ーーNo.109 付き人ーー
砂の海を越えたユーリ達はようやくマンタイクへ到着した。
「はぁ〜・・・やっと帰って来た。砂漠はもうこりごりだわ・・・」
「ホントだよ・・・」
ぐったりと力なく言ったリタとカロルをレイヴンはいつもの調子でからかう。
「若人が情けないねぇ〜、また行きたい!くらい言えなーー」
「誰も引き留めないからレイヴン一人で行ってらっしゃい」
レイヴンの言葉を遮りもうんざりと顔を顰めた。
「あれ・・・人が外に出てる・・・」
「外出禁止令ってのが、解かれたのかもね」
エステルとリタがそう言った先に馬車に隠れていた人が見え隠れしている。
しかしその場に騎士の姿を捉えた事で、が先に行くのを制す。
「待って、何かおかしい・・・隠れて」
木の陰へと隠れたユーリ達がそこから伺うと思い出したくもない後ろ姿があった。
「キュモール・・・ちょっ!」
「急いては事を仕損じるよ」
飛び出そうとしたリタをレイヴンが制する。
その横でカロルがキュモールの隣に並ぶ男を指差した。
「あの人は誰だろう?イエガーじゃないよ」
口元だけ見える仮面で顔を隠し、砂漠と言う気候にいるにもかかわらず、頭から身体をすっぽりと覆う外套を纏っていた。
見覚えのあるその姿には衝撃が走った。
「あいつは!」
「知り合いなのかしら?」
ジュディスの探るような視線を受け、はどうにか冷静を装う。
「いや、知り合いじゃないけど・・・前はラゴウの付き人だった奴よ。
どうやら今はキュモールの付き人になってるようだけどね」
険しい表情を崩さず、はキュモールらを見据える。
(「でもどうして?あの時、確かに・・・
イエガーが言ってなかったのは、こういう事だったからね」)
はカドスでのイエガーの口振りにやっと納得した。
しかし、確かな手応えがあったはずなのにどうして、という疑問は消えなかった。
そんなの考えを悲痛な叫びが打ち切った。
「どうか、どうかお許しください!」
「喚くな。さっさと言われた通り指示に従え」
「私達がいないと子供達は・・・!」
「その子供がどうなってもいいのか?」
仮面の男がマンタイクの住民を強制的に馬車に乗せている。
一体何をしているんだ、とユーリ達が訝し気にしていると仮面の男はキュモールに近付いた。
「キュモール様、次の探索隊はもうすぐ出発できます」
「分かった。全く下民は使えないやつらだね。
一体何回送り込めば翼のある巨大な魔物を見つけられるんだか」
「今回も収穫がない場合、みせしめに行動を起こした方が良いかと。
さすれば、多少は危機感を持つでしょうから」
「ああ、お前に任せるよ」
聞こえて来たキュモールの言葉にカロルは後ろにいたレイヴンに振り向いた。
「翼のある巨大な魔物ってフェローのことだよね」
「にしても、フェロー捕まえて何しようってんだかね」
カロルに頷いて返したレイヴンは顎に手を当てる。
「それでどうするのかしら?放っておけないのでしょう?」
腕を胸の下で組んだジュディスの言葉にエステルが出ようとする。
「わたしが・・・」
「あのバカ、お姫様の言う事も聞きゃあしねえしな」
それを止めたユーリの台詞にエステルは悔し気に唇を引き結んだ。
「・・・じゃあ、どうするんです?」
「カロル、耳貸せ」
エステルに答えず、ユーリは近寄ったカロルに耳打ちをする。
暫くして、カロルは驚いて身を引いた。
「ええ?!できるけど、道具が・・・ってもしかして・・・」
「ええ、準備はできてるわよ」
「やっぱりね・・・」
にっこりと笑みを浮かべたジュディスからスパナを手渡されたカロルはがっくし、と肩を落とす。
「危なかったら・・・助けてよ?」
不安気な面持ちを崩さないカロルは後ろを振り返って呟く。
それにユーリ、エステル、レイヴンは力強く頷くと、カロルは恐る恐る馬車へと足を忍ばせる。
びくついてるカロルの背が馬車の下へと隠れると、ユーリはジュディスに訊ねた。
「やっぱり拾ったのか、アレ?」
「前に落ちてたのを、ね。使うこともあるかと思って」
ジュディスの説明にリタは胡乱気な視線を向ける。
「・・・変なの」
「ともあれ、少年の活躍に期待しようじゃない」
レイヴンはそう言って後頭部に両手を当て、これから起こるだろう事を見守った。
「ノロノロ、ノロノロと下民どもはまるでカメだね。
早く乗っちゃえ!」
地団駄を踏むキュモールにようやく住民を乗せ終えた騎士が報告に来る。
「キュモール様、全員馬車に乗りました!」
「じゃ、君も馬車に乗りな」
下された命令に騎士は思わず聞き返した。
「え、わ、私も・・・?」
「お前の手際が悪いからこんなに仕事が遅いんだろ。
罰を受けるのは当然だよ。さ、出発だ!」
騎士の弁解を聞く事なく、キュモールは号令をかける。
それは木の陰にかくれるユーリ達の耳にも届いた。
「カロル・・・」
「大丈夫よ。できる子よ、あの子は」
心配そうに指を組んだエステルにジュディスは囁く。
馭者が馬車を走らせようと鞭を振るった直後、突然馬車の車輪が外れ荷台が傾いた。
いきなりの事にキュモールはヒステリックな怒声を上げる。
「何してるんだ!?馬車を準備したのは誰!?
きーっ!!馬車を直せ!この責任は問うからね!
行くよオルクス!!」
「はっ」
オルクスと呼ばれた仮面の男を従え、キュモールは怒りを露にその場を後にした。
「ふ〜ん、これがガキんちょに授けた知恵ってわけね」
呆れたリタがそう言っている間にカロルが走り戻ってきた。
一仕事を終えたカロルにとユーリは労いの言葉をかける。
「お帰りカロル」
「お疲れさん」
「ふー・・・ドキドキもんだったよ」
カロルは額から流れる汗(冷や汗?)を拭うと、安堵したようにほっと表情を緩める。
「でも、これってただの時間稼ぎじゃない」
「これが限界ね。私達には」
リタの指摘にジュディスは苦笑を浮かべる。
「騎士団に表立って楯突いたらカロル先生、泣いちまうからな」
ジュディスに同意するようにユーリも苦笑すると、レイヴンはまだ騎士がうろうろしている馬車を親指で示す。
「俺様達、気付かれる前に隠れた方がいいんじゃなぁい?」
「だな。宿屋に隠れに行くか」
ユーリの言葉に一同は頷くと宿屋へと向かった。
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2008.6.6