ーーNo.77 犯した罪ーー
夜もすっかり更けた深夜。
時間もさることながら街の入口近くは川のせせらぎが聞こえるだけで、静寂に支配されていた。
その外と街とを繋ぐ石橋の上、僅かな月明かりによって一つの影があった。
影は口元だけ見える仮面で顔を隠しフードで全身を覆った怪し気な人物で、街を背に歩いてくる人に頭を下げていた。
「お待ちしておりました、ラゴウ様。
あちらに馬車を用意しております」
「手早く頼みますよ、オルクス。すぐ帝都に戻らねばならんのですから」
「はっ」
声からして男らしいその人物は、歩き出したラゴウの後ろに付き従った。
馬車に向かいながら、ラゴウは髭を撫でながら憎らしげに呟く。
「アレクセイがいないと思ってハメを外し過ぎましたか・・・
フレン・シーフォか、生意気な騎士の小僧め。
この恨み、忘れませんよ。評議会の力で、必ず厳罰を下してやります」
唇を三日月にしたその時、その場の空気を凍てつかせるような凛とした声が響いた。
「残念だけどそれはできそうもないわね」
「何・・・!?」
「ぐっ・・・ぁ!」
ラゴウが振り返ると、付き従っていた男の体から突き出た白刃が、月明かりに煌めいていた。
「あんな奴に仕えて運が悪かったわね。
目撃者は消えてもらう」
それを持っていた
が付き人の耳元でそう呟くと剣を引き抜いた。
よろよろと数歩足を引き摺った男は、苦し気な喘鳴を吐き出すと視線だけを
に向け、引き攣った嗤い声をあげた。
「がっ・・・くくくっ、良い仕事するなぁ・・・また会おう・・・」
「何を・・・?」
仮面の男の不可解な言葉に眉を寄せた
だったが、その男は橋の上から川へと転落した。
それを見送った
は刀身に付いた血糊を振り落とすと、ラゴウに視線を向けた。
「あ、あなたは・・・」
「貴方には聞きたいことがある。
10年前、ある貴族一家の暗殺を企てたことに関与してたわね」
ラゴウを遮り
は言い逃れなど許さぬ、と言葉に滲ませ言い放つ。
「な、何かと思えば、そんな大昔の事など・・・」
「この状況でシラを切るなて賢くない選択ね。
ま、もう調べはついているけど」
「わ、私は関係ない!補佐官は自滅しーー」
「なるほど。貴族様の正体は噂になってた補佐官、ってわけね」
「!」
嵌められた事によやく気付いたラゴウに
はゆっくりと近付いた。
「私に手を下す気ですか!?私は評議会の人間ですよ!」
「だから簡単に捻り潰せるからやめておけって?
そんなので怯むと思ったら大間違いよ」
呆れ返り、さらに近付いた
は長剣を握り直す。
「ひっ、や、やめろ!」
「10年前に殺されたその一族も同じ言葉を言っていたのよ。
自分勝手な都合で手を下したあなたはその悲痛な声を聞いていなかったでしょ?
今受けているこの状況だけでその報いが済むと思わないでよね・・・」
射程距離に入った
はひたとラゴウを睨みつける。
恐怖に呑まれたラゴウは後ずさり、その顔色は真っ青だ。
そんな中、
の脇に差された鞘に目がいったラゴウは瞠目し、
の顔をまじまじと見つめた。
「ま、まさか!あなたはあの一族のーー」
「貴方の罪は死を以て償ってもらう」
「ひぃぃ、く、来るなぁ!」
は振り上げ、踵を返して逃げだそうとしているラゴウの背中にそれを振り下ろそうとした。
が、それより早く黒い影が横切り、剣跡が光の筋を描き闇に消えていった。
思わぬ人物の登場に
は目を見張った。
「法や評議会がお前を許しても、オレはお前を許さねえ」
「ぐっ・・・あと少しで、宙の戒典を・・・がふっ」
今際の呟きを残し、ラゴウは水の跳ねる音へと変わった。
それが鳴り止むと、辺りには再び静寂に包み込まれる。
「・・・どうして・・・」
静寂を破り、
が割り込んできた人物に狼狽えた。
「それはこっちのセリフだ。
お前、何ガラでもないことやってんだよ」
「・・・ここは目立つわ、場所を変えましょう」
割り込んで来た人物、ユーリの問いに答える事なく、
は剣を収めた。
そして場所を変えるため、喧騒が響く街中へと歩き出していった。
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2008.4.19