ーーNo.92 1000年越しの手紙ーー















































階段を上り終えたそこは、意匠が凝った装飾で満たされていた。

「どうやら船長室みたいね」

周囲を軽く見回した が呟き、皆が皆、手近な所から調べ始める。
と、

「ひぃっ!」
「きゃっ!」
「ひゃあ!」

突如、悲鳴を上げたカロルにつられエステル、リタも悲鳴を上げる。
それに何事かと視線を向ければ、蒼白顔のカロルが腰を抜かしたように、窓際近くの執務机の前で硬直していた。
そして、机には突っ伏すように白骨が横たわっていた。

「おいおい、どうした」
「ほ、ほ、ほっ、骨・・・」
「そりゃ、幽霊船だもん。骨くらいあるでしょうよ」
「びっくりしました・・・」
「お、驚かさないでよ、バカっ!
ーードシュッ!ーー
「あう!」
「あら、これは何かしら?」
「どれどれ・・・これ航海日誌、みたいね」

ジュディスの横から覗き込んだ は、白骨の横に広げられた古びた紙面の日付に視線を走らせた。

「アスール暦232年、ブルエールの月・・・」
「アスール暦もブルエールの月も帝国が出来る前の暦ですね」
「千年以上も昔、か・・・」
「そんなに前なの?」

エステルの解説に他の面々も集まり出す。
今にも崩れ落ちそうな日誌を手にした は、慎重にページを前後させる。

「どうやら、このページが最後みたいね。
・・・船が漂流して40と5日、水も食糧もとうに尽きた。船員も次々と飢えに倒れる。
しかし私は逝けない。ヨームゲンの街に、澄明の刻晶クリアシエルを届けなくては・・・
魔物を退ける力を持つ澄明の刻晶クリアシエルを例の紅の小箱に収めた。
ユイファンにもらった大切な箱だ。
彼女にももう少しで会える。みんなもこれで救える・・・
続きは汚れてて、これ以上は読めないわね」
「そんな長い間、この船は広い海を彷徨っていたのね」
「・・・でも結局、この人は街に帰れずここで亡くなってしまわれたんですね」
「エステル、千年以上も昔の話よ」

痛みを堪えるようなエステルに、慰めるようにリタが声をかける。

「ボク、ヨームゲンなんて街、聞いたことないなぁ」
「これがほんとに千年前の記録なら街だって残ってるかどうか」
「ま、そうだよな・・・澄明の刻晶クリアシエルってのは?」
「・・・知らない」

ユーリの問いにリタは聞き覚えがない、と首を横に振る。

「・・・魔物を退ける力ねぇ」
「結界みたいなものじゃないかしら?」
「単純に考えるとそうなるわよね」
「その辺にないか?」

日誌の記述を手がかりに、船長室内の『紅の小箱』を探す。
しかし、めぼしい所は粗方探したが、それらしいものはない。

「どこにもないね・・・」
「あと探してないところといったら、あの先客さんくらいね」
「え"え"」
「ん?これじゃないか?」

の言葉にカロルが盛大に身を引く中、ユーリが目的の物を見つけた。
それはこの部屋の主が誰にも渡すまいと、胸に紅の小箱を抱いていた。

「大切そうに抱えてるわね」
「これが澄明の刻晶クリアシエルか?」
「日誌に書かれた通りなら、そうなるわけだけど」

冷静にユーリに応じる
目的の箱は見つかった。
残るは、その中身を確認する事だが・・・

「・・・」
「・・・」
「・・・」
「えっと・・・誰が取ります?」

当然の疑問をエステルが言えば、カロルがレイヴンの背を白骨に向け押し出す。

「レ、レイヴン、取ってよ・・・」
「イ、イヤだっての・・・何言い出すのよ、まったくこの若人は」
「いい歳して、おっさん怖がってどうすんのよ」
「そう言うなら天才魔導士少女が取りなさいよ!」
「ばっ!んなのイヤよ!子供に押し付けんな!」
「年長者はいたわるもんよ!」
「ちょっと、二人共うるさい」
「子供と張り合うなよな」
「はい」

