星の光しかない暗い海上に船はゆらゆらと漂っていた。
波の音に支配された船上で、今までの出来事に各々が思いを馳せる。
短い時間の間にいろんなことが起こり過ぎた。
何者にも邪魔されないその時間は、心の整理をつける貴重な時間となった。
ーーNo.120 回顧ーー
壊れた駆動魔導器は修理できないほど徹底的に壊されていた。
運良く予備の魔導器があったため、リタが夜を徹して調整をかけることになった。
交代で見張りを立てることが決まり、順番が回ってきた
は甲板へ立つ。
夜気を吸い込んだ
は、魔導器に集中しているリタの邪魔をしないよう船尾へと足を向けた。
そこで休んでいるはずの者の姿を見つけ、
は目を丸くした。
「ハリー?何してるのよ、休みもしないでそんなところで・・・」
「別にお前には関係ないだろ」
素っ気ない返答に
はむっと眉根を寄せると、ハリーの所まで歩いていった。
それでも
を見ようとしないハリーの隣まで来ると、船の縁に背中を預け膝を抱えている青年をちらりと見やる。
レイヴンから既に事情は聞いていた。
ノードポリカの騒動は、海凶の爪の偽情報によって先走ったハリーの行動が原因らしい。
(「ベリウスが魔物に捕まっていて、その魔物が聖核持ってる、か・・・
どこでそんな情報を・・・」)
なまじ情報が合ってるだけに
は海凶の爪の情報源が気になった。
だが今騒いだ所で、何かが変わるわけではない。
ふーっ、と息を吐き出した
は全身から負のオーラを醸し出しているハリーに直球を投げ入れる。
「後悔してるの?」
「しないわけねぇだろ!俺が!・・・俺が先走ったせいで・・・」
自分に視線を合わせず答えるハリーを咎めることなく
は再び口を開く。
「そう・・・でも、後悔するのはいただけないわね」
「お前、何言ってーー」
「後悔じゃなくて、反省でいいの。
過ぎたことを今更どうこう言ったって変わらない。
うじうじ考えたってやったことを帳消しになんてできない、でしょ?」
微笑を湛えた
の言葉にハリーは相変わらず難しい顔を崩さない。
そんなハリーに
は苦笑すると表情を引き締め、ハリーを見据えた。
「だから、これからするべき事に目を向けなさい。
自分がした事がどういう結果を生んだか、それから目を背けてはダメよ」
「・・・」
再び俯いてしまったハリーに、
は膝を折ると素早く指弾を放った。
「っ痛!」
「ほ〜ら、下向かない。大丈夫よ、ハリーはできるわ。
貴方はドンみたいにって意気込んでるけど、そうじゃなくて良いの。
だって、ドンとハリーは血は繋がっているけど別人であることには変わりないんだから、
違ってて当たり前じゃない」
違う?と同じ目線の高さになった
がハリーを見返した。
赤くなった額を押さえたハリーの表情は尚も晴れず、
からふい、と視線を外す。
「けど、他のギルドの連中はそう思ってないだろ・・・」
「あ"〜、もう!暗いわね!!
良いのよそんな文句しか言えない外野は!
周りの勝手な期待なんて放っときなさいって、片肘張らずにやればハリーはできるんだから」
苛立って頭を掻きむしった
はハリーに指を突きつけて言い放つ。
そんな
に同じように苛立ったハリーが声を荒げる。
「根拠もねえのに、無責任な事言うんじゃーー」
「ないこと私が言うわけないでしょ。
今まで培った仕事の経験を賭けてそう言い切れるわ」
再びハリーを遮った
は、立ち上がると腕を組み不敵な笑みを浮かべてハリーを見下ろした。
あまりにも自信に満ちたその姿に、ハリーは呆気に取られ言葉が出てこない。
「・・・」
「ほら、いつまでも海風に当たってちゃ風邪ひくわ。
ダングレストに着いたら知らせるから、今は休みなさい」
黙ってしまったハリーを立ち上がらせると、さあ行った行った、と急き立て船室へとそのまま押し込んだ。
出てこないことを確認した
はそのままハリーが座っていた船尾へと歩き、縁に肘をついた。
ハリーに明るく振る舞っていた
ではあったが、胸中は不安でいっぱいだった。
きっとハリーも自分が起こした行動の結末がどう出るか、薄々勘付いているのだろう。
だからあれほどまでに落ち込み、かけてもらう心配に憎まれ口を叩いてしまう。
は、潮騒が響く漆黒に視線を投げた。
(「ドンと肩を並べるベリウスが、理由はどうあれドンの孫のハリーが原因で死んだ」)
はぁ、と重い息を吐き出す。
(「血には血の制裁を、か。お互いギルド同士、どうあっても避けられない」)
これから起こるだろう事態を憂えた
は夜空を見上げ一人呟いた。
「ドン・・・」
翌日、暗い出来事を払拭するかのように空はきれいに晴れ上がった。
