竜使いの背に乗って着いた場所は巨大な竜巻が渦巻いているところだった。
竜使いの魔物は竜巻の目の中心に上空から飛び込むと、建物の屋上らしいところに設置された魔導器に
炎を吐きかけた。
魔導器はその攻撃によって火花を散らし、軋む音を出しそれは止まった。
そして魔導器が止まった事によって、塔の周りに渦巻いていた竜巻は霧散していった。
ーーNo.70 鎧下の素顔ーー
「あの竜巻、こいつの仕業か」
竜使いの魔物の背中から飛び降りたユーリは壊れた魔導器を見てひとりごちた。そして、扉から出
てきた隻眼の大男に視線を向ける。
「邪魔してるぜ」
「貴様・・・魔導器を壊しおって!」
オレじゃねぇっての、と思ったユーリだったが弁解したところで無意味かと思い口を噤む。
バルボスは憎らし気に歯軋りをみせ、対するユーリは余裕を見せていた。
が、そんなユーリの前に頭上から竜使いが落ちてきた。
「おい、大丈夫か!?」
駆け寄ろうとしたユーリだったが、階下から連続した火の玉が飛んできた事でそっちに注意を移した。
そこにはバルボスの部下が兵装魔導器を竜使いの魔物に向けて発射の準備をしているとこ
ろだっ
た。
「なろう!」
ユーリはそこからバルボスの部下がいる階下に飛び降りると、剣を一閃させ敵を蹴散らせた。
周りに敵がいないことを確認したユーリが上空に目を向けると、竜使いの魔物が感謝の意を示すように高い鳴き声を上げてユーリの頭上を泳いでいった。
「あとは貴様だ」
魔導器を使ったバルボスが飛んでくると、射殺すような眼光をユーリに向ける。
それに臆する事なく、ユーリは剣を肩に預け軽口を叩く。
「な〜に、こっからだ」
「ふん、小僧ごとき下っ端どもで十分だ!嬲り殺しだ!」
バルボスの声でユーリは紅の絆傭兵団のギルド員数十人に取り囲まれた。
普通なら怯むであろうその状況にも関わらず、ユーリは素早い動きと巧みなジャグリングのような奇抜な剣戟で次々と倒していく。
最後の敵を床に沈めると、始めと同じように軽口をバルボスに向ける。
「もう終わりか?」
「身の程を知れ!」
そう言ったバルボスは自身の魔導器でユーリの剣をその手から弾き飛ばした。
「あらら・・・便利な剣持ってんな」
「負けたのは剣のせいだと言いたいわけか?」
「そりゃ、あんたがどう思うかだ」
ユーリの態度にバルボスは苛立たしそうに吐き捨てる。
「今は減らず口聞いてろ。
後で惨めたらしい死を与えてやる」
後ろに剣を突きつけられたまま、ユーリは牢へと連行されていった。
「しばらく大人しくしてろ!」
「なんだよ・・・」
横柄な看守らしい男に負けじと鋭い視線を送る。
そんな中、同じく投獄されているらしい老人が看守に詰め寄る。
「なぁ、早く出してくれよ!」
「ええい、うっとおしいジジィだ!」
「丸腰の年寄り相手に刃物抜くなよ」
老人を庇ったユーリはその背中を押し、看守から距離を取らせる。
「へっ!」
看守の男は見下す視線を込め、抜剣したままの剣をユーリに振り下ろした。
が、ユーリの前に白い鎧が滑り込み看守の剣を代わりに受ける。
牢内に金属音特有の高い音が鳴り響き、突然の事にユーリは驚いた。
「お前・・・!」
看守の男は邪魔をされたことで気分を害したようだったが、外のもう一人の看守の男に止められる。
「もうやめておけ」
「ちっ・・・」
看守の男が立ち去り、兜の下から現れたのは鮮やかな蒼天の結い髪、それと対照的なローズレッドの瞳、クリティア族独特の尖った耳と後頭部の2本の触覚だっ
た。
「・・・女、クリティア族・・・
ケガしてないか?」
ユーリの問いかけにクリティア族の女性は頷いた。
白い鎧を全て脱ぎ終えると、豊満な胸、くびれた腰、艶かしい脚がのぞくその出で立ち。
目のやり場に困るな、と思ったユーリだったがそれは表情には出さず先ほど庇ってくれたことに頭を下げた。
「悪かったな」
「いいえ・・・だってバウル助けてくれたでしょ」
「バウル?」
何の事だ、とユーリが首を捻るとクリティア族の女性は微笑みを崩さず続ける。
「ええ、私の友達」
「あの魔物か」
合点がいったユーリは納得した。
その後、壁に背を預けて互いに言葉を交わし、途切れたところでユーリは問いかけた。
「なあ、あんたはなんで、魔導器壊して回ってんだ?」
「・・・・・・」
沈黙を返すクリティア族の女性にユーリは気不味さから視線を外した。
「言いたくなきゃいいけど」
「聞いて感動できる美談ではないわよ。
壊したいから壊してる」
「確かに感動できる話じゃねえな。
それでバルボスの魔導器も壊したわけか」
今度はユーリの言葉に沈黙を返す事なく、表情を曇らせた。
「完全じゃなかったけど」
魔導器を壊すなら、とユーリは自身の左手にある武醒魔導器を
見せる。
「これはいいのか?」
「・・・それは壊しても面白くないもの」
「・・・ふうん」
納得したようなそうでないような返答をしたユーリは、壁から背中を離すと見張りの立っている扉に近付いた
看守の状況を盗み見たユーリは踵を返すとクリティア族の女性に提案した。
「な、もうちょい協力しないか?」
「そうね・・・屋上の魔導器も壊し損なったし」
「決まりだな」
にやり、とユーリは口端を上げる。
そのユーリにクリティア族の女性は首を傾げた。
「どうするの?」
「まあ、手がないわけじゃないけど」
「なら、その手を使えばいいんじゃないかしら?
