時は宿での会話まで遡る。
話が終わり皆が眠りについていた頃、壁に背を預けていたユーリは、ゆっくりと目を開けると静かに立ち上がった。

「オレはオレのやり方で・・・か」

自身の手を見つめ、ぐっと拳を握ったユーリは顔を上げるとその場を後にした。




























































ーーNo.111 互いが背負うモノーー
























































そのまま外へと足を向けたユーリは、ある建物へと足を踏み入れた。

「キュモール」

呼びかけに応じないそれに、ユーリはベッドの足をぞんざいに蹴り飛ばした。
漸く目が覚めたそれは、目の前に立つユーリに驚愕した。

「キ、キ、キミ!いや!貴様はユーリ!な、なんで、ここに!」

問いかけに答えず、ただユーリはひたと見据える。
その手に抜き身の得物を目にしたキュモールはうわずった声を上げる。

「オルクス!誰か!誰かいないのかいっ!」

しかし、その声に反応をする者は何一つなかった。
愕然としたように視線をユーリに戻したキュモール。
威圧された眼光にベッドから転げ落ちると、震える膝をそのままに自身の剣を構えた。

「こ、この貴族のボクと、剣でやろうっていうのかい?
い、いいよ。受けて立とう」

震える剣先をユーリに向けたままキュモールは余裕を見せるかのように乾いた笑みを浮かべる。
それに無言で近付いたユーリは、軽く払った。
ただそれだけでキュモールの剣はその手を離れ、部屋の壁まで弾き飛ばされた。

ーーキィーーーンーー

鉄同士のぶつかる高い音が響き、キュモールは尻餅をついた。

「なっ、バ、バカな!」
「はしゃぎすぎたな、キュモール。
そろそろ舞台から降りてくんねぇかな」

ユーリから放たれる鋭い雰囲気に必死に威厳を保とうとするが、絡み付く恐怖は声にしっかりと現れていた。

「キ、キミごときが、ボクに剣を向けた罪は重いよ!」

そう言い捨てるとキュモールは半開きのドアから、這々の体で外へと逃げ出した。
しかし、縺れる足は逃亡を許さず、キュモールは街外れの流砂に追い詰められた。

「ま、待て!ボクは悪くないんだ!これは命令なんだ!仕方なくなんだ!」
「だったら命令したやつを恨むんだな」

即座に切り捨てたユーリにキュモールはさらに弁解を口にする。

「ま、待てっ!!こうしよう!
ボクの権力でキミが犯した罪を帳消しにしてあげるよ!
騎士団に戻りたければ、そのように手筈もする!
金はたくさんある、金さえあれば、どんな望みでも叶えてあげられる。
さあ!望みを言ってごらん!」

努めて明るい声で言ったキュモールにユーリは目を細めた。

「オレがお前に望むのはひとつだけだ」
「そ、それは何だい・・・?」

ユーリの言葉に表情を晴れやかにしたキュモールが先を促す。
が、それに返答はなく、ユーリは一歩一歩キュモールへと距離を詰める。
ようやく答えが分かったキュモールは、一気に顔を蒼白にした。

「や、やめろ・・・来るな!近付くな、下民が!
ボクは騎士団の隊長だよ!そして、いずれ騎士団長になるキュモール様だ!」

喚き声に近付く足音は、止まない。

「う、うわあああっ!!」

ついに地面の端に足を取られたキュモールは流砂の只中へと落下した。
砂は後から後から降り注ぎ、徐々に身体を沈ませていく。
緩やかなしかし確実な死の訪れにキュモールは頭上に立つユーリへと手を伸ばす。

「た、頼む!助けてくれ!ゆ、許してくれ!このままでは!こ、このままではっ!!」
「お前はその言葉を今まで何度聞いてきた?」

必死に許しを請うキュモールにユーリは吐き捨てる。
その言葉にやっと今まで自分の行いに気付いたようなキュモールは目を見開いた。
だが・・・それはあまりにも遅過ぎた。

「うわああああああっ!」

響き渡る断末魔、苦悶に歪んだ表情はすぐに流れる砂によって隠されていった。
それを静かに見下ろしていたユーリは、背後に近付く気配にぴくりと肩を揺らす。

「・・・街の中は僕の部下が押さえた。もう誰も苦しめない」

馴染みの声にユーリは空を仰ぎ、苦笑を浮かべた。

「そうか・・・これでまた出世の足がかりになるな」

しばらくそうしていたユーリは、フレンに視線を合わせることなく側を通り過ぎる。

「オレ、あいつらの所に戻るから」
「ユーリ、後で話がしたい」

すれ違い様に言われたフレンの言葉に、歩みを止めることなくユーリは呟いた。

「・・・分かってる」
「湖の側で・・・待ってる」


























































は湖から宿へと戻ろうとしていた。
しかし、街中での甲冑の擦れる音が響いていたため物陰から様子を窺っていた。
時刻は既に深夜を回っている。
何かの演習にしては不自然な時間だ。

(「どこの部隊かしら?なんでこんな夜中に・・・」)

見つかっても面倒だと、宿の裏口から入ろうと物陰からそろりと抜け出した。
建物のカドを曲がった直後、思ってもいなかった人物と鉢合わせし息を呑んだ。

「うわっ!ユ、ユーリ?」
?お前、何でこんな所に・・・」

互いに驚き、はユーリから返された問いかけに言葉を濁した。

「いや、ちょっと・・・って、ユーリどうしたの?」
「何がだ?」
「随分と怖い顔してる」
「・・・・・・」

その指摘に黙り込んでしまったユーリを見たはしょうがないなぁ、と嘆息した。

「はぁ・・・場所、変えましょうか」

そう言ったに付き従い、二人は騎士に見つかることなく宿の裏口へと到着した。
ユーリは木箱に片膝を立て、は木に背を預けて先にが口を開いた。

「そういえば、こんな夜中に騎士が出回ってたわね。何か知ってる?」
「フレンだよ。キュモールの圧制から解放したらしい」
「そうだったの」

さほど驚きを見せず相槌を打ったに頷いたきり、ユーリは黙ってしまった。
いくら待っても何も語ろうとしないユーリに、は溜め息をつくとユーリの座る木箱へと近付いた。
そして足元を見ているユーリに、頭上の死角から勢い良く手刀を落とした。

ーードシュッーー
「っで!おい、何すーー」
「部屋に戻る前に顔でも洗って来た方が良いわ。
そんな顔じゃ、何があったのか根掘り葉掘り聞かれるわよ」

探られたくないんでしょ?と腰に片手を当て片目を瞑ったにユーリは苦虫を噛み潰した顔をする。

「・・・分かったよ」

ユーリの返答によしよし、と頷いたはそのまま宿の裏口へと向かう。
と、そんなをユーリは呼び止めた。

!」
「ん〜?」

間延びした返事を返したは、顔だけをユーリに向ける。

「サンキュ」

短く返された礼には微笑を浮かべると、ひらひらと後ろ手を振りそのまま宿へと入っていった。
























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2008.6.7