ーーNo.78 復讐と正義とーー
の後を追い、着いたそこは天を射る矢の酒場だった。
手近の席に座ると、ユーリもそれにならい互いに向き合って座る事となった。
口を開こうとしたユーリだったが、
に視線をで制される。
直後、酒場の主人らしい男が飲み物を持ち、テーブル近くへとやってきた。
「よう、
。暫くだったな」
「こんばんわ、マスター。元気そうで何より」
陽気に話しかけてきた主人ににこやかに
は返し、ユーリと
の前にグラス置かれる。
「はっはっは〜、それくらいしか取り柄がないからな。
にして、
も隅に置けんな。いつのまにこんなにーちゃん見つけたんだ?」
からかいに動じることなく切り返す。
「ありがと、そのカッコイイお兄さんとこれから大事な話があるから邪魔しないでね」
あいよ、と応じるマスターを見送ると、
はユーリへと視線を戻した。
「ごめんなさい、ここのマスターには良くしてもらっててね」
「別にいいぜ。いきなり物騒な話を聞かれても困るしな」
「そうね・・・」
そう言った
は沈黙し、二人の間になんとも気不味い雰囲気が流れる。
それを破るようにユーリは重い口を開いた。
「で?どうしてお前があそこにいた?
お前がラゴウを手にかける理由が分かんねえんだけど・・・」
「・・・それは・・・」
俯いてしまった
に、ユーリは椅子に片膝を立て背もたれに寄り掛かりながら短く息をつく。
「まぁ、言いたくなければそれでいいけど」
そう言ったユーリに
は顔を上げると、視線は合せずテーブルを見つめたまま組んだ手に顎を乗せる。
「外での話、全部聞いてた?」
「いや、お前が剣を振り上げたのを見て飛び出して行っただけだぜ」
「そっか・・・私ね、ダングレストの出身じゃないの」
「そうなのか」
初めて聞いた話にユーリは僅かに目を開いた。
それに頷いた
は続ける。
「元々は帝都出身だったの。
けど10年前、ある謀略を受けて私の大切な人達が殺された。
その家にいた、全て・・・」
「・・・」
「それもあって、私は帝都を捨てたの。
各地を渡り歩いて、友人の紹介でドンに拾ってもらって今に至るってわけ・・・」
淡々と話し続ける
の表情には苦しみや悲しみが見えない。
それが隠してるだけか、本当にそんな思いがないのか、ユーリには分からなかった。
「で、ラゴウとの関係ね。
その謀をしたのに噛んでいたのがラゴウだったのよ。
私は10年前からそのことについても、帝国がやってきたいろんな事を憎んでいたから、
見つけ出したら必ず償わせてやるって思ってたの」
「そうか・・・」
話し終えた
は長く嘆息すると、組んだ手をテーブルに置き外していた視線をユーリに戻した。
「ごめんなさい、隠すつもりはなかったんだけど・・・
こんな身の上話、気安く人に聞かせるものじゃなかったから」
「いや、立ち入ったことを聞いて悪かったな」
「私が勝手に話したのよ。気にしないで」
苦笑を浮かべた
は今度はユーリに聞き返す。
「次は私の番で良いかしら?
ユーリはどうしてあそこにいたの?
ラゴウがどういう手を使ったかは知ってるけど、まさかそれが動機かしら?」
「あながちハズレじゃないな。
オレはあいつのしたことを許すつもりはねえ、裁くための帝国の法がラゴウを逃した。
悪人を裁く法がないなら、オレは・・・」
その続きを噤んだユーリに、
は責める事なくゆっくりと言葉を紡ぐ。
「確かにそれによってきっと救われてる人は大勢いるわね。
非道なことやってきたんだから・・・
でも、そのユーリの『正義』とやらは、貫けば今の帝国の法で犯罪者になる。
それは分かってたわよね?」
「知ってるよ。その上で決めたんだ」
ユーリの揺らぐ事のない瞳に
は困ったものだと嘆息した。
「なら、いずれフレンと対立する事になるわ」
「ああ、分かってる。
言ったろ、腹は決めた」
そう言ったユーリの表情は毅然としていた。
たとえ自身の行為が褒められようと罵られようとこれが自身の選んだ道だ、と強い意志を秘めたものだった。
その様子に
は何度目か分からないため息を吐いた。
「本当はね、いなくなった人の為に仇を討つ復讐は無意味だって事は分かってたのよ。
そんなの、ただの自己満足に過ぎないし、後に残るのは虚しさだけ。
そう、分かってたのにね・・・」
「後悔してるのか?」
独り言のように呟く
にユーリは訊ねた。
返ってきたのははっきりとした否。
「いいえ、自分で選んだことだもの。
ただ・・・私はこの罪架を背負っていくんだなって思っただけ」
返された重い言葉にユーリは何も言えない。
そんなユーリに
は話題を変えた。
「私がこんなこと言えた義理ないけど、ユーリは同じ道、歩かないでね。
・・・もし、そうなることが・・・ないことを祈るけど、万が一あったなら私は止めるわよ」
「止めるって・・・どうやってだよ」
眉を寄せるユーリに
はう〜ん、と考え込む。
考えてなかったのかよ、と突っ込もうとした時、腕を組んでいた
は顔を上げた。
「これでどうよ?
誰もを魅了する、スペシャルスマーイル♪」
そう言った
は完璧と言うほどの笑みをたたえ、両頬に人差し指を当て僅かに首を傾げた。
先ほどの重苦しい話からの変わりようにユーリは何とコメントしたらいいのか迷った。
ユーリから反論がないことに
は笑みを引っ込めると不機嫌そうに腕を組んだ。
「・・・私のこと、バカにしたでしょ?
いいわ、ユーリを止めるのはやっぱり実力行使に変更」
「は?別にバカになんかしてねえって。
自分で『魅了する』っていう辺りはイタイと思ったけど・・・」
「ふ〜ん、残念な奴だと思ったわけだ」
は目を細めてユーリを見返す。
対するユーリはこれから起こるだろう舌戦に変な汗が浮かぶ。
「・・・ぷっ!あははは!なんて顔してるのよ!」
耐えきれなくなった
が吹き出しテーブルの上に突っ伏した。
肩が揺れる所を見ると、必死に堪えようとしているようだが・・・
「おい・・・」
「ご、ごめ・・・くくくっ、反応が可笑しくて・・・」
笑い過ぎて目尻にたまった涙を指で払うと、咳払いした
は立ち上がった。
「さて、もう戻りましょう。
今回の仕事は終わったけど、ドンからまた別な仕事頼まれるみたいだから」
そう言った
はユーリに手を差し出した。
「今回の旅は助かったわ。
今度はユーリがダングレストに遊びに来てね」
「ああ、お互いな」
握り交わした手を離すと、ユーリと
は別れの言葉は交わさず、
それぞれの戻る場所へ帰っていった。
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2008.4.20