ーーNo.55 曲げぬ意志ーー
宿に着くとはリタとエステルの介抱の手伝いのためユーリ達と別れた。
しばらくして、ユーリが様子を見ようと部屋のドアを叩いた。
「ちょうどよかった、ユーリからの方が良いわ」
「ん?何がだ?」
「とりあえず入って」
ちょいちょいとからの手招きを受けて部屋に入れば、この部屋では一番の部屋のようだ。
ベッドが4つも並び、暖炉の装飾も凝ったもの。
さらに天井まで壁など全てが取り払われ、外の景色が一望できる開放的な空間だった。
視線をベッドへと戻すと、リタにエステルがずっと治癒術をかけているところだった。
その様子にユーリがの言葉の意味を察し、こういうことかと視線を送ると苦笑が返された。
(「じゃ、私は外で待ってるから。あとよろしく」)
(「仕方ねぇな、分かったよ」)
小声でやりとりし、が廊下へ出たのを見送ると、ユーリはエステルへと歩み寄った。
「治癒術だって無限に使えるわけじゃない。
もうリタも落ち着いてるんだろ、その辺にしておけ」
「はい・・・」
素直に治癒術を止めたが、視線はリタから外れない。
そんなエステルにユーリは腰に手を当て嘆息する。
「ったく、無茶ばっかりしやがって」
「本当ですね。リタって決めた事にはどこまで真っ直ぐで・・・」
「他人事にすんな。エステルも同罪だ」
はぐらかそうとしたエステルにユーリはすぐに言い返す。
言い逃れできないことを知り、エステルは俯きポツリと呟く。
「・・・ごめんなさい」
「の防御壁で大事にならなかったんだからな。
礼は言っておけよ」
「分かりました・・・」
相変わらず視線を合わせようとしないエステルに、ユーリは言葉を続ける。
「ここ、オレが残るからエステルはもう休め。
治癒術使って疲れたろ?」
エステルはそれに首を横に振った。
「わたし、リタが羨ましいです。大切なものを持っているから・・・」
「ないなら、探せばいい。そのために今日は休んどけ」
再度言われたユーリの言葉に、同じように首が振られる。
「だいじょうぶです。ユーリこそ、休んで下さい」
「お前が倒れたら、オレがフレンに怒られんの」
「なら怒られて下さい」
頑なに気遣いを拒むエステルに、説得を諦めたユーリはため息を吐いた。
「倒れてから代わってくれって言われてもオレは知らないからな」
「倒れてからじゃ、代わってくれって言えませんから」
廊下に出ると待ち構えていたようにがこちらを見ていた。
その顔は、どうやら結果を予測していたらしく苦笑いが浮かんでいる。
「ユーリでもダメだったか」
「ったく、オレに色々押し付けるのはやめてくれ」
半眼を向けられたは気にするそぶりを見せず、軽く言葉を返す。
「あはは〜、ユーリなら言う事聞いてくれるんじゃないかって思ったのよ。
エステルは私が見てくるから休んできて」
「お前はいいのか?」
「エステル倒れて怒られるのは私じゃなくて、ユーリになるでしょ?」
自分がエステルに言った台詞が返されると思っていなかったユーリは苦笑し、に頷き返す。
「分かった。なら任せたぜ」
「はいは〜い」
ヒラヒラと手を振ったは再び部屋へと入っていった。
部屋に戻るとエステルは再び治癒術をリタにかけていた。
小さく嘆息したは、そのままエステルの肩にポンと両手をかける。
「エ〜ステル〜、その辺にしとかない?ちょっとは休息も必要よ」
「・・・」
「ほらほら、沈んだ顔しないの。
今は眠ってるだけなんだから」
の言葉に渋々ながら治癒術を止めたエステルによしよし、と頷いた。
「宿のおかみさんからリンゴ、もらったんだ。
一緒に食べましょう」
リタの傍から離れようとしないエステルの近くに椅子を持って行くと、は器用にその場で皮を剥き始めた。
その手元を見つめながらエステルが思い出したように口を開いた。
「・・・あ、。ありがとうございました」
「ん〜?突然どうしたの?」
手元から目を離さずはエステルに返事を返す。
「ユーリから聞きました。
大ケガしなかったのはのおかげだって」
「・・・ったく、言わなくてもいいことを。後でお仕置きね」
ブツブツと小言を言いながらもの手は止まらなかった。
「みんなにも心配かけちゃいました・・・
自分勝手な行動もして、迷惑もたくさんかけて・・・本当にごめんなさい」
俯いて表情が見えなくなったエステルに、ようやく手を止めたはエステルの頭を軽くコツンと小突いた。
それに驚いたエステルはを仰ぎ見たが、その鼻先に串に刺さったウサギ型のリンゴが差し出された。
「自覚したならそれで良いわ。さ、召し上がれ」
「あ、ありがとうございます。
・・・って器用ですね、さっきまで丸かったのに・・・」
「はっはっは〜、おだてても出るのはリンゴくらいよ?」
二人は顔を見合わせると声を潜めて笑い合った。
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2008.3.25