を返したジュディスの後を追い、さらに山道を登ったユーリ達はついに頂上に達した。
しばらく灰色の大地を見つめていたジュディスは、ひとつ息を吐くと話し始めた。
「ここが・・・人魔戦争の戦場だったことはもう知ってる?」
「ああ。おっさんに聞いた」
「人魔戦争・・・あの戦争の発端はある魔導器だったの」
「なんですって!」
リタの驚きに構わずジュディスは続ける。
「その魔導器は発掘されたものじゃなく、テムザの街で開発された新しい技術で作られたもの・・・ヘルメス式魔導器」
「ヘルメス式・・・」
「初耳だわ・・・それに魔導器が新しく作られたって・・・」
「・・・」
反芻するエステルとリタの隣で
も顎に手を当て話の続きに耳を傾ける。
「ヘルメス式魔導器は従来のものよりも、エアルを効率よく活動に変換して、魔導器技術の革新になる・・・はずだった」
「何か問題があったんだな」
ユーリの指摘にジュディスは頷いた。
「ヘルメス式の術式を施された魔導器はエアルを大量に消費するの。
消費されたエアルを補うために各地のエアルクレーネは活動を強め、異常にエアルを放出し始めた」
「そんなの・・・人間どころか全ての生物が生きていけなくなるわ!」
「そう・・・人よりも先にヘルメス式魔導器の危険性に気付いた始祖の隷長は、ヘルメス式魔導器を破壊し始めた。
それはやがて大きな戦いとなり人魔戦争へと発展した・・・」
「では始祖の隷長は世界の為に人と戦ったと言う事です?
どうして人にその魔導器は危険だって伝えなかったんですか?」
やりきれない思いからエステルは両手を胸の前で握りしめた。
そんなエステルにレイヴンが顎髭を擦ったまま口を開く。
「互いに有無を言わずに滅ぼしゃいいってなもんよ。
元々相容れない物同士、そこまでする義理は無かった、そんなとこかねぇ」
「話をしたところで分かり合えない事もある。
人間同士だってそうなんだから、種族が違えば殊更かもしれない。
あるいは何か他にも訳があったのか・・・」
「だけど、この話がジュディスちゃんに何の関係があるのよ?」
レイヴンの疑問にジュディスは再び話し始めた。
「テムザの街が戦争で滅んで、ヘルメス式魔導器の技術は失われたはずだった・・・」
「!もしかして、それがまだ稼働してる!?」
はっとしたように
はジュディスを見れば、首肯が返された。
「ええ。ラゴウの館、エフミドの丘、ガスファロスト、そして・・・」
「フィエルティア号の駆動魔導器、か」
ようやく納得がいったユーリが頷いた。
「それじゃあ、ジュディスは始祖の隷長に代わって魔導器を壊してーー」
「なら!言えば良かったじゃない!どうして話さなかったのよ!
一人で世界を救ってるつもり?バッカじゃないの!?」
言いかけたカロルを遮り、リタが怒りを露に言葉を叩きつける。
正論だったが、それをリタが言うとは思ってなかったユーリ達はリタを見つめた後、ジュディスに視線を戻した。
ジュディスは口を噤んだまま、何も言わない。
その瞳に、深い悲しみを見た
は、その真意を見定めようとジュディスを見つめる。
その時、ユーリ達の横に空いた洞窟の奥で光が溢れた。
「な、何?」
「バウル」
驚くカロルを他所に、その光に向かってジュディスは洞窟の奥へ走り出す。
が、
が焦ったように声を上げた。
「ジュディス、上!」
その声に咄嗟に体を捻ったジュディスの脇ギリギリを毒々しい爪が空を切る。
続けてジュディスに回し蹴りが繰り出された。
しかし、体勢をすでに立て直していたジュディスは後方に飛び退ると、降ってきた敵に目を向ける。
上から現れた見知った人物にカロルは名を叫んだ。
「ナン!」
名を呼ばれても当人は反応することもなく、その隣に立つティソンがにやりと口角を上げた。
「どうやら獲物はそこにいるようだな」
「行かせないわ」
「人でありながら魔物を守るなんて理解できない!」
洞窟の入口を塞ぐように槍を構えたジュディスの前に
も進み出た。
「そうかしら?人でありながら魔物みたいな単純な理念を掲げてるギルドに言われたくないわね」
「貴様・・・言わせておけば」
「それに、これは凛々の明星の内輪の話よ。
部外者が首突っ込んで事態をややこしくしないでもらいたいわね」
「魔物は悪!故に狩る!それだけだ!」
臨戦態勢のティソンにユーリやカロル、リタ、レイヴンも加わった。
「手下共に聞かなかったか?
