騎士の目に付くような目立った行動をせず、静かに宿屋に到着したユーリ達はそのまま泊まる事にした。
日が沈み、当たりが薄闇に染まった頃、明日のコースの確認をほぼ終えた。
すると先ほどの事を思い出してか、リタがベッドの上で胡座をかき腕を組むと腹立たし気に呟いた。
「あのキュモールっての、ホントにどうしようもないヤツね」
「あと、仮面の・・・オルクスって人もだよね」
カロルも眉間に皺を寄せてリタに同意を示す。
先ほどのキュモール達の行動を不審に思ってレイヴンは首を捻る。
「あいつら、フェロー捕まえてどうするんかね」
「分かりません、ですけど・・・このままだと、大人はみんな残らず砂漠行きです」
騎士が動いている時点で帝国が行っているということになる。
しかし、そんなことをする理由に全く見当がつかないエステルがレイヴンの疑問に首を振った。
「大人がいなくなれば、次は子供の番かもしれないわね」
「そんなの絶対ダメです!わたしが皇族の者として話をしたら・・・」
「ヘリオードでのこと、忘れたのかしら?」
「あ、それは・・・」
「そうだよ。あいつ、お姫様でもお構いなしだったんだよ」
「・・・・・・」
カロルもジュディスに続く。
エステルはヘリオードで目の当たりにした背信行為を思い出し、自身の無力さに俯いた。
そんなエステルにリタが気を取り直すように口を開く。
「とりあえず、自分のことか人の事か、どっちかにしたら?」
「リタ・・・」
「知りたいんでしょ?始祖の隷長の思惑を、だったらキュモールのことは今は考えないようにしてはどう?」
エステルに向けたジュディスの言葉にリタは驚いたようにジュディスに視線を向ける。
「あんたと意見が合うとはね。
あたしもベリウスに会うのを優先した方が良いと思う。
キュモールを捕まえてもあたしらには裁く権利もない、どうしようもないならできる事からするべきだわ」
リタの言葉にしばし考えていたエステルだったが、思い出したように口を開く。
「フレンなら・・・!」
「フレンは・・・どこにいるの・・・?」
「それは・・・」
カロルの指摘に再び俯いてしまったエステルにリタが申し訳なさそうに声をかける。
「ごめん、エステル・・・
みんな責めてるわけじゃない。あたしだってムカつくわ。
今頃、詰め所のベッドであいつが大いびきかいてるの想像したら、でも・・・」
「リタ・・・・・・分かってます」
自分に言い聞かせるようにエステルは呟く。
「例え捕まっても、釈放されたらまた同じ事を繰り返すわね。ああいう人は」
「だろうなぁ、バカは死ななきゃ治らないって言うしねぇ」
ジュディスに応じるようにレイヴンも頷いた。
「死ななきゃ治らない、か・・・」
ユーリの僅かな呟きを耳にした
はただ黙ったまま話を聞いていた。
ーーNo.110 重ねた罪過ーー
夜が更けた。
しかし、
はいつにも増して目が冴えていた。
このままではどうしたって眠れない、と気分を変えようと散歩に出る為するりとベッドを抜け出した。
砂漠の夜は寒い。
その澄んだ空気のおかげで星の綺麗な夜となっていた。
一つ一つがくっきりと浮かび上がり、漆黒のカーテンに細やかな宝石を散りばめたかのように煌めく。
星の輝きを引き立てるように繊月が申し訳程度に光を放っていた。
湖側に着いた
は、黒い湖面に浮かぶ無数の光に視線を投じていた。
と。
背後に気配を感じ振り返り様に飛び退ると双剣の柄に手をかけた。
「やあ、約束通りまた会ったろう?」
背後に忍び寄った人物、それは
の睡眠を妨げていた元凶その人だった。
「・・・あんた、何者?確かにあの時、私が殺したはずよ」
「そうそう、前は突然だったから自己紹介がまだだったか。
俺はオルクス、覚えといてくれよ」
の問いかけに答えず、オルクスは場違いな程明るい声で自己紹介を始める。
そんなオルクスに
は怒気を滲ませた声で詰問する。
「質問に答えなさい」
「せっかくの感動の再会じゃないか。
もっと気の利いたことを言えないのかい?」
オルクスは気分を害したように口端を下げると、残念だとばかりに首を振った。
「キュモールは・・・帝国はなんてことをしてるの!?
砂漠に何の準備もしてない一般の、罪もない人を放り出して・・・
あれじゃあ死ねって言ってるようなものじゃない!」
「何をそんなに騒ぐ必要がある?」
「あんた・・・自分が何をしてるか分かってるの?」
「ああ、暇つぶしさ」
さらりと放たれた言葉に
は言葉を失った。
「なん、ですって・・・」
「だーかーらー、ひ・ま・つ・ぶ・し。
ラゴウが消えて手があいたから、今は能無しの執政官の手伝いをしてやってるんだよ」
オルクスは悪びれもせず仕えているはずのキュモールを能無し呼ばわりした。
子供のように無邪気に、明るく答えるオルクスに
は肩が、柄を握る拳が震えた。
「・・・そんな理由で」
「何しろ俺には関係ない奴らだしな。
遅かれ早かれ人は死ぬ、ただそれが今になったってだけの話だろ」
「あんた、それでも人間なの!こんなこと間違ってる!!」
「そーかー?真理だと思うぞ、大した人生送る訳でもない奴らを早々に終わりにしてやってるんだ。
ひいては世界の為に手を汚してやってるってことだろ?逆に感謝して欲しいぐらいだよ」
尊大な態度に、
は毅然と表情を引き締めた。
「そう・・・なら、あんたの真理とやらをやってやろうじゃない」
「くっくっくっく。どうするっていうんだい?」
喉の奥で笑うオルクスに
は目を細めた。
「決まってる・・・」
そう言った
は双剣を抜き、切っ先を視線の先へと向けた。
その視線の先、オルクスは唯一表情が伺える口元を三日月に歪めた。
「へぇ〜、ならお前も黒髪のお仲間と同類の人殺しになる訳だ」
「・・・私はとうの昔に道を外してる」
言い終えた
は駆出した。
対峙するオルクスは腰に括っていた鞭を振るい、瞬時に剣へと変えると
の双剣を受け止めた。
僅かな月明かりの下、空を切る鈍い音と剣戟の鉄音が時折吹く寒風に攫われる。
勝負に時間は要さなかった。
十合も重ねないうちに、一方は負わされた傷に足元がふらついた。
「ぐっ・・・くくくっ!やはり、強いなぁ〜リベルタス」
「そりゃ、嬉しいわね!」
立ち上がっているのもやっとの状態のオルクスに、
は懐に飛び込むと交差した両腕を振り上げた。
身体を深く抉ったクロスを負ったオルクスは、喘鳴を響かせるとふらふらと頼りない足取りで
に近付いてくる。
それを冷めた視線で見つめた
は再び双剣を構え直す。
そして、
ーードッーー
こちらに倒れ込むオルクスの体幹に汚れた刃が貫く。
顔がふれあう程の距離で、オルクスは尚も楽しそうに呟いた。
「・・・また、な・・・」
「・・・」
耳元で囁いた言葉を残し、オルクスは水音を立てて湖へとその身体を沈めた。
ゆらゆらと揺れていた湖面が静寂を取り戻し、再び煌めく光が灯るまでその場を見つめていた
はようやく口を開いた。
「『また』なんてないわ。二度とね」
冴え冴えとした視線を湖面から離すと、
は双剣を鞘に戻し踵を返した。
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2008.6.6