突如辺りに響き渡った爆音にダングレストの街は騒然となった。
酒場を出た直後だった
も同様で、すぐさま音の発生源へと駆け出した。
ーーNo.80 橋上の決意ーー
が目にしたのは橋上にいる大きな鳥型の魔物と、兵士の治療に当たっているエステルだった。
橋の手前では飛んでいる魔物をどうにかしようと、騎士団が躍起になって魔術を発動したり弓を引いたりしていた。
しかし、魔物にそんなものは全くと言っていいほど効果はないようで、逆に魔物からの攻撃に騎士団は次々と倒れていく。
それを見た
は舌打ちをつくと、エステルの元へと走り出した。
「っ!
・・・!」
途中、フレンからの制止の声がかかった気がしたがそれに振り返る事はしなかった。
エステルの元に辿り着いた
は魔物から遮るようにエステルの前に立つと振り返ることなく訊ねる。
「エステル!大丈夫?」
「
!?どうしてここに・・・」
「話は後よ!」
はそう言って上空でこちらを見据える魔物を見返した。
ラピードと共に外に出たユーリは騒ぎの元は何かと視線を巡らせた。
「魔物か?」
「ユーリ!」
呼ばれたユーリがカロルに視線を向けようとしたが、その途中で上空に悠然と羽ばたいている大きな魔物に釘付けとなった。
「カロル!ありゃなんだ?知ってっか?」
「ううん、ボクもあんなの見たことないよ・・・降りてくるよ!」
街を攻撃したらしい魔物はゆっくりと橋の上へと高度を下げていった。
ユーリはその橋の手前に踞っていたフレンや騎士団を目に留めると、視線を鋭くした。
「行くぞ、カロル」
「え?あ、待って!」
倒れた騎士団の元へ辿り着きフレンの隣に膝を折ったユーリは、苦痛に顔を歪める旧友に声をかける。
「なんてザマだよ」
「ユーリか・・・頼む、エステリーゼ様と・・・
を・・・」
「ユーリ!あれ!」
カロルの指差す方向に目をやると、エステルが倒れた騎士に治癒術をかけ、それを守るように
が魔物と対峙していた。
と、そこへアレクセイが自身の親衛隊を引き連れ、辺りの惨状に表情が険しくなる。
「騎士団長・・・どうしてここに・・・」
フレンの問いかけに答える事なく、アレクセイは部下へと指示を飛ばす。
「騎士団の精鋭が・・・やむを得ない、か。
ヘラクレスで奴を仕留める!」
部下が走り去ると、入れ替わるようにユーリは橋上の二人の元へと駆け出していった。
「ローウェル君、待ちたまえ!もう手は打った!」
「冗談!エステル達が食われるのを、黙って見てられるか!」
アレクセイの制止など構う事なく、ユーリと後を追ってカロルとラピードが続いた。
橋上ではエステルが
の後ろで傷付いた兵士に治癒術をかけていた。
はこれ以上近付くことを許さないかのように、鋭い眼光を魔物に向ける。
発動が終わったエステルは魔物と目が合い、視線が外れないことに驚いた。
「わたしが・・・狙われてるの?」
その魔物の行動に眉根を寄せた
は口を開きかけ、途中で遮られる。
「一体何をーー」
『忌マワシキ、世界ノ毒ハ消ス』
「人の言葉を・・・あ、あなたは・・・!」
「毒・・・ですって?それはーー」
の言葉はそれ以上続くことはなかった。
突如として辺りには爆煙と衝撃波が発生し、それが直撃した魔物は高い鳴き声を上げると空へと飛び上がった。
そのタイミングを逃すことなく、ユーリ達が駆け寄ってくる。
「ユーリ!」
「無事だな」
合流したユーリがエステルの無事を確認する。
その間にも、辺りに鳴り響く砲撃、魔物の鳴き声は止む気配を見せない。
街の北側、結界の外にあたるところにダングレストの街ほど大きな何かが、空を滑空する魔物に向けて幾多の砲撃の雨を降らせていた。
そんな見たこともない兵器にユーリは眉根を寄せる。
「あれは・・・?」
「ヘラクレス・・・」
それをしているらしいエステルは、その兵器の名前を口にする。
圧倒的な攻撃力を目の当たりにし、
は唇を噛み締めた。
「帝国は何てモノを開発してるの・・・これじゃあ・・・」
「ここにいちゃ危ないよ!」
縦横無尽に空を飛び回る魔物に向けて放たれる砲弾は結界によって街の中に被弾することはないが、