うちのモンに手ぇ出すなっつったろ?」
「い、いくらナン達でもギルドの仲間を傷付ける事はゆるさない!」
「まだ話の途中なのよ!邪魔すんな!」
「アツイのは専門外なんだがなぁ」
自分を護るように前に立つユーリ達にジュディスは驚いたようにその背中を見つめる。
「あなた達・・・」
そんなユーリ達にティソンは苛立たし気に舌打ちをした。
「邪魔立てするか・・・魔物に与するものを人とは呼ばん。
容赦はせんぞ・・・」
「仕方ありませんね」
攻撃の態勢を取る二人に
は目を細めた。
「一応言っておくけど、退く気はないのね」
「怖じ気づいたか!」
「行きます!」
「・・・・・・どうして、あなた達はそうなのよ」
普段より低い声で言い放ち、双剣を抜くと飛び出すように二人に向け駆け出していった。
勝負はあっという間だった。
ナンは一撃、手練であるはずのティソンでさえ、十合と持たずに地面に伏した。
ーーパチンーー
「悪いけど、私、今すこぶる機嫌が良くないのよ。
場所に免じて、生きてるだけでも感謝することね」
「ぐっ・・・」
ユーリ達は
一人で片付けてしまったことも去ることながら、目の当たりにした実力に言葉を失った。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「さて、バウルの様子、見に行きましょ」
幾分晴れやかな表情で、
はジュディスにそう言うと洞窟の奥へと歩いていった。
その後ろでもの凄ーく何かを言いたい顔をしていたユーリ達は互いに視線を交わしていた。
「な、なんか
って怖いね・・・」
「さっきの、八つ当たりに近かったのは気のせいか・・・?」
「青年、言わぬが花よ」
レイヴンはそう言い残すと、
とジュディスを追ってほの暗い洞窟へと足を進めた。
残されたユーリ達も今は現状の問題を優先しようと洞窟へと足を向けた。
洞窟内は入口はさほど大きくなかったが、奥は広々としていて上空からも入れるように天井が抜けていた。
丸い形に切り取られた空には千切れ雲が漂い、柔らかな光柱が差し込むそこに、バウルが横たわっていた。
ジュディスの話では始祖の隷長として成長しようとしているらしい。
体からは淡い光が溢れ、苦し気な鳴き声が木霊する。
居ても立ってもいられなくなったエステルは思わずバウルに駆け寄った。
「だめ!」
ーーぱしっーー
ジュディスの制止の声、さらに腕を
に掴まれたことでエステルは伸ばしかけた手を止め、悔し気に拳を握った。
「怪我を治してあげたくても、何もしてあげられない・・・
あなたにとってわたしの力は毒なんですよね・・・」
「傷を癒せるってのがエステルの力じゃないぜ」
「え?」
ユーリの言葉に首を傾げたエステルの隣にリタが歩み寄った。
「ベリウスの言葉、覚えてない?」
『力は己を傲慢にする・・・
だが、そなたは違うようじゃな。他者を慈しむ優しき心を・・・大切にするのじゃ・・・』
「慈しむ心・・・」
「大丈夫よ、バウルにもきっと伝わっているわ。
エステルの気持ち」
「ま、今は見守ろーじゃないの」
気楽に言ったレイヴンにならい皆でバウルを見守ることになった。
そして間を置かず、ひときわ強い光に包まれ甲高い鳴き声が響いた後、目の前に現れたのは巨大なクジラのような形に成長したバウルの姿だった。
驚嘆の声が上がる中、ジュディスはバウルに労いの言葉をかける。
「がんばったわね、バウル」
「どうやら相棒はもう大丈夫のようだな」
「ええ、ありがとう。
バウルを守ってくれて・・・私だけだときっと守りきれなかったわ」
「仲間だもん、当たり前だよ!」
胸を張ったカロルがジュディスに応じる。
そんなバウルを見上げたまま、動こうとしないエステルに、
はそっと背中を押した。
「
・・・」
「大丈夫。触れるだけなら何も起こらないわよ」
「・・・」
恐る恐る近付いたエステルが手を伸ばし、バウルを撫でると気持ち良さそうにバウルが目を伏せた。
その様子を見たエステルはようやく安心したように肩の力を抜いた。
「
も言ったでしょう?ちゃんと伝わってるって。
・・・フェロ―にも伝わるかもしれない。
会う?フェローに」
ジュディスの問いかけにしばらくエステルは考え込んだ。
そして、
「・・・会います。
それがわたしの旅の目的だから」
力強く頷いたエステルに、一行は当初の目的を達するため、バウルの背に乗りひとまずフィエルティア号を目指す事となった。
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2008.7.6