ドンの葬儀はしめやかに執り行われた。
いつも喧騒で包まれていたダングレストは、街までも喪に服したかのように静かだった。
今までダングレストの象徴でもあったドンの死。
それは多くの人の心に深い傷を遺していった。
悲しみに暮れ哀悼を捧げる時ではあったが、問題は山積していた。
天を射る矢アルトスク首領ボスの選出、ユニオンの元首を誰にするか、帝国との協定締結の方針・・・
会合の場には五大ギルドの首領ボスや幹部達が顔を揃え、話し合いが持たれた。
しかし今までドンに依存していた代償を払うかのように、深夜を回っても、何一つ決まらなかった。
その高いカリスマ性でユニオンを束ねていたドンに代わる者などなく、自分達の利益を優先させるような意見ばかりが飛び交う。
話し合いは次第に口論へと変わり、終いにはギルド同士の罵り合いへと発展、収拾がつかなくなった。
このままでは埒が明かないと、会合は一旦中止され翌日に再会が決まると解散となった。




































































ーーNo.127 悼みーー































































は外の空気に当たろうとユニオンを出た。
夜気が顔に当たり、膨れ上がった感情をも鎮めてくれるようだ。
だがそれと引き替えに、ドンを失ったという大きな喪失感に苛まれる。
忙しく動き回ったりしていればそんなことを考えずに済んだが、このような一人の時間ができると嫌でもドンのことを考えてしまう。
それから逃れるように は歩き出した。




































































結界魔導器シルトブラスティアのところまで歩いて来ると、思ってもみなかった人物が居た事で は目を丸くした。

「レイヴン?」
「およ? じゃないの、どうしたのよ」
「いや、それはこっちのセリフなんだけどね」

そう言った はレイヴンの隣に腰を下ろすと、両膝を身体に引き寄せた。
そして階段の手すりに寄り掛かっているレイヴンと同様に、頭上に光る無数の明かりを仰ぎ見た。
互いに何も言わず、しばらくそうしていた は、視線はそのままに口を開いた。

「ユニオンの話し合い、片が付くかしら・・・」
「そうね〜、もうちょい落ち着いてくれればなんとかなるんだろうけど・・・
ハリーがあの様子じゃ、もうしばらくかかるでしょうねぇ」

レイヴンも見上げたままそう答えると、 は先ほどの会合でのハリーを思い出した。
とりあえず落ち着きを取り戻したハリーだったが、その傷心は思いの外深かった。
以前あった、なけなしの自信はさらになくなり、意見を求められてもしどろもどろな返答が返るだけ。
ドンが座っていたポストにハリーの名前が挙がっても、ハリーの様子にいくつものギルドから反論が出たりと紛糾した。
結束が崩れたユニオンの現状に、再びドンの姿を思い浮かべる。

「・・・もう、いないのね・・・」

ポツリと呟いた に、星空を見上げていたレイヴンが視線を下げた。

「目の前で見てたのに、未だに実感が沸かないわ。あのドンが・・・」
・・・」

俯く に、立っていたレイヴンは胡座をかくと同じ目線の高さになった の顔を覗き込む。

「大丈夫なの?」
「・・・ええ、大丈夫よ」

力なく答えた に、レイヴンは溜め息をつく。

「ホント、強情なところはドンそっくりね」
「何よ」

言われた言葉に は睨みつける。
しかし、レイヴンはそんなことを気にする風もなく、 の腕を取るとグイッと引っ張った。
ただそれだけで の体制は崩れ、レイヴンの腕の中に身体が収まる。
普段は意識する事のない、しかし、歴然とした男の力に は瞠目した。

「ちょっ!何考えてーー」
「泣いちゃいなさいよ」

レイヴンの腕の中で抵抗を見せていた は、その言葉に身体を固まらせた。
そのまま何も言ってこない に、レイヴンは続ける。

「ベリウスとは親しかったみたいなのに、 ってば泣いてないでしょ?
間を置かずして、今度は親父代わりのドン。
辛い時に溜め込むのは良くないわよ」

上から聞こえるレイヴンの声に抵抗するように の声が返る。

「・・・辛いのは私だけじゃないわ。
エステルはベリウスのことで相当参ってるし、そんなエステルをリタはすごく心配してる。
それに口にしてないけどジュディスのことだって・・・
カロルはあんなに尊敬していたドンを失ってかなりショックを受けてるし。
ユーリには・・・余計な役、押し付けちゃって・・・」
「こらこら、青年達の話しじゃないでしょ。
俺様が言ってるのは の事よ。
もうちっと自分の事を大切にしないとね」
「私のことよりーー」
「ドンは に何か言い遺してたんじゃないの?」

レイヴンの言葉に はぴくっと身動いだ。
ずっと俯いていた顔をようやく上げると、僅かに揺れる瞳をレイヴンに向ける。

「どうして、知って・・・」
「散々言ってたからね〜。
娘みたいだーとか、婿は誰であろうと許さねぇけど孫の顔は見てぇかもしれないーとか」

あそこまでの心配様は親バカの域よ、と片目を瞑ってそう言ったレイヴンは気軽な口調で話した。
予想外の言葉に は驚きを隠せず、表情を固めたその上を一筋の光が流れた。
それを見たレイヴンは目を見張ったが、 は再び俯いてしまった。

(「そっか・・・そんなに、想われてたんだ・・・
私、それに応えられてたのかしら・・・」)

不意打ちのように聞かされたドンの想い。
募るのは、深まるのは後悔の念。

「っ・・・」

限界だった。
堰を切ったようにとめどなく溢れる涙はもう止めようがなかった。
レイヴンは泣き出してしまった の頭をただ撫で続ける。
嗚咽する は、レイヴンの腕に包まれながら声を震わせた。

「・・・ない、で・・・」
「ん?」
「レイヴンまで、いなくならないで・・・
もう・・・これ以上、大切な人に・・・消えて欲しく・・・」

の言葉にレイヴンの撫でる手が僅かに止まった。

「大丈夫よ」
「・・・て、かないでよ・・・
ど、して・・・・・・私は・・・あの時だって、何も・・・
守りたかったのに・・・どうして、何も・・・・・・」
「大丈夫、だいじょーぶよ。安心しなさいって」
「・・・うん・・・・・・だから・・・」

その後の言葉は続かなかった。
レイヴンもそれを聞き返す事なく、腕の力を強めた。

『信じたいの・・・・・・だから、信じさせてよ・・・』

は続ける事ができなかった言葉を胸中で呟いた。
再び降ってきた、「大丈夫」という言の葉を浴びながら。


























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2008.6.29