剣を振るう度、魔術が完成する度、腹の底に響く咆哮が轟く。
しかし、柄を握る手を緩めることはできない。
始祖の隷長故に過ごす果てしない年月の中でベリウスは永い孤独を過ごしてきた。
彼女にしてみれば短い時間しか共にできない人との別れも数えきれない程体験してきたのに、
そんな悲しみも限られた時間を懸命に生きる人との繋がりが埋めてくれるんだと聞かせてくれた。
さらに責め苦を増やすなど、できるわけがない。
肩で息を吐く
は再び柄を握る力を込めると、ベリウスの元へ走り出した。
ーーNo.118 永別ーー
暴走した始祖の隷長を収めるのは容易ではない。
人の何倍も永らえている彼女は人が決して有し得ない力と知識を持ち、ユーリ達を追い詰める。
『ワラワ、ヲ・・・・・・コ・・・ロセ!』
ーーズゴーーーンッ!!ーー
「っ!」
「がはっ!」
「ぐっ!」
「うわっ!」
「きゃっ!」
「痛っ!」
「がっ!」
「ギャンッ!」
自制しようと苦しむベリウスの長い尾が、ユーリ達全員を弾き飛ばす。
吹き飛ばされた皆が、どうにか立ち上がるがこれ以上長引けば共倒れは目に見えていた。
は深く、深く息を吐いた。
「みんな、悪いけど私にちょっと手を貸して」
「手があるのか?」
「まぁね」
「良いぜ、乗った」
「終わるなら協力するわよ」
荒い息を吐きながら、ユーリとレイヴンの答えに
は手短に指示を出す。
「ユーリ、カロル、レイヴン、左右から攻撃の手を散らせて」
「おう」
「分かった」
「あいよ」
「エステル、前衛のサポート任せるわ」
「は、はい」
「リタ、お願いがあるの」
「何を・・・・・・はぁ!?本気!?」
「頼んだわ」
「あーもうっ!勝手にしなさいよ!」
リタの怒声を背中で聞いた
は、皆がベリウスに向かう中ジュディスとすれ違う。
「ジュディス上から注意を引いて」
「本気なのね・・・」
「ええ」
問いに即答した
は、双剣を構え直しタイミングを計る。
そして、再びベリウスの咆哮が天に轟いたのを合図に
の作戦が開始された。
「我を取り巻く六つの星よ、万物を阻む光の盾となれーーバリアブルヘキサ!」
「行くぜ、峻円華斬!」
「臥龍アッパー!」
ベリウスの眼下で、足元からの攻撃にベリウスの視線が下に集中する。
痛みに怒り狂うベリウスが三人へと攻撃を開始しようとした。
「怒れ、吼えろ、螺旋の将軍ーーハイヴォックゲイル!」
「怒りを穂先に変え、前途を阻む障害を貫けーーロックブレイク!」
「いくわよ、月華天翔刃!」
『ガァッ!』
ーーガッ!ーー
「くっ!」
リタの魔術でできた足場で頭上からの攻撃を加えたジュディスだったが、
素早い動きでベリウスは攻撃をかわす。
そして、追撃とばかりに鋭い爪を振り下ろそうとした。
その時、
「ベリウスっ!!」
レイヴンとリタの魔術を利用してさらに上空に飛び上がった
が落ちて来る。
しかし、鋭く迫る尻尾が
の双剣の片方を弾き飛ばす。
ーーギィーーーンッ!ーー
「っ!」
だが、残るもう一つを構え直し、
はさらにベリウスに迫る。
その命を絶つ、体幹へーー
『ハヤク・・・トドメ、ヲ・・・』
ーー・・・ベリウス、ごめんなさいーー
の片剣はベリウスの胸を貫くと、ようやくベリウスは力尽きたように地に倒れた。
ーーズーーーンッーー
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「お、おさまった・・・」
「ベリウス様!」
ほっとしたカロルの言葉にナッツは駆け寄ろうとした。
が、倒れたベリウスの体から再び光が溢れ出す。
「今度は何!?」
「こんな結果になるなんて・・・」
リタの疑問に答えは返らず、ジュディスは悲しげに瞼を閉じる。
許しを乞うようにエステルはベリウスの前に膝を付いた。
「・・・なさい、ごめんなさい。
わたし・・・・・・わたしは・・・」
何度も謝るエステルに理性の戻ったベリウスは上体を起こすと柔らかい声音で包み込む。
『気に・・・病むでない・・・
そなたは、わらわを救おうとしてくれたのであろう・・・』
「・・・でも、ごめんなさい、わたし・・・」
