トリム港の船着き場は潮騒とウミネコの鳴き声が響き、辺りは潮の香りで包み込まれていた。
これほど出港日和りはないだろうという穏やかなその時。
突然、辺りに悲鳴に近い叫び声が響き、それを破り割いた。
『あんなにたくさん、勘弁してくれ〜』
『命がいくらあってもたりねえよ!』
「騒がしいわね」
「何があったんだ?」
その騒ぎに眉根を寄せた
と何事かと視線を向けたユーリが声のした方へと振り向く。
そこには男二人が船から逃げるように全速力で街中へ向けて疾走している所だった。
と、その後を追うように一人の女性が声を張り上げる。
『待ちなさい!金の分は仕事しろ!しないなら返せ〜っ!!
・・・はぁ、ギルド『蒼き獣』をブラックリストに追加よ!』
『はい、社長』
遠目からでも分かるほど怒りを露にしている女性は、補佐らしい後ろに控えた男にそう言うと足を踏みならすようにして船へと戻っていく。
「あの人、確かデイドン砦で」
「ああ、あんときの・・・」
「なんだ、メアリーじゃない」
エステルの言葉に思い出したようにユーリも答え、
にあたっては面識があるような口振りだった。
そんな反応にカロルは表情を引き攣らせてユーリと
に振り向く。
「し、知り合いなの?」
「いや、オレは前に一度だけ」
「私は仕事柄ね〜」
カロルの焦りぶりを不思議に思い、今度はユーリがカロルに聞き返す。
「カロルの知り合いか?」
「知り合いって・・・五大ギルドのひとつ、幸福の市場の社長カウフマンだよ」
「つまり、ユニオンの重鎮よ」
レイヴンからの補佐で漸くユーリはカロルの焦り様に納得した。
「ふーん・・・」
「いいこと思いついた!
あの人なら、海渡る船出してくれるかもしれないよ」
先ほどの焦りはどこへ行ったのか、カロルの言葉を受けた一行はその女性の元へと進路を変えた。
ーーNo.89 デズエール大陸へーー
「あら、あなたはユーリ・ローウェル君・・・それに自由な風じゃない。
いいところで会ったわ」
「手配書の効果ってすげえんだな」
「それは良いことじゃないでしょ」
ユーリのおどけた言葉に
は呆れたようにツッコミ返す。
「ねえ、貴方達にピッタリの仕事があるんだけど」
カウフマンから含みのある笑みを向けられたユーリは大方予想がついたのか、面倒そうに聞き返す。
「ってことは荒仕事だな」
「ちょっと、さりげなく私も含めないでよ」
「察しのいい子は好きよ。
聞いてるかもしれないけど、この季節、魚人の群れが船の積み荷を襲うんで大変なの」
手早く説明するカウフマンの言葉を聞いた
は首を傾げる。
「それ、毎回他のギルドに依頼してる、ん・・・じゃぁ・・・あ」
「事情通だと話が早いわ。
そうなの、いつもお願いしてる傭兵団の首領が亡くなったらしくて今は使えないのよ。
他の傭兵団は骨なしばかり、私としては頭の痛い話ね」
「ハハハ〜、ソレハソレハ大変デスネェ〜」
乾いた笑いをカウフマンに返す
の後ろでカロルがレイヴンの裾を引っ張り声を潜める。
(「ねえ、その傭兵団ってもしかしなくても・・・」)
(「紅の絆傭兵団しかないわねえ」)
(「誰かさんが潰しちゃったから」)
(「みんな同罪だろ・・・」)
リタの批判するような言葉にユーリは即座に反論する。
「生憎と今、取り込み中でね。
他を当たってくれ、じゃあな」
「え、ユーリ!船のことお願いするんでしょ?」
「あら、船って?」
カロルの言葉を聞き留めたカウフマンの瞳がキラリと光ったことで
は視線を明後日の方向へと向け、小声で呟いた。
「あ〜ぁ、私しーらないっと」
それを聞き留めたユーリだったが、途中で会話を止める訳にもいかず、すぐにカウフマンに視線を戻す。
「オレ達もギルド作ったんだよ」
「凛々の明星っていうんです!」
「素敵。それじゃ商売のお話ししましょうか。
相互利益は商売の基本。お互いのためになるわ」
「悪いが仕事の最中でな。他の仕事は請けられねえ」
「それなら商売じゃなくて、ギルド同士の協力って事でどう?
それならギルドの信義には反しなくってよ。
うちと仲良くしておくと、色々お得よ〜」
あれよあれよと言う間に話を進めていくカウフマンにカロルはたじろぐ。
「あ・・・うー、えと」
そんなカロルを見兼ねてユーリは観念したように答える。
「分かったよ。けどオレ達はノードポリカに行きたいんだ。
遠回りはごめんだぜ」
「構わないわ。魚人が出るのはこの近海だもの。
こちらとしてはよその港に行けさえすれば、それでいいの。
そしたら、そこからいくらでも船を手配できるから。
さて、これで契約成立かしら?」
あっという間に契約まで持ち込んだカウフマンの手腕を目の当たりにし、リタは困惑したように眉根を寄せる。
「なんか、いいように言いくるめられた気がする」
「さすが天下の幸福の市場、商売上手ってとこだねえ」
「いいんじゃない?これでデズエール大陸に渡れる訳だし」
ジュディスの不服はないという答えに、ユーリとカロルは顔を見合わせるとユーリは諦めたようにカウフマンに向き直る。
「しょうがねぇな」
「素敵!契約成立ね。
あなたの返事はどうかしら?」
ユーリから
に向き直ったカウフマンに、
は肩を竦める。
「私個人に対する依頼なら受けても良いわよ。
報酬はいつも通り天を射る矢経由でよろしくね」
「分かったわ。さ、話はまとまったんだから、仕事してもらうわよ!」
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2008.5.1