出来る人は手抜いちゃいけないと思うの」
「それじゃ、協力して欲しいんだけど」
ユーリのこれからの行動に賛同するようににっこり、と笑みを深める。
だが、表情とは裏腹に両手を解すように拳を鳴らしている。
「ちゃんとエスコートしてね」
「ああ、いいぜ。美人相手に緊張すっけど」
そう言い終わるのを待たずに、ユーリは握りしめた拳をその女性に目掛け打ち出した。
ーーゴスッーー
鈍い音が響く。
「っ・・・」
すると今度は、クリティア族の女性がユーリの頬を殴り返す。
ーーバキッーー
「やりやがったな!」
ーーガキッーー
ーードガンッーー
ーーゴキッーー
初めは二人だけの殴り合いだったが、次第に投獄されたすべての人を巻き込んでの殴り合いになった。
それにより牢内で収まりきらない騒音は見張りの看守の耳にも突き刺さった。
「静かにしろ!」
『ふざけんな!』
『あなたがね!』
看守の言葉に誰も耳を貸す事なく殴り合いは続く。
「いい加減にしろ!」
『もううんざり!』
『こっちから願い下げだ!』
ついに痺れを切らせた看守が武器を手に実力行使に出るため扉を開いた。
「痛い目をみないと・・・」
しかし、看守を出迎えたのは投獄された皆の謀りが成功したような顔。
扉が開いた隙を見逃さず、皆が一斉に体当たりし看守を吹き飛ばした。
「ぶほっ!」
「ぐわっ!」
吹き飛ばされた看守の上をさらに無数の脚が踏みつけ、もう起き上がることはなかった。
投獄された捕虜がすべて逃げたのを確認すると、クリティア族の女性はユーリににっこりと微笑んだ。
「あなたは自由よ、おめでとう」
「ご協力ありがとよ」
ユーリの言葉に頷いた女性だったが、微笑みを崩さぬままユーリに詰め寄った。
「あと、一発は一発よ」
「・・・お?」
ーーパァーンーー
辺りに乾いた音が響き、ユーリの頬に衝撃が走った。
平手打ちした女性はまだ笑みを崩さない、が、ユーリはこの類いの笑みをする人物をよく知っていたため素直に反省を口にした。
「強くやり過ぎたか・・・」
「じゃ、これでおあいこね」
そう言って幾分晴れやかな表情の女性がユーリに手を差し出す。
それに、手を打ち返したユーリは自身の名を明かした。
「ユーリだ。ユーリ・ローウェル」
「ジュディスよ」
「ジュディス・・・ジュディの方が言いやすいな」
ユーリにジュディと呼ばれたジュディスが頷いた。
「それでいいわ。じゃ、次行きましょ」
「次って・・・ま、屋上の魔導器に行くか。
そっちは場所がはっきりしてる」
「あなたは?友達を待たせてるんじゃないかしら?」
ジュディスの問いかけに、ユーリは肩を竦める。
「魔導器優先で構わねえよ」
「じゃあ上ね」
ジュディスの言葉に辺りを見回すが、上階に続く道は見当たらなかった。
「ん?どこから上がりゃいいんだ・・・?」
「・・・重いわね」
その呟きに視線を向けると、先ほどまで隣にいたジュディスは何らかの装置の前でレバーを倒そうとしていた。
「勝手にうろうろと・・・どっかの姫さんみたいだ」
「誰みたいって?」
ユーリの独り言に気付いたジュディスだったが、ユーリは苦笑しただけで返した。
「いや、いいんだ。
どっかに上への通路がある。探そうぜ」
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2008.4.12