と別れたユーリは宿のベッドで久しぶりの快眠を満喫しようとしていた。
まどろみに落ちようとしたちょうどその時、部屋のドアが乱暴に開けられ次いで静寂を割く足音が響く。
「大変だよ!ユーリ!」
「ゆっくり寝かせろって・・・」
起き上がって欠伸をかみ殺したユーリは、眠りの邪魔をしたカロルに視線を向ける。
そんなユーリとは対照的にカロルは目に見えて興奮していた。
「ラゴウが、ラゴウが!」
「ラゴウがどうしたって?」
落ち着かせるように、ゆっくり復唱してその先の続きを待つ。
「評議会の立場を利用して、罪を軽くしたんだって!
少し地位が低くなるだけで済まされるみたい!
ひどいことしてたのに!」
カロルの言葉に眠気など吹っ飛び、視線を鋭くしたユーリがカロルに歩み寄る。
「面白くねえ冗談だな」
「冗談じゃなくて、ほんとなんだよ!」
「これが今の帝国のルールか。ったく、ホントに面白くねえ」
低い声で吐き捨てるユーリにカロルは俯き視線を足下へ向ける。
「どうしよう、ユーリ」
「さて・・・な」
考え込んだユーリに、カロルはさらに続ける。
「ちゃんとした罰も受けないなんて、こんなの絶対おかしいよ。
そうだ!エステルに言えば、なんとかなるかもしれない!」
良い考えだとばかりにカロルはそのままユーリに背を向けて走り出していった。
「おい、あんまお姫様に迷惑かけんじゃねえぞ」
聞こえているのかどうか怪しいものだったがユーリは声をあげた。
それに応じる答えはやはり返ってこなかったが、引き留めたとしても無駄か、と思い直した。
カロルが居なくなると、ユーリの口から苛立ちがこぼれた。
「ったく、なにやってんだよ、フレン。
あいつ・・・駐屯地のテントにいるかな・・・」
重い溜め息をついたユーリはフレンがいるだろう駐屯地に向かって部屋を出て行った。
ーーNo.76 固めた覚悟、貫く正義、果たす宿願ーー
夜も深まり寝静まった駐屯地に着いたユーリは、フレンがいるテントに近付いた。
あと数歩で入口に着くその時、テントの中から声が上がった。
「ノックぐらいしたらどうだい?」
フレンの声に苦笑をこぼしたユーリは、テントの外側を一応ノックする形を取った。
「来るの、分かってたろ」
そう声をかけたユーリは、中から出てきたフレンの格好を見、目を見張った。
「!お前、その格好」
「本日付けで隊長に就任した」
「フレン隊の誕生か。また差つけられたな」
「そう思うなら、騎士団に戻ってくればいい。ユーリならーー」
続きを遮るようにユーリは片手を上げて制する。
「オレの話はいいんだよ。隊長就任、おめでとさん」
視線を外して述べられた祝いの言葉に続きを諦めたフレンは礼を返した。
「ありがとう。僕を祝うために来たわけじゃないだろう?」
「ああ」
「ラゴウの件だな」
無言でユーリは頷く。
「ノール港の私物化、バルボスと結託しての反逆行為、加えて街の人々からの掠奪、気に入らないという理由だけで部下にさえ、手にかけた。
殺した人々は魔物のエサか、商品にして、死体を欲しがる人々に売り飛ばして金にした」
「外道め・・・」
フレンから聞かされた卑劣な行為の数々にユーリは嫌悪感を露わにする。
「これだけのことをしておいて、罪に問われないなんて・・・
思っていた以上だった、評議会の権力は・・・
隊長に就任して、少しは目的に近付いたつもりだった。
だが、ラゴウ一人裁けないのが僕の現実だ」
「・・・終わったわけじゃないだろ?それを変えるために、もっと上に行くんだろ」
自身の無力さに打ちひしがれ、震える拳を見つめているフレンはユーリは奮い立たせる。
「そうだ。だが、その間にも多くの人が苦しめられる。
