航海を終え、テムザ山に到着したユーリ達は荒れた山道を歩き出した。
目の前にたちはだかる急斜面を登りきると、一気に視界が開けその姿が露になる。
いきなり飛び込んできた景色に一行は息を呑んだ。
「何よ、これ・・・山が削れてる・・・」
「ここで一体何が・・・」
あまりにも荒れ果てた大地にリタとエステルの口から驚きが漏れる。
カロルは最後尾を歩いていた
に振り返った。
「こんなんでホントに街なんてあるの?」
「んー、私はそういう話を聞いただけで、実際に見たわけじゃないから」
「街があったのは確かよ」
「そうなの?」
「ただ十年前の話だからなぁ、今はどうか分かんないわ」
補足したレイヴンの言葉に
の眉根がピクリと動く。
そんな
に誰も気付く事なく、ユーリがレイヴンに聞き返した。
「十年前?そんな前の話なのか。
その時はなんでこんなとこに来たんだ?」
「そりゃーー」
「そんなことより、急ぎましょ。
情報を聞いてから日が経ってる・・・
それにいくらジュディスでも複数の魔狩りの剣を相手にするのは厳しいはずだわ」
言いかけたレイヴンを遮り
が一行を急かした。
そんな
に物言いたげなユーリの視線が返される。
「何よ?」
「いや、別に・・・」
「間違った事は言ってないでしょ?」
「まあな。じゃ、急ぐか」
反論の余地がないユーリは小さく嘆息すると皆を促し足を早めた。
ーーNo.129 大戦の跡ーー
山を登り始めてからしばらく経った。
休憩のために足を止めていた一行だったが、物悲しい場所だけに会話も弾まない。
そんな中、ユーリの視線が荒廃した大地から外れない事でエステルが声をかける。
「どうしたんです?ユーリ」
「いや、こう近くで見るとより酷いと思ってな」
「どう見ても、自然現象じゃないしね」
そう言ったリタの言う通り、眼下に緑はない。
抉れ、焼け焦げた大地だけが晒されている。
動物の姿もなく、時折吹く風が寂しい調べを奏でていた。
「何かが爆発した跡みたい・・・だけど、こんなことできる魔物なんているの?」
「ああ。その魔物なら、とっくに退治されたから」
カロルにさらっと答えたレイヴンに、エステルから不思議そうな視線が向けられる。
「退治されたって、どういうことです?」
「ここが人魔戦争の、戦場だったってこと」
「「「「!!!!」」」」
「・・・・」
軽い調子で言ったレイヴンの言葉に一同は驚き、
は眉をひそめた。
だが
は質す事はせず、口を閉ざしたまま荒れた大地に視線を移し物思いにふける。
エステルは続くように口を開いた。
「ということは・・・ここで人と始祖の隷長が戦ったんですね。
『戦いは人の勝利で終わったが、戦地に赴いた者に生存者はほとんどおらず、その戦争の真実は闇に包まれている』
・・・公文書にも詳しい事は書かれていません」
「じゃあ、この有様は始祖の隷長の仕業ってことか・・・凄まじいわね」
再び荒涼とした大地を見下ろしたリタが呟いた。
レイヴンの話を聞いていたユーリは、初めて聞いた事実に腕を組む。
「でも、ここが戦場だったって話、聞いたこと無いぜ」
「俺様を誰だと思ってるのよ。
少年少女の倍の人生生きてんだから、色々経験してんのよ。
聞いたこと無かったのは、帝国が色々情報操作してたからでしょ。
知られたくないことがたーくさん、あったんじゃない?」
「ふーん、年の功様々って訳か。
こういうのは
も得意分野だから、知ってたんだろ?」
そう話を振ったユーリは
を見やる。
が、いつもであれば返ってくる反応が無かった。
「
?」
「・・・・・・」
しかし、当人は荒廃した大地に視線を投じたまま、相変わらず反応はなかった。
「
、どこか具合でも悪いんです?」
「ぅわ!あ、ゴメン・・・何?」
覗き込んだエステルに驚いた
は逆に問い返す。
珍しい反応にカロルも心配そうに眉根を寄せる。
「どうしたの?ボーッとしてたけど」
「ああ、何でもないよ。場所が場所だけにちょっとブルーになっちゃっただけ」
大丈夫だから、とエステルに笑顔で答えると、柔らかい微笑が返る。
未だに心配顔が取れないカロルには、わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でてやると、逃げるように
から離れた。
爆発した髪を何とか直そうとするカロルを
や皆も笑い、それと同時に話も変わったことで再び荒廃した大地に視線を投じた。
