ーーNo.71 聳える楼閣ーー
ダングレストから北西、一体が砂地となっているそこに、いつから発生したのか分からない竜巻が常に渦巻いていた。
バルボスが逃げた方向からして、その竜巻が怪しいと踏んでいた
だったが、
それが視界にはいるとすでにそこは竜巻などなかった。
代わりに現れたのは年月を重ねた外観、暗い外壁、空へ向かって伸びる楼閣だった。
近付いてみると、入口らしい所に紅の絆傭兵団が守りを固めていた。
「これでビンゴね、バルボスはこの中よ」
「ユーリ、大丈夫かな・・・」
「大丈夫ですよ。ユーリは強いですから」
カロルの不安を和らげようとエステルは微笑む。
しかし、入口を固める紅の絆傭兵団の人数を目にし、瞳に不安が刺す。
そんな状況でも、レイヴンは焦る事なく構える。
「あ〜あ、俺様、囚われの青年じゃなくて美女が良かったんだけどな〜」
「来たわよ!」
レイヴンに応じる事なく、
はこちらに気付いたギルド員が走り寄ってきたことで声を上げる。
次々に襲いかかってくる紅の絆傭兵団だったが、大したことはなく
達はどんどん打ち倒していく。
正面の入口は内側から鍵がかけられているらしく、開けることができなかったため
達は梯子を伝って2階へと進んだ。
それでも敵の応酬があったが、誰一人して
達に敵う者はいなかった。
「はい、これで最後!」
リタの魔術で最後の敵が倒れると、辺りには気絶した男達が転がっていた。
そこへ、囚われていたはずだったユーリが扉から顔を出した。
「お、やってるな」
「ユーリ!」
いつもと変わらない姿に安心したのか、エステルが走り寄りユーリの体にケガはないかとくまなく調べ始める。
「おわっと・・・ちょっと、離れろって・・・」
「だいじょうぶですか!?ケガはしてません?」
「ヒューゥ、見せつけてくれちゃって〜。お子様の前よ〜」
エステルとユーリが行っているのは、いわゆるボディタッチという名のスキンシップというやつで・・・
壁に寄り掛かっていた
はその光景にユーリをからかった。
「バカ言ってんなよ。エステルも心配し過ぎ、なんともないって」
そんな
に半眼を向けたユーリは、至近距離にいたエステルの肩に手を置き、距離を作る。
やっと安心したエステルは肩の力を抜き、柔らかい微笑みを浮かべる。
それに苦笑を返したユーリは、周りにいる
達に呆れた声を上げる。
「お前らも・・・おとなしくしてろって言ったのに」
「一応、私は止めたんだからね」
「だって、みんなユーリのことが心配で!」
「ちょっと、別にあたしは心配なんてしてないわよ」
弁解をする
の隣で、カロルの言葉に反論するようにリタが拳を上げる。
「おっさんも心配で心配で」
レイヴンは頭を振りながらいかにも心配してました、というような態度を取る。
が、ユーリは胡散臭そうにレイヴンを見やる。
「嘘つけ、そもそもおっさん、何普通になじんでんだ?」
「それが、聞いてくれよ。
ドンがバルボスなんぞに舐められちゃいけねぇとか言い出して、いい迷惑よ」
「私がいるから来なくていいって言ったのに・・・」
一緒にいる事情を説明するレイヴンの後ろで、
は腕を組み不機嫌丸出しで呟く。
そんな
に視線を移したユーリは予想はしていても聞かずにいられなかった。
「そもそも、お前達どこから入ってきたんだよ」
「正面入口の梯子から、だけど?何か問題?」
「問題だろ・・・そういう不法侵入って言うんじゃないのか?」
「しょうがないじゃん、表の扉が閉まってんだから」
「そうよそうよ、しょーがないのよ。
それに今更そんなこと言われてもねぇ」
「だからってなあ・・・」
尚も言い募ろうとしたユーリだったが、後ろから見知らぬ女性が出てきたことで
はそちらに視線を送る。
「・・・だ、誰だ!そのクリティアっ娘は?どこの姫様だ!?」
「おっさん、食いつき過ぎ」
だが確かにレイヴンが食いつきそうな出で立ちであることは確かだった。
際どい服装から見える艶かしい肌は目の毒、というか目のやり場に困ってしまう。
一人あからさまな反応をするレイヴンにリタは呆れ、その他のメンバーも冷めた視線を送る。
「オレと一緒に捕まってたジュディス」
「こんにちは」
ユーリから紹介を受けたジュディスはにこやかに挨拶を返す。
「ボク、カロル」
「エステリーゼって言います」
「リタ・モルディオ」
「
よ。
でいいから」
「そして俺様ーー」
「おっさん」
「浮浪者」
「レイヴン!レ・イ・ヴ・ン!!」
二人の言葉を全力で否定するかのように、レイヴンはリタと
に向かって一文字ずつ区切って強調する。
そんなレイヴンを完全無視しているリタと、うるさーいとばかりに耳を塞いでいる
。
必死なレイヴンをみたカロルは一番年齢が離れているにも関わらず、辛いコメントを呟く。
「そういう言い方をする人って信用できない人多いよね」