結界の外、ユーリ達がいる橋上では直撃する可能性が高い。
「オレはこのまま街を出て、旅を続ける」
「え?」
騒音の中、ユーリは口早にエステルに話す。
「帝都に戻るってんなら、フレンの所まで走れ。
選ぶのはエステルだ」
橋の向こうには傷付いたフレンが、心配そうにエステルを見つめる。
エステルの後ろには、ユーリ達、一緒に旅を続けた仲間が事の成り行きを見守っていた。
「わたしは・・・」
そう言って口を噤んだエステルは、切迫した状況で自分なりに考えた答えを口にする。
「わたしは旅を続けたいです!」
涙を浮かべてそう答えたエステルにユーリは手を差し出し、エステルはおずおずと自身の手を重ねる。
「そうこなくっちゃな」
片目を瞑ってユーリがそう言った直後、砲弾が橋を直撃しユーリ達とフレンを分断するように崩れ落ちた。
崩壊に巻き込まれぬように、エステルの手をユーリは走り出し、
もカロルを庇うように走り出した。
と、思わぬ人物が居たことでエステルはユーリの手を離し足を止めてしまった。
「ジュディス?危ない事しないで!」
「お前がそれを言うな」
立ち止まったエステルにユーリが走り戻って突っ込むが、ジュディスはいつものペースで言葉を返す。
「心配ないわ。あなた達は先に」
「さぁ早く!」
「あら、強引な子」
何を根拠に心配がないのか不審に思った
だったが、有無を言わさぬエステルがジュディスの手を取り一緒に走り出していった。
砲撃音が鳴り響く中、橋の縁に着き振り返ったユーリ達は、攻撃する事をやめた魔物が飛び去っていく姿を認めた。
「あれ?帰ってく。なんで?」
ヘラクレスという兵器に対し、力が拮抗していたにも関わらず魔物が退いたことに
も不可解な魔物の行動に眉根を寄せた。
しかし、考える時間など与えてもらえず壊れた橋の対岸からフレンの声が響く。
「待つんだ、ユーリ!それにエステリーゼ様も」
肩で息をついているフレンは、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「面倒なのが来ちまったな」
肩を竦めたユーリにエステルは壊れた端に立ち止まり、フレンに叫んだ。
「ごめんなさい、フレン。
わたし、やっぱり帝都には戻れません。学ばなければならない事がまだたくさんあります」
「それは帝都にお戻りになった上でも・・・」
フレンの言葉にエステルははっきりと首を横に振った。
「帝都には、ノール港で苦しむ人々の声は届きませんでした。
自分から歩み寄らなければ何も得られない・・・
それをこの旅で知りました。だから!だから旅を続けます!」
「エステリーゼ様・・・」
尚も引き留めようとするフレンに、ユーリは持っていた水道魔導器の魔核を投げた。
危なげなくそれはフレンの手中に収まると、ユーリは伝言を伝える。
「フレン、その魔核、下町に届けといてくれ!」
「ユーリ!」
ユーリはフレンに答える事なく、言葉を続ける。
「帝都にはしばらく戻れねぇ。
オレ、ギルド始めるわ。ハンクスじいさんや、下町のみんなによろしくな」
その言葉を聞いたカロルは、驚き目を見開いた。
「・・・ギルド、それが君の言っていた君のやり方か」
「ああ、腹は決めた」
「・・・それは構わないが、エステリーゼ様はーー」
「頼んだぜ!」
「ユーリ!」
それ以上答えを返さず、ユーリはフレンに背を向けるとカロルに向かって手を差し出した。
「言うのが逆になっちまったけど、よろしくなカロル」
「うん!」
嬉しそうにカロルはユーリと手を打ち合った。
「さぁ、とっとと街を出ようぜ。
ウダウダしてると騎士どもが追いかけに来ちまうぞ」
「そうするしかないみたいね。
ったく、考える事が山のようにできたっていうのに・・・」
歩き出したユーリにぶちぶちと文句を言う
、他の仲間が後に続いた。
エステルは対岸にいるフレンに深々と一礼すると、ユーリ達の元へと駆け出して行った。
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2008.4.21