理不尽に・・・それを思うと・・・」
「短気起こして、ラゴウを殴ったりするなよ?出世が水の泡だ」
「くっ・・・」
無言になったフレンにおどけていたユーリは表情を引き締めた。
「お前はラゴウより上に行け。そして・・・」
「ああ。万人が等しく扱われる法秩序を築いてみせる、必ず」
「それでいい。オレも・・・オレのやり方でやるさ」
決意を新たにしたフレンの言葉を聞いたユーリは踵を返した。
そんなユーリに違和感を覚えたフレンは首を傾げる。
「ユーリ?」
立ち止まったユーリは振り返ることなくフレンに問いかける。
「法で裁けない悪党・・・お前ならどう裁く?」
ユーリの言葉にフレンは考え込む。
暫くしてようやく口を開いた。
「・・・まだ僕にはわからない」
その答えを背中で聞いたユーリは、そのまま立ち去った。
レイヴンからの情報を聞いたは、どこに行くこともせず自室に籠っていた。
ドアを隔てた廊下からは何事か騒ぎが起きているようで騒がしい。
しかし、はベッドの上で膝を引き寄せ、それに頭を乗せたまま動こうとしない。
(「・・・私は・・・」)
聞かされた言葉が頭の中で木霊していた。
『10年前、帝都で貴族の一家が惨殺された事件。
大々的には賊によるものって言われてたけどね、裏じゃ当時の評議会の一部メンバーが絡んでいたみたいだ』
今でも思い出すあの優しい笑顔、幸せな思い出、変わる事なく永遠に続くと思っていた日常。
『病弱だった皇帝の心労を重ねた上、執って替わろうとするなど極刑に値するーってな訳で屋敷の全員が、らしいわ』
その後訪れた凄惨な悲劇、屋敷内のおびただしい血痕跡、流れる根も葉もない噂。
『なんでもその貴族の娘が皇帝を暗殺しようとしたとか・・・
それは一族ぐるみの計画だと密告があって露呈した』
はさらに膝を強く抱きかかえ、肩を震わせた。
(「間違ってることは分かってる。
そんなことしても、誰かが戻ってくる訳じゃない。
・・・けど、許すことなんて・・・できるわけ、ない」)
ゆっくりと顔を上げたは、ぼんやりとどこを見るでもなく視線を漂わせた。
その顔には困惑、悲しみ、どうしたら良いのか分からない苛立ち・・・
様々な感情が渦巻いていた。
どれほど経っただろうか、廊下から聞こえた騒ぎの内容にはっとしたは耳をそばだてた。
『・・・やら、評議会・・・を使ったらしいぜ』
『けっ、帝国のお偉・・・りそうなこった』
『結局、自分達の都合の良いようにしか・・・』
『・・・ゴウの野郎は・・・帰るってわけか』
『あんな・・・同盟組むとは・・・ドンはどう・・・』
途切れ途切れに聞こえてくる内容からして、ラゴウは評議会の権力を笠に拘束を解かせたのだろう。
静かな怒りが込み上げ、の瞳に暗い光が灯った。
(「そう・・・自身の行いに贖罪の気持ちなんて持ち合わせていないのね・・・」)
は立ち上がると、衣装箱の一番下に隠すように置かれていた長剣を手に取った。
その外観はシンプルながら人目を引きつける意匠が施され、柄にも同じように施されていた。
鞘から剣を引き抜くと、薄暗い室内に刀身が淡い光を放つ。
「その道が人として外れることになっても・・・必ず償わせる。
これが、私自身のエゴだとしても・・・」
呟いたはその場で剣を振るう。
双剣とは違う、懐かしい感覚が蘇ってきた。
振るう度に空気を割く、唸る音が追いかけるように跡に続く。
何度か振るって腕が鈍っていないことを確認したは、それを脇に差し部屋を出て行った。
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2008.4.17