ーーNo.119 それぞれの道ーー
の先導で闘技場を後にしたユーリ達は船着き場まで向かっていた。
階段を駆け下り、あと少しでフィエルティア号に着く。
その直前、一人の騎士がユーリ達の前に立ちはだかった。
「フレン・・・」
「こっちの考えはお見通しってわけ」
悔しげに唇を噛むリタに、フレンは誰と目を合わせるでもなく口を開く。
「エステリーゼ様と、手に入れた石を渡してくれ」
フレンの言葉にエステルは目を見張った。
「・・・フレン、どうして聖核のことを・・・」
「魔狩りの剣も騎士団の狙いも、この聖核ってわけか」
目を細めたユーリに返事を返さず、フレンは先ほどと同じ台詞を繰り返す。
「渡してくれ」
だが、素直にユーリ達も渡すわけなどない。
聖核が何から出来上がるものなのか知った今、軽い気持ちで扱って良いものではないくらいの分別は持ち合わせていた。
要求に応じようとしないユーリ達にフレンは静かに柄へ手をかけた。
その行動にカロルは思わず身を引く。
「うそっ!本気?」
他の皆も次の行動を警戒して身構える。
そんな間を縫って、ユーリがフレンの前に進み出た。
「お前、何やってんだよ。街を武力制圧って、冗談が過ぎるぜ。
任務だかなんだか知らねえけど、力で全部押さえつけやがって」
からユーリの表情は伺えなかったが、厳しい視線を向けていることは予想できた。
睨み合いが続く中、追跡してきたらしいソディアとウィチルの足音が響く。
ユーリ達の退路を断ったソディアは剣を抜いた。
「隊長、指示を!」
しかし、それに構わずユーリはフレンに詰問を続ける。
「それを変える為に、お前は騎士団にいんだろうが。
こんなこと、オレに言わせるな、お前なら分かってんだろ!」
「・・・」
「何とか言えよ。これじゃ、オレらの嫌いな帝国そのものじゃねえか。
ラゴウやキュモールにでもなるつもりか!」
声を荒げたユーリにフレンも静かに怒りを込めて言い返す。
「なら、僕も消すか?ラゴウやキュモールのように君は僕を消すというのか?」
フレンの言葉に辺りは水を打ったように静かになった。
波のざわめきが耳につく。
放たれた言葉の意味をなかなか理解できないカロルは、フレンとユーリの背中を交互に見る。
ようやく言われた意味が分かったカロルだったが、張り詰めた空気に喉が押しつぶされたようにその声には戸惑いが滲んでいた。
「え・・・それって・・・」
「お前が悪党になるならな」
フレンを正面から見返したユーリがきっぱりと言い返す。
誰もが口を開くのを躊躇う中、切迫した状況下での睨みを打ち切るため
がユーリとフレンの間に入った。
「はい、そこまで」
しかし距離が離れてもなお、ユーリとフレンは睨み合いが続く。
はユーリ達に背を向け、くるりとフレンに身体ごと向き直った瞬間、辺りに乾いた音が響いた。
ーーパァーーーンッ!ーー
「貴様!!」
の暴挙に怒りを露にしたソディアが詰め寄ろうとするが、ジュディスとリタが牽制する。
ユーリから強制的に視線を移す事になったフレンは真っ直ぐ見つめてくる
を見た。
「どうして私が手を上げたか分かる?」
「・・・
」
「ユーリのことを庇立てするつもりはないわ。そんな資格は私にはないもの。
『騎士の剣は市民を守る為に振るわれるもの』あなた前にそう言ってたわよね?」
「・・・・・・」
「フレン、命令だから盲目的に従って何も考えなくて良いってことじゃないのよ。
少しは自分の頭で考えなさい」
視線を外さず淡々と諭す
に、フレンは相変わらず口を閉ざす。
こう着状態に、
は息を吐いた。
「聖核が欲しいなら、私を倒して力尽くで奪えばいいわ。
彼女の遺志を請けた以上、あなたを、騎士団すべてを手にかけてでも渡す気はない」
「・・・
、僕はーー!」
「・・・許さない・・・・・・どんな理由があろうとも。
騎士団も噛んでいた今回の一件、彼女の命を奪ってまで成さねばならないことだったの?