「なーんか、俺様の扱いヒドすぎ・・・納得いかないわ」
「ま、いいんじゃねえの。とりあえず」
ユーリの言葉に全然良くない、とばかりにレイヴンの視線が突き刺さる。
しかし、そんなやりとりがジュディスには可笑しかったらしく笑いが漏れる。
「ウフフ・・・愉快な人達」
「おお?なんだか好印象!?」
その様子に凹んでいたレイヴンはすぐに機嫌を持ち直し、軽やかに宙返りを見せジュディスに親指を立ててみせる。
ジュディスは感心したように微笑を浮かべ、さらにレイヴンを上機嫌にさせた。
あまりにも現金な行動にリタはさらに呆れかえった。
「バカっぽい・・・」
「『っぽい』じゃなくてバカなのよ」
レイヴンに聞こえることも気にせず、
もリタに同意する。
紹介が一区切りついたところで、エステルがジュディスに訊ねる。
「ジュディス、あなたはここへ何しに来てたんですか?」
「私は魔導器を見に来たのよ」
「わざわざこんなところへ?どうして?」
リタの疑問も尤もだと、
もジュディスの答えの続きを待った。
「私はーー」
「ふらふら研究の旅してたら、捕まったんだとさ」
その答えを遮るようにユーリが代わりに答えた。
はその行動に目を細めたが、それ以上の追及はその場ですることはなかった。
「ふ〜ん、研究熱心なクリティア人らしいわ」
リタの解釈にジュディスは苦笑を浮かべるに留めた。
「水道魔導器の魔核は取り返せたんですか?」
「残念ながらな」
「じゃあ、この塔のどこかにあるのかなあ・・・」
カロルが高い塔を眺めながら言った。
自分達より何倍も大きいそれに、小さな魔核を探さねばならないということに表情が曇る。
「何、バルボスのやつ捕まえて聞きゃいいさ」
「じゃ、行くわよ」
ユーリの言葉に納得したリタが歩き出し他の仲間も一緒に塔の中へと入っていった。
しかし、いつまで経っても歩き出すことをしないレイヴンに気付いたユーリは振り返る。
「どうした、おっさん?」
「あ、いや・・・こんな立派な塔に住んでたら、自慢できるだろうなあと思ってね」
組んだ手を後頭部に当て、塔を眺めながら言ったレイヴンは呟く。
その答えに大して興味ないと素っ気ない返事を返す。
「ふーん・・・ラピード、行こうぜ。
ついでにおっさんも」
「俺の方がついでかよ」
ユーリとラピードが扉に消えていったのを確認すると、レイヴンは誰もいないはずのその空間で呟く。
「・・・いい歳して、かくれんぼ?ちょっと顔出してもいいんじゃないの?」
そう言ったレイヴンの後ろに、気配を潜めていたデュークが現れた。
返事が返らなかったことで、レイヴンは顎を撫でながらさらに言葉を続ける。
「若者が頑張ってんだ。ちっとは手、貸してくれよ」
「もしその必要があればそうする。
今は必要と感じない」
素っ気なく応じるデュークに、レイヴンはお手上げだ、とばかりに肩を竦める。
「またまた〜、あんたにも目的があるのは分かるけどさ」
「・・・貴様の道化に付き合っている暇はない」
「ホント、ひどいお言葉」
突き返された言葉に、反論するでもなくレイヴンは乾いた笑みを浮かべる。
デュークはこれ以上話はないとばかりに呟きを残して立ち去った。
「人の世にも、興味はない・・・」
ユーリ達に遅れてレイヴンも塔内へ入ると、腕を組み壁に寄り掛かっている
が出迎えた。
「お?俺様を出迎えてくれるなんて、愛されてるな〜」
「・・・遅れての登場には、何か企みでもあるのかしら?」
軽口を叩くレイヴンに応じる事なく、
は鋭い視線を外さない。
その様子に幾分たじろいだレイヴンは多少真面目な態度になる。
「な、何よ、随分トゲトゲしいわね・・・」
「まだケーブ・モックから帰ってきた時のこと聞かせてもらってないんだけど?」
からの問いかけに、組んだ手を後頭部に当てたままレイヴンの視線は明後日の方向を向く。
「ん〜?そうだっけ?」
「ドンにも隠れて秘密のアルバイト?
私の質問に答えられないなら、勝手に疑わせてもらうけど?」
「そんなことないわよ〜、何しろ心底お前に惚れてるからね〜。
何でも教えちゃうわ」
「じゃぁ話してくれる。今すぐ」
結論を求める
にレイヴンは困ったように頬を掻く。
「せっかちさんだね〜、今はバルボス何とかするのが先でしょ」
「何で・・・!」
声を荒げた
の唇に指を当て、静かにするようにと仕草で示す。
「目の前のことから片付けないと、足を掬われちゃうわよ。
『二兎を追う者は一兎をも得ず』って教えたでしょ」
「・・・分かったわよ」
当てられた手を払い除け、納得してないから、という雰囲気を全身から出しながら
は先に行ったユーリ達を追いかけた。
そんな
の様子に苦笑を零していたレイヴンも後に続いた。
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2008.4.13