ーーNo.79 別れーー
夜が明けた早朝、街の入口は騒がしかった。
騒ぎの元はエステルを迎えに来た評議会とそれらを警護する騎士団が出発の時間を待っているためだった。
そんな大勢を背後にエステルは橋の手前で別れの挨拶をしていた。
「ここでお別れなんてちょっと残念だな」
「今度、お城に遊びに来て下さい」
寂しさを滲ませた声音でエステルはカロルにできるだけにこやかに微笑む。
「ガキんちょ、ほんとに行くわよ」
エステルの言葉にリタがそう言ってカロルの方を見やると驚いた視線がリタに返ってきた。
「え、行っちゃダメなの?」
「はぁ・・・バカっぽい・・・」
リタが呆れ顔となり明後日の方向を見やる。
「だって友好協定が結ばれたら、ギルドの人間も帝都に入りやすくなるでしょ」
「そうですね」
3人で話をしている後ろから、エステルに評議会の男から声がかかる。
「姫様、そろそろ」
「あ、はい。ラゴウの件はわたしからもお願いしてみます。
正当な処罰を下せるように」
「姫様、そのことなんですが・・・」
「はい?」
エステルが振り向くと評議会の男は暫く言葉を濁してからようやく口を開いた。
「・・・ええと。ラゴウ様は昨夜から行方不明なのです。
詳しくはまだわかりません・・・今も足取りを追っている途中なものでして・・・」
「どういうことなの・・・」
訳が分からない、と困惑するエステルにリタはつまらなそうに呟く。
「びびって逃げたかな。
さて、あたしも行こうかな。エアルクレーネってのを色々調べて回りたいし」
その場で背伸びをしたリタは、エステルに背を向け歩き出すと不意に立ち止まった。
そして、必死に平成を装うようにエステルに振り返らず口を開く。
「調査が済んだら、あたしも、帝都に・・・い、行くから」
リタから聞いた言葉にエステルは走り寄り、嬉しそうに両手でリタの手を握り返した。
「はい、楽しみにしています」
「じゃ、じゃあね!」
若干顔を染めたリタは言葉少なにその場を走り去って行った。
リタの後ろ姿を見送ったエステルは、カロルに視線を戻す。
「・・・カロルはこれからどうするんです?」
「ボクはギルドを、ユーリと一緒に作りたいな・・・」
俯き気味に行ったカロルにエステルは表情晴れやかに両手を打ち鳴らした。
「それ、良い考えだと思います」
「姫様・・・」
「ごめんなさい。もう行きます」
再度、咎められるように声がかかり、エステルはその場を後にしようとする。
そんなエステルを引き留めるように、カロルが再び声をかける。
「あ、
とユーリ呼ばなくても・・・いいの?」
「
からは仕事ができたからと手紙をもらいました。
ユーリは・・・まだ休んでるみたいですし」
「そう・・・」
それ以上引き留める言葉が見つからないカロルについエステルは別れの言葉を口にする。
「では、ここで・・・」
「うん、また会えるといいね」
時同じくして、天を射る矢の酒場。
朝の時間帯には店内に人影はない。
静まり返った酒場の隣、来客用に作られた執務室にドンと
がいた。
「悪ぃな、こんな朝から」
椅子にその巨漢を収めたドンが、
には聞き慣れたドラ声を向ける。
対する
は来客用のソファーに深く座ったまま、視線をドンへと向けていた。
「仕事でしょ?気にしないで、それよりどういった仕事なの?」
昨夜は遅くまでヨーデルと協定に向けて話し合いをしていたということを聞いた。
幾分疲れているようなドンに気遣わしげに視線を向けていたが、ドンはそんなもの不要だとばかりに用件を伝える。
「おめぇと一緒に旅してた娘っ子だがな、暫く様子を見ててもらえねぇか?」
「・・・監視、ってこと?」
あまり気が進まない、そんな
の言外の問いに答える事なくドンは話を続ける。
「協定の話は知ってるだろ。あの殿下はあくまでも皇帝候補の一人。
もう一人の状況に目を配っておくに越したこたぁねぇ。
まぁ、一つの保険みたいなもんだ」
「まぁ、そうね。
じゃあこのまま帝都まで張り付きかぁ〜」
ソファーから立ち上がった
は出口に向かうと、その背中に向かってドンは言葉をかける。
「すまねぇな。
おめぇがあそこに行きたくない気持ちは察するんだが・・・」
そんな気遣いを嬉しく思った
はくるりと振り返ると微笑を浮かべる。
「ありがと。
でもこれは仕事なんだから、その辺の気持ちの区切りくらいつけるわよ」
「そうか」
「あと、探し物の件だけど・・・」
「どうした?」
「・・・ドンのことは信用してる。
結局、それも保険だっていうのも理解したからその件も引き受けたけど・・・私は、進んで集めるのもどうかと思う」
「だからって指咥えて傍観してるのも性に合わねぇ。
手元に集まったら、馴染みにどうにかしてもらえば事は足りる」
「ま、そこに関しては異論はないけど」
そこまで言った
は小さく息を吐く。
「ごめんなさい、決まった話にごちゃごちゃと言っても仕方ないわね」
「お前にとっちゃ、それだけ大事な話だろ。
納得できるまでいくらでも付き合ってやる」
「ええ、ありがとう。じゃ、行ってくるわ」
お土産買ってくるから、と
は告げるとそのまま酒場を出て行った。
エステルが馬車に乗り込むのを見送ったカロルは、ユーリがいる部屋を叩いた。
「ユーリ?起きてる?」
扉を開けると、ユーリは入口に背を向けてまだ寝ているようだった。
そのベッドの下では、ラピードがおとがいに顎を乗せ丸くなって休んでいた。
カロルは休んでいるユーリに構わずその背中に声をかける。
「エステルもリタも、行っちゃった」
「そっか」
寝ていたわけではないはっきりとした返答に、カロルは急かすように言葉を投げる。
「今追えば、まだ間に合うかもしれないよ」
「その気になりゃ、いつだって会えるさ」
追いかけるつもりはない、というユーリの言葉にカロルは怒りを滲ませた。
「ユーリのバカ!もう知らない!」
バダンッ!と荒々しく閉められた扉に視線を向ける事なく、ユーリはポツリと呟いた。
「行っても帰りづらくするだけだっての・・・」
その呟きが静寂に消えた直後、辺りに耳を覆うような爆音が轟いた。
その音にラピードは飛び起き、音の方角へと視線を向ける。
「なんだ!?」
ユーリも何事かと飛び起きると、ラピードと共に外へ駆け出していった。
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2008.4.20