そんな
に違和感を覚えたユーリだったが、追及することなく話題を変えた。
「そういや、ジュディスが前に言ってた。
『バウルが戦争から救ってくれた』ってな・・・それって人魔戦争の事だったのか」
「じゃあもしかしてあの女って、人魔戦争の時にバカドラと一緒に帝国と戦ったのかな?」
「どうなんだ?レイヴン?人魔戦争に参加してたんだろ」
ユーリの問いを受けたレイヴンは目を瞬かせた。
「へ?なんで?」
「色々詳しいのは当事者だからだろ」
ユーリの指摘にカロルは驚くとレイヴンに詰め寄った。
「そうなの?でも、生き残った人、ほとんどいないんでしょ?」
「ああ、さすがの俺様も、あん時は死ぬかと思ったね。
あ〜ぁ、あん時死んでりゃもうちっと楽だったのになぁ〜」
「死んでりゃって、あんた・・・」
「それで、戦争中にジュディスに会ったりしました?」
「どうだかなー、あのバウルってのも見かけなかった気がするし、どっかに逃げてたんじゃない?」
顎に手を当て、記憶を手繰るようにしてレイヴンはエステルに答えた。
「戦争の相手はやっぱり始祖の隷長だったのか?」
「そうなるんだろうなぁ。
当時はとんでもない魔物としか思ってなかったけども」
「でもホントにレイヴン、戦争に行ってたんだね。
すごいね!そんなの騎士団だけかと思ってたよ」
尊敬に近い眩しい眼差しをカロルから向けられたレイヴンはその視線から逃れるように立ち上がった。
「・・・大人の事情ってヤツさ」
ただそれだけを呟くと、
と同じように灰色の大地に視線を投じた。
ユーリ達は再び足を動かし、山を登り始めた。
一歩一歩進める度にジュディスに近付くことは分かるが、
の気持ちは反比例するように下がっていった。
(「全く、予想はしてたけど・・・気分が塞ぐ・・・
早くジュディスの話を聞いて、さっさとお暇した方が賢いわね・・・」)
荒れた山は魔物が棲みつきやすいようだ。
前衛として先頭を務めるユーリと
は、飛び出してくる雑魚をその場で斬り伏せてはさらに足を進めて行く。
先ほどから同じ事の繰り返し・・・
(「はぁ〜・・・この風景、嫌でも昔を思い出す・・・」)
心ここに在らずの
はぼんやりとしながらも足を進める。
周囲を警戒しようとするが、飛び込んでくる景色は過去の記憶の断片を呼び覚まし、追憶の旅へと誘う。
ふと、前を歩くユーリの黒髪が視界を掠める。
風になびく柔らかい漆黒。
それは昔の友人が持っていた羽根のように揺れる。
ふわりと風に揺れ動く度に、どこかへ行ってしまう、という焦りに駆られる。
「・・・」
・・・また、届かないのか。
「・・・ゃ」
また・・・自分だけ置いて行かれてしまう!
(「・・・・・・やだ、行かないで・・・」)
「痛っ!
!何すんだ!」
がくん、と不意打ちのように髪を引かれ、鋭い痛みに抗議の声を上げたユーリは勢い良く振り返った。
しかしその原因となっている本人は、未だにユーリの髪を掴んだまま、ユーリの声にも気付いていないようだった。
見るからに不審なその様子にユーリは
の肩に手をかけた。
「おい、
?」
「・・・へ?」
やっとユーリの顔を認識した
はぽかんとした様子で見つめ返す。
が、怪訝な顔に意味が分からず見つめていると、ユーリが下を指した。
それにつられて
も指された方向を見やれば、
の手にしっかりと握られているユーリの髪。
ようやく自分が何をしたか理解した
は、顔を赤くしパッと手を放した。
「うわぁっ!ご、ごめん、大丈夫だった!?」
「ごっそり持ってかれるかと思ったけど、何とかな」
焦って謝る
にユーリは冗談で返す。
しかし、
は思わず取ってしまった自分の行動にますます気落ちする。
「ホント、ゴメン・・・」
いつになくしょげる
に、追いついたエステルが気遣わしげに声を沈める。
「
、本当にどうしたんです?
顔色もあまりよくないですけど・・・」
「そんなことないってば、大丈夫。
ほらほら、早くジュディス探しに行かないと」
他の皆からの視線を感じながらも空元気にそう言った
は、足を速めると一行の先頭に立ち黙々と足を進めた。
「
・・・」
「こりゃ、今は何を聞いてもダメね。
何しろ強情な所はドンゆずりだからねぇ〜」
「・・・今はとりあえず進むしかねえな」
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2008.7.5