ーーNo.116 闘技場都市の始祖ーー
薄暗い階段を上り、上り終えたそこにあった扉を
は押し開いた。
全員が入り、扉を閉めると視界は暗闇に包まれる。
「え、ええっ・・・こ、これは何!?」
「はいはい、落ち着いて〜大丈夫だから」
驚いたカロルに
は淡々と返す。
暫くして辺りにアメジストの炎が灯る。
炎によって現れたユーリ達を見下ろすキツネに似た姿に、カロルは後ずさった。
「なっ、魔物・・・!」
「ったく、豪華なお食事付かと期待してたのに、罠とはね」
柄に手をかけたユーリを
が、動揺する他の皆をジュディスが遮った。
「ユーリ、待って」
「罠ではないの。彼女が・・・」
とジュディスに肯定するように目の前に立つ魔物が口を開いた。
『わらわがノードポリカの統領、戦士の殿堂を束ねるベリウスじゃ』
驚きを収めたエステルはおずおずとベリウスに話しかける。
「あなたも、人の言葉を話せるのですね」
『先刻そなたらは、フェローに会うておろう。
なれば、言の葉を操るわらわとてさほど珍しくあるまいて』
エステルに答えたベリウスに今度はユーリが問いかけた。
「あんた、始祖の隷長だな?」
『左様じゃ』
「じゃ、じゃあ、この街を作った古い一族ってのは・・・」
『わらわのことじゃ』
「・・・ドンのじいさん、知ってて隠してやがったな」
レイヴンの小言を拾ったベリウスはレイヴンへと視線を向ける。
『そなたは?』
「ドン・ホワイトホースの部下のレイヴン。書状を持ってきたぜ。
今更あのじいさんが誰と知り合いでも驚かねぇけど、一体どういう関係なのよ?」
『人魔戦争の折りに、色々と世話になったのじゃ』
「人魔戦争・・・なら、黒幕って噂は本当なんですか?」
カロルのストレートな問いかけに、ベリウスに代わって
が憤慨した。
「カロル、んな訳ないでしょ。騎士団の情報操作に踊らされ過ぎ」
『ほほほ、
良い良い。
確かにわらわは人魔戦争に参加した。
しかしそれは始祖の隷長の務めに従ったまでのこと。黒幕などと言われては心外よ。
いずれにせよ、ドンとはその頃からの付き合い。あれは人間にしておくのは惜しい男よな』
「じいさんが人魔戦争に関わってたなんて話し、初めて聞いたぜ・・・」
半眼で呟くレイヴンに書状に目を走らせていたベリウスは苦笑を浮かべた。
『やつとて話したくないことぐらいあろう。
さて、ドンはフェローとの仲立ちをわらわに求めている。
あの剛毅な男も、フェローに街を襲われては敵わぬようじゃな。
無碍にはできぬ願いよ・・・一応承知しておこうかの』
「ふぃ〜、いい人で助かったわ」
一安心したようにレイヴンは肩の力を抜いた。
ドンの手紙を脇に置いたベリウスは、ついとユーリの隣にいる
に視線を向けた。
『久しいな、
。息災でなによりじゃ』
「ええ、なかなか来れなくてごめんなさい」
『ほっほっほ。要らぬ気遣いよ、ドンに良いように使われておったのじゃろう』
ベリウスの見透かした言葉に
は苦笑を返す。
「・・・まぁ、そういうことにしておいて下さい」
『さて、用向きは書状だけではあるまい。
のう、満月の子よ』
今度はエステルに向き直ったベリウスにリタが驚いたように訊ねる。
「分かるの?エステルが満月の子だって・・・」
『我ら始祖の隷長は満月の子を感じることができるのじゃ』
エステルはベリウスの前に進み出ると深々と一礼した。
「エステリーゼと言います。
満月の子とは、一体何なのですか?わたし、フェローに忌まわしき毒と言われました。
あれはどういう意味なんですか?」
『ふむ。それを知った所でそなたの運命が変わるか分からぬが・・・』
と、考えあぐねるベリウスにジュディスがエステルの隣に進み出た。
「ベリウス、そのことなのだけど・・・」
「ジュディス?」
『ふむ。何かあるというのか?』
「フェローはーー」
ジュディスが話しかけたその時、扉の外で剣戟音と喧騒がユーリ達の耳に入る。
「何の騒ぎだよ、一体・・・」
扉の近くにいたレイヴンが眉根を寄せると、その扉が急に開かれた。
「遂に見つけたぞ、始祖の隷長!魔物を率いる悪の根源め!」
「魔狩りの剣!?どうしてここに!」
「ティソン!首領!」
扉から出て来たのは、その姿に
とカロルは驚いた。
こちらの姿を目にしたティソンはこちらの神経を逆撫でするように言放つ。
「これはカロル君ご一行。
化け物と仲良くお話しするとは変わった趣味だな」
「闘技場で凶悪な魔物どもを飼い馴らす、人間の大敵!
覚悟せよ、我らが刃の錆となれ!」
ティソンの脇でクリントは大剣を構える。
魔狩りの剣にユーリ達は応戦するように身構える。
それが気に入らなかったのか、苛立たし気にティソンが脅しつける。
「俺ら魔狩りの剣の制裁を邪魔する奴ぁ、人間だって容赦しねぇぜ!」
「かかってこないなら、俺から行く!さあ相手になれ、化け物!」
言い終わるのを待たず、ティソンとクリントがベリウスに走り出す。
ティソンを阻むようにユーリが飛び出し、クリントの接近を止めようと
はナイフを投げ放つ。
しかし、クリントは
のナイフを弾き飛ばすと、ベリウスに大剣を振った。
それを易々と片手で受け止めたベリウスはユーリ達を見やる。
『こやつらはわらわが相手をせねば抑えられぬようじゃ。
そなたら、すまぬがナッツの加勢に行ってもらえぬか』
「あんたは大丈夫なのかよ!?」
ユーリの心配にベリウスは薄く笑んだ。
『たかが人などに後れは取りはせぬ』
「分かった、行くぞ!」
『すまぬな』
ユーリ達はベリウスの言葉を受けて、扉を抜けた。
もそれに続こうとしたが、扉を出る前にベリウスに振り返る。
「ベリウス・・・」
『大丈夫じゃよ、
。お行き』
その一言に背中を押された
はユーリ達を追いかけた。
しかし、
の胸中には言い様のない不安が渦巻いていた。
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2008.6.17