不毛な騒ぎに構わず、躊躇なく箱を取ったジュディスは、箱をレイヴンとリタの眼前に差し出す。
顔面に飛び込んで来た白骨の腕に二人は飛び退った。

「うひゃあぁっ!」
「ひぎゃあぁっ!」
「わぉ、ジュディスってば、大胆」
「うふふ、呪われちゃうかしらv」
「自主的すぎて呪いの方が逃げちゃうかもよv」

白骨の腕を楽し気に掲げたジュディスに、 も楽し気に応じる。
そして驚いたレイヴンが宙に放り投げた紅の小箱を危なげなくキャッチしたユーリは、その中身を確かめようとする。
が、

「あれ?」
「どうしたのユーリ?」
「開かねえ・・・」
「え?・・・・・・あー、もしかしてアレのせいかな」
「あれ?」
「あ、あ、あ、あ、あれ・・・」
「な、なっ、なん・・・!」
「ん・・・うぉっ!!」

部屋に張られた鏡には、こちらの姿とは別に巨大なドクロの騎士がすでにない暗い穴でこちらを見据えていた。

「逆のようね」
「なにが!?」
「魔物を引き寄せてるってこと」
「来ます!」

平面の鏡から抜け出したドクロの騎士は大剣を手にこちらに進み出た。








































ーーギィーーーンッ!!!ーー
「きゃっ!」
「もう、キリがないよ」
「お、おっさん、もう限界・・・」

髑髏の騎士に引き寄られて、他の魔物も次々と現れ、倒しても倒しても一向に数は減らない。
何より、倒れたはずの髑髏の騎士も暫くすれば何事もなかったように、再びこちらに刃を向ける。

「撤退が賢いわね」
「だな、別にあの化け物と白黒つけなきゃいけないこともないだろ」
「あら、つまらないわね」

約一名を除いて撤退が決まり、一向は脱出のため走り出す。
船長室を後にしても、行く手を阻む魔物はまるでこちらを仲間にでもしようとするかのように現れる。

「勘弁してよ、もう」
「じゃあ返してあげる?あの人に」
「返した方がいいって!」
「あの・・・わたしその澄明の刻晶クリアシエルをヨームゲンに届けてあげたいです」
「な、何を言い出すのよ!」

その言葉に、悲鳴に近い声を上げるリタ。
エステルは続ける。

澄明の刻晶クリアシエル届けをギルドの仕事に加えてもらえないでしょうか?」
「ダメだよエステル、基本的にボク達みたいなちっちゃなギルドは一つの仕事を完了するまで次の仕事は受けないんだ」
「ひとつひとつしっかり仕事していくのがギルドの信用に繋がるからなぁ」
「あら、またその娘の宛もない話でギルドが右往左往するの?」

穏やかな口調ながらも、厳しい内容にリタの表情が変わった。

「ちょっと!あんた、他に言い方があるんじゃないの?」
「リタ、待って。
ごめんなさい、ジュディス。
でもこの人の思いを届けてあげたい・・・待っている人に」
「待ってる人っつっても、千年も前の話なんだよなぁ」
「・・・」

ユーリの指摘に言い出したエステルも言葉が続かない。
重い沈黙に包まれる中、それを破ったのはリタだった。

「あたしが探す」
「リタ・・・」
「フェロ―探しとエステルの護衛、あんたたちはあんた達の仕事やりゃいいでしょ。
あたしはあたしで勝手にやる」

それなら文句ないでしょ、とばかりな鋭い視線でジュディスを睨みつける。
すると、

「じゃ、ボクも付き合うよ」
「暇なら、オレも付き合ってもいいぜ」
「ちょ、ちょっとあんたたちは仕事やってりゃいいのよ!」
「どうせ、オレ達についてくんだろ。
だったら、仕事外として少し手伝う分にゃ、問題ない」

これでひとまず解決だろ、とばかりなユーリの妥協案にジュディスも同意するように肩を竦めて返す。
リタからの刺々しい雰囲気も収まり、エステルはほっとしたように肩の力を抜いた。

「ありがとうございます」
「新米ギルドにしては、なかなかに波瀾万丈ね」
「若人は元気があって良いねぇ」
「・・・ん?」
「どうかした?」
「外になんか煙みたいなのが・・・」
「お、発煙筒か?駆動魔導器セロスブラスティア、直ったか?」
「戻ってみようよ」

窓の外に見えた赤い煙に、止まっていた足が動き出した。























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2008.5.5