宿に戻ったはそのままベッドに入ると瞳を閉じた。
暫くして、ユーリが戻ったらしい物音が響くと、自分も少し眠ろうとした。

ーードォーーーン!!ーー

しかし、それはマンタイク全域に響いたのではないかという爆音で阻まれた。
目が覚めたのは同室のエステル達も同じようで、何事かと窓から外を見た。
そこには夜空に輝く大輪の花が刹那の命を割かせている所だった。




























































ーーNo.112 夜空に響く歓喜と譴責 前ーー
























































「本当はこんなに賑やかな街だったんだね」
「ええ。解放された良かったわ、本当に」

カロルに応じるようにジュディスがにっこりと笑う。
フレンによって解放されたマンタイクは、街全体がお祭り騒ぎの様相を呈していた。
宿の中に居ても花火の爆ぜる音、笑い声、喧騒は鳴り止まない。

「フレンが来てくれたことは嬉しいですけど・・・逃げたキュモールはまたどこかで悪事を働くかもしれません」
「すぐにフレンが捕まえてくれるよ。ね、ユーリ」
「・・・ん、まあ、そうだな」

壁に背を預けて胡座をかいて座り込んでいたユーリは歯切れ悪くカロルに答える。
そんなユーリをカロルは訝しんだ。

「・・・ユーリ?」
ーードサッーー

その直後、宿屋のカウンターに寄り掛かって居眠りしていたレイヴンがそのまま倒れ込んだ。
目覚める気配を一向に見せないレイヴンにカロルは呆れながらも肩を揺する。

「レイヴン、風邪ひくよ」
「子供と一緒になって騒いで疲れたのね。いい歳して」

ジュディスの飾りのない言葉が寝入った中年に突き刺さる。
本人が起きていたらさぞ喚いていただろう。
そんなとき、宿屋の入口のドアが開きリタが帰って来た。

「おかえりなさい」
「もうバカ騒ぎ。まったく呆れるわ」

みんないい歳して、と言うリタにカロルはにやけ顔で近付く。

「リタも楽しんでたでしょ?ダンス上手だね、リタ」
「う、うっさい!」

顔を赤くしたリタはカロルに手刀を落とす。
頭を押さえて呻くカロルから視線を剥がしたリタは地べたで寝そべっているレイヴンに気付く。

「って、あれ?おっさん寝たの」
「もう、あっと言う間でした。はどうしました?」

エステルの問いかけにリタは首を傾げた。

「先に戻ってたと思ったけど・・・まだ一緒に騒いでるんじゃないの?」

リタの答えにエステルが納得すると、座り込んでいたユーリが立ち上がった。

「ユーリ?」
「ちょっとフレンに挨拶、行ってくる」

声をかけたエステルにそう答えると、ユーリは指定された湖へと向かった。




























































湖の側は喧騒から離れていたためか、静寂が勝っていた。
そんな波打ち際に湖へ視線を向けたまま膝を抱えているフレンの背中をユーリは見つけた。
すぐ背後まで近付くと、フレンと同じように湖に視線を投じた。

「立ってないで座ったらどうだ」

フレンの言葉でユーリは湖に背を向けるとフレンの横へと座り込んだ。

「話があんだろ」

ユーリが口火を切る。
暫く間を置いた後、ようやくフレンは口を開いた。

「・・・なぜ、キュモールを殺した。
人が人を裁くなど許されない。法によって裁かれるべきなんだ!」
「なら、法はキュモールを裁けたって言うのか!?
ラゴウを裁けなかった法が?冗談言うな」

フレンの言葉を鼻で笑ったユーリに、フレンは尚も言い募る。

「ユーリ、キミは・・・」

その言葉を遮るようにユーリは立ち上がると、波打ち際へフレンに背を向ける形で苛立たし気に言い放った。

「いつだって、法は権力を握るやつらの味方じゃねえか」
「だからといって、個人の感覚で善悪を決め、人が人を裁いていいはずがない!
法が間違っているなら、まずは法を正すことが必要だ。
そのために、僕は今も騎士団にいるんだぞ!」

立ち上がり、ユーリの前に回り込んだフレンは怒りを露に言い返す。
そんなフレンの物言いにユーリも怒気を滲ませる。

「あいつらが今死んで救われたやつらがいるのも事実だ。
お前は助かった命に、いつか法を正すから、今は我慢して死ねって言うのか!」
「そうは言わない!」
「いるんだよ、世の中には。
死ぬまで人を傷付ける悪党が。そんな悪党に、弱い連中は一方的に虐げられるだけだ。
下町の連中がそうだったろ」

ユーリの言葉に頷けるフレンだったが、そうと言って納得できる訳ではない。
数呼吸、息を整えたフレンは苛立ちを抑えた声音で決然とユーリを見据える。

「それでもユーリのやり方は間違ってる。
そうやって、君の価値観だけで悪人全てを裁くつもりか。
それはもう罪人の行いだ」
「分かってるさ。分かった上で、選んだ。
人殺しは罪だ」

動揺など見せず、きっぱりと言い切ったユーリにフレンは眉根を寄せた。

「分かっていながら君は手を汚す道を選ぶのか」
「選ぶんじゃねえ。もう選んだんだよ」
「・・・それが、君のやり方か」

薄く笑んだユーリにフレンは悲しみを湛えた瞳を向ける。

「腹を決めた、と言ったよな」
「ああ。でも、その意味を正しく理解できていなかったみたいだ・・・」

自身の不甲斐なさを握り潰すように、胸の前で拳を握ったフレンは肩を震わせた。
ユーリはただ静かにフレンを見返していた。
暫くしてフレンは短く息を吐き出すと、顔を上げた。

「騎士として、君の罪を見過ごすことはできない」

フレンの右手はそのまま柄を掴む。
それが分かっていたようにユーリも僅かに身構えた。
ピンと張り詰めた空気が漂う。
しかし、その危うい均衡は新たな介入者によって崩れ去った。

「隊長、こちらでしたが」

その声によってフレンは柄から手を離すと、ユーリとすれ違うようにその声の主、ソディアに歩み寄った。

「どうした?」
「ノードポリカ封鎖、完了しました。
それと、魔狩りの剣がどうやら動いているようです。急ぎ、ノードポリカへ」
「・・・」
「隊長?」
「分かった」
「はい」

敬礼したソディアがその場を去るとフレンは振り向いた。

「ユーリ・・・?」

しかし、その場にすでに求める姿はない。
そうと分かっていても、フレンはその場にいない旧知に向けて口を開いた。

「ユーリ、君のことは誰よりも僕が知っている。
あえて罪人の道を歩むというのなら・・・」

そう言ったフレンは夜空を振り仰ぎ、その場を後にした。
























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2008.6.9