凝り固まった肩や首をほぐすように回したリタの首からボキボキと音が漏れる。
それが終わると、起き出した面々に口を開く。
「なんとか、魔導器の調整は済んだわよ」
「よかった・・・これで船が動かせるんだね」
ホッとしたカロルにリタは頷き返す。
吉報を聞いたレイヴンは隣にいたハリーを指した。
「なら、とりあえず、ダングレストにこいつを連れていきたいんだけど」
「そうね、ドンへの報告もあるし」
「オレらもダングレストだ。ベリウスの聖核を渡さねえとな」
「だったら、おっさんが持っていったげるわよ。ほれ」
「レイヴンには頼めないよ」
手を出したレイヴンにカロルが首を振るとレイヴンはわざとらしく肩を落とした。
「おや、悲しいねぇ。
一緒に旅してきたってのに、俺様って全然信頼されてない?」
「そうじゃないよ。正式な依頼じゃないけど、ベリウスの最期の願いだから・・・
これを果たさないのは、義にもとるでしょ」
「ああ。それにベリウスがああなったのはオレ達の責任でもあるんだ。
オレ達がケツ持たないとな。
それに、ドンならなぜ聖核が色んな奴らから狙われてるのか知ってるかもしれねぇ」
ユーリの言葉にレイヴンは顎を撫でながら答える。
「ドンも欲しがってたからね」
「聖核の事がもっと分かればフレンの気にいらねぇ動きの理由も少しは分かるかもしれねえ」
フレンを思い出してか、ユーリの表情が僅かに曇る。
そんなユーリの淀んだ気持ちを一新するように、
は声を上げる。
「なら、ドンへの橋渡しは私達がしてあげるわ」
「ほんとうに?」
「ま、袖振り合うも他生の縁って言うからね。
それくらいなら凛々の明星のために動いてもいいわよ」
に続いてそう言ったレイヴンにカロルは顔を輝かせ、飛び上がって喜んだ。
フィエルティア号が北への航路を進む中、
は甲板で潮風に当たっていた。
すると背後に気配を感じ、肩越しに振り返る。
「ユーリ・・・」
「悪い、考え事の邪魔したか?」
「いいえ、そんなことないわ」
その返答にユーリは
の隣に来ると、縁に背を預けた。
腕組みをしたまま何も言わないユーリに
は紺青の草原に視線を戻し先に口を開いた。
「聞きたいことがある」
「!」
「って顔してるけど、何を聞きたいのかしら?」
ユーリの肩がぴくりと動くのを視界に捕らえ、予想は的中だったかと小さく息を吐く。
暫くしてユーリの口が開いた。
「・・・
、お前は何を知ってる。
エステルのこと、始祖の隷長のこと、知ってる事教えてくんねえか?」
「ま、聞かれると思ってたわ」
は視線をユーリに戻すと、幾分厳しい視線にぶつかった。
いつものように軽くはぐらかす事もできたが、そうすることなく
は話し出した。
「エステルの力、それは満月の子の力だと言う事は知ってたわ。
あの子と初めて城で会った時、使った治癒術に武醒魔導器が反応してなかったからね」
「・・・」
「そして・・・その力は始祖の隷長に対して行使すれば、始祖の隷長を害するものだってことも、知ってたわ」
「だったらなんで言わなかったんだ?話しておけばーー」
「フェロ―の言葉を忘れたの?彼はエステルの、満月の子の力を『世界の毒』と言った。
私は満月の子の力は始祖の隷長に対してのみマイナスの要素を持つものだと思ってた。
でもそれだけじゃないなら軽率な事は言えないと思ったの。
それに・・・・・・彼女が人間相手にあそこまで傷を負うなんて、思わなかった・・・」
は悲し気に呟く。
聞かされた話に、ユーリは疲れたように息を吐いた。
「推測でも話してくれればやりようがあっただろ」
「そこは・・・申し訳なかったと思ってるわ」
視線を落とした
は、自身の組んだ両手を見つめた。
沈んだ雰囲気を纏う
に、ユーリは二人の親し気なやり取りを今になって思い出した。
人との接触が少ないベリウスとあそこまで打ち解けていた
。
仕事上だけの付き合いではなかったのだろう。
思えばフレンに手を上げたり、邪魔すれば容赦しないという言葉まで言ってのけた。
普段であればそこまで怒ることはないし、そんな行動も取らないはずだった。
「・・・悪い、こんな時に聞いて・・・」
思わず口が動く。
そんなユーリに
は苦笑を浮かべて見返した。
「どうしてユーリが謝るのよ。
言わなかったのは私の手落ちでしょ?」
「いや、まあそうなんだけどよ・・・」
「うん・・・でも、ありがと」
頬を掻くユーリに
は一つ深呼吸すると微笑を向け再び海原へと視線を戻した。
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2008.6.21