『力は己を傲慢にする・・・
だが、そなたは違うようじゃな。他者を慈しむ優しき心を・・・大切にするのじゃ・・・』
ようやく顔を上げたエステルにベリウスは微笑む。
『フェローに会うが良い・・・
そなたの、そなたらの運命を確かめたいのであれば・・・』
ベリウスの言葉に俯いていた
は、はっとしたようにベリウスを見つめる。
その
をベリウスはいつもの穏やかな微笑で迎える。
あまりにも優しすぎるその顔に、
は目頭が熱くなるが再び俯くことはせず彼女を見つめる。
自分の言葉を理解した
を見たベリウスは再びエステルに視線を移した。
「フェローに?」
反芻したエステルにベリウスが頷くと、今度は呆然と己を見つめるナッツに視線を向ける。
『ナッツ、世話になったのう。
この者達を恨むでないぞ・・・』
「ベリウス様!!」
ナッツの悲痛な叫びに返事が返る事なく、さらに放たれる光が強くなる。
その様子に、エステルは立ち上がり、焦ったように手を伸ばす。
「ま、待って下さい!だめ、お願いです!行かないで!!」
しかしその手は空を掴むばかりで、何も掴めなかった。
「ベリウス・・・・・・さようなら・・・」
ジュディスが呟くと、目を開けていられない程の光が溢れる。
光が収まると、エステルの前に両手に収まる程の水晶が浮いていた。
「これは・・・幽霊船の箱に入ってたのと同じ・・・」
「聖核だ・・・」
『わらわが魂、蒼穹の水玉を我が友、ドン・ホワイトホースに・・・』
聖核から響くベリウスの声が消えると、エステルは聖核を腕に抱き、力なく両膝を付いた。
「ハリーが言ってたのはこういうわけか」
目の前で起こったことにレイヴンはようやくハリーの言っていた言葉の意味を理解した。
「人間・・・その石を渡せ」
その時、倒れていたはずのクリントが起き上がり、エステルに大剣を向けて言い放つ。
そんなエステルを庇うように
とユーリは立ち塞がった。
「させない」
「こいつがてめえらの狙いか。素直に渡すと思うか?」
毅然と向けられた表情にクリントは憎らし気に目を細める。
「では素直に・・・させるまでのこと」
大剣を構え直した相手に、ユーリと
も応戦の形を取る。
すると、そこにフレン隊のソディアが部下を引き連れ現れた。
「そこまでだ!全員、武器を置け!」
「ちっ、来ちまいやがった」
騎士団の登場に、ユーリは舌打ちをすると、ソディアもこちらに気付いた。
「貴様・・・闘技場にいる者をすべて捕らえろ!」
ソディアの指揮で、魔狩りの剣や戦士の殿堂が次々と包囲されていく。
このままではこっちも捕まるのは時間の問題かと、レイヴンが一行を急かす。
「さっさと逃げないと、俺らも捕まっちゃうよ?」
「あたしら、捕まるようなこと何もしてないわよ!」
「きっと何か捕まえる理由こじつけられちゃうに決まってるよ!」
怒りを見せたリタをカロルが言い含める。
カロルの言葉にジュディスも納得すると、ユーリは踞ったままのエステルに声をかける。
「今は、逃げるぞ」
しかし、ユーリの言葉にエステルは顔を上げることなく首を振った。
「嫌です・・・わたし、どこにも行きたくない。
わたしの力・・・やっぱり毒だった・・・
助けられると思ったのに、死なせてしまった、救えなかった・・・!」
動こうとしないエステルに、何を思ったのかユーリは剣を抜くと自分の腕を斬りつけた。
地に落ちた血痕にエステルは驚いたように顔を上げると、すぐにユーリの傷口に手をかざした。
「何するんですか!」
すぐに治癒術を唱えたエステルによってユーリの傷は塞がれた。
「ちゃんと救えたじゃねえか」
「え・・・?あ、わたし・・・」
「行くぞ」
「・・・はい」
エステルは差し出されたユーリの手を取ると、立ち上がった。
じりじりと包囲を固めてきた騎士に魔術を放った
は、逃走経路を開きユーリ達に声をかけた。
「抜け道を知ってるわ、こっちよ」
「待て!」
ソディアの制止の声を振り切り、ユーリ達は
に続いて走り出した。
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2008.6.17