彼女が・・・一体、どれだけ・・・」
悔し気に呟く
の言葉に、対面していたフレンだけが目を見開いた。
いつも明るい表情を見せていた彼女が見せた初めての光景。
頬にかかる一筋の軌跡は途絶えることがない。
深い悲しみと激しい怒りの視線を向けられたフレンは打ちのめされたかのように柄から手を下ろした。
それを合図に
は船へと駆け出した。
ユーリ達もそれに続き船へと乗り込む中、阻むことをしないフレンにソディアは詰め寄る。
「隊長!」
しかし、フレンは指示を出すことなくただ俯いたまま、ソディアの呼びかけにも応じなかった。
フィエルティア号に乗船したユーリ達はすぐに出航させた。
慌ただしく出航の準備が進む中、カロルが困惑気味に言葉を発する。
「今、フレン、ユーリがラゴウをって・・・それに、
が言ってたーー」
「話は後よ!男共は錨を上げて!」
リタの指示にユーリが錨を上げに走り出す。
まだ立ち尽くしているカロルの背後から再び声がかかる。
「ほれ、男は錨だってさ」
「レイヴン!どこに・・・」
闘技場では一緒にいたはずなのに、先ほどまで船着き場では姿を見せなかったレイヴンがカロルの後ろに立っていた。
「こいつも一緒に乗せてやってくれ」
「この人・・・!」
カロルの問いに答えず、レイヴンは自分の陰にいた人物、ハリーを引っ張り出した。
驚いたカロルが追及しようとしたその時、爆発的に加速した船が一気に海上の包囲網を突破した。
その反動でカロルは器用に甲板を転がる。
「これは・・・」
「ジュディ?」
突然走り出したジュディスを不審に思ったユーリが呼び止めるがジュディスは振り返らない。
転がり終わったカロルは自分達のもうずっと後ろに見える騎士団の船を見た。
「やったぁ。一気に突破できたよ!」
ぐんぐん引き離されて行く様子にカロルは嬉しそうに拳を上げる。
しかし、駆動魔導器の傍にいた
は、不自然すぎる加速に隣のリタを見やる。
「新しくなったにしたって、この出力は異常だわ。どうなの、リタ?」
「分からない。何よ、この術式・・・初めて見るものだわ」
駆動魔導器の術式を展開したリタは見たこともない術式の形状に首を捻る。
だが、考えるヒマを与えられず
は後ろに立つ気配に気付き振り返った。
そこには、槍を構えたジュディスが
やリタに向かって振り下ろさんばかりだった。
「ジュディス、何を!」
「な、やめてぇっ!!」
振り下ろされた槍は
とリタの間、駆動魔導器の魔核を砕いていた。
壊された魔導器は小規模な爆発を起こした後、たちまち船はスピードを落としていった。
あまりに突然のことに、リタは呆然と船の縁に立つジュディスを仰ぐ。
「・・・どうして?」
「私の道だから・・・」
それだけ言ったジュディスの言葉に続けて高い魔物の鳴き声が響く。
聞き覚えのあるそれにリタは瞳に怒りを宿す。
「あいつ、バカドラ!」
空を泳ぐようにフィエルティア号に近付いて来る魔物に、ユーリははっとしたように制止の声を上げる。
「ジュディ、待て!」
「・・・さようなら」
小さな呟きを残し、ジュディスは魔物の背に飛び移ると漆黒の闇へと消えた。
「なんで・・・どうしてよ!?」
あっという間の出来事に誰もが言葉を失う中、リタの悲痛な叫びだけが虚しく響いた。
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2008.6.20