巨大な魔物の前に投げ出されたユーリ達はその大きさと醸し出す雰囲気にたじろいだ。
「やべ、足震えてら・・・」
「・・・こんな魔物は、はじめてです・・・」
「あ、ああ・・・や、やだ・・・」
「気をつけて、魔狩りの剣のせいで見境がなくなってるわ」
完全に腰が引けているカロルを背後にかばい、
は大きな魔物を見上げて呟いた。
「結局、ペットの面倒みんのは保護者に回ってくるのな」
ユーリの軽口を皮切りに、魔物がこちらへ襲いかかってきた。
ーーNo.49 勇気と行動ーー
見た目は亀のような姿だが、攻撃の手は早く、背丈は見上げた限り3、4メートルにのぼる。
鞭のように長くしなやかな尻尾、岩をも砕きそうな強靭な顎、逆結界すら破りそうだったその声。
魔狩りの剣による攻撃で、その瞳は怒りに我を忘れているようだった。
数の利ではユーリ達に分があるが、いかんせんレベルが違いすぎる。
「頃合い見計らって退くぞ」
「それが賢明ね」
ユーリの言葉に視線を向ける事なく応じ、
は共に駆け出していった。
魔物を前後挟み込むように攻撃を加え、エステルとリタが魔術で援護していく。
どれほどたっただろうか。
突如、ぴたりと攻撃を止めた魔物に眉をひそめながら、
とユーリは後衛を守るように後退した。
今までの殺気立った突き刺さるような雰囲気から、こちらを探るような静観した雰囲気に変わっていた。
怒りが消えた瞳は湖面のように静かで、己の奥底まで見透かされるようだ。
普通の魔物とは一閃を画す、別格な存在に
は昔の記憶が甦り、畏敬の念を抱かせる。
魔物は後衛にずっと視線を送っていたが、いきなりその向きを変えた。
(「あれ?」)
一瞬、魔物が
を見たような気がしたが、魔物は何事もなかったように一声吠えるとそのまま奥へと続く通路へと姿を消した。
「・・・何だったのかしら?」
「はあ・・・助かりました」
力尽きたように座り込んだエステルに、みんなが一斉に肩の力を抜く。
「・・・カロルは?」
リタが気付いたように辺りを見回すが、カロルの姿はどこにもなかった。
おかしい、と思った
だったがビシッという軋む音に気付き、はっとしたように頭上を見上げた。
すると、かろうじて浮かんでいた魔導器が浮力を失いこちらへ向かってきていた。
「危ないっ!」
気付いた
は飛び上がり、落下してくる魔導器の軌跡を剣圧で逸らす。
ーーガシャーーーン!ーー
破壊音が戦闘を終えたユーリ達の真後ろに響いた。
すると、それが合図だったかのようにみるみる天上が崩れ始める。
「天井が・・・ここは危険です!」
エステルの叫びと魔狩りの剣も退くのが見えたのを受け、ユーリも納得したように口早に言う。
「オレ達も退くぞ」
「待って下さい、カロルはどこに!?」
「その辺にいないとこみると先に外へ出たんだろ。探しながら行くぞ」
エステルの心配に応じながら浸水してきた室内から脱走するため、ユーリ達は走り出した。
地下へ続いていた建物の外へ出ると、入る前と変わらず、しとしとと小雨がぱらつき辺りは薄暗かった。
そんな陰気な雰囲気を打ち破るように高い少女の声が響く。
「なにかあれば、すぐにそう!いつもいつもひとりで逃げ出して!」
「ち、違うよ!」
「なにが違うの!?」
少女の指摘に少年は言葉に詰まる。
「だ、だからハルルの時は・・・」
「今はハルルのことは言ってない」
「だ、だから、それは・・・」
「あたしに説明しなくていい。する相手は別にいるでしょ」
「え・・・?」
ナンが視線を背後に送ると、それを追うようにカロルも後ろを振り向いた。
すると、脱出してきたらしいユーリ達がカロルに歩み寄ってきた。
「みんな・・・」
「カロル、無事でよかったです」
真っ先に駆け寄ったエステルがにっこり、とカロルに微笑む。
「まったくよ。どこ行ってたんだか。こっちは大変だったのに」
「ご、ごめんなさい・・・」
「まぁまぁ、押さえて押さえて〜」
「ま、ケガもないみたいで何よりだ」
辛口を呈するリタを
が宥め、ユーリもカロルの頭にぽんぽんと手を置く。
それを冷めた目で見つめていたナンはくるりと踵を返した。
「もう、行くから」
「あ、待って・・・」
「自分が何をしたか、ちゃんと考えるのね。じゃないともう知らないから」
言いかけたカロルに構う事なく、少女はそのまま仲間の元へと走り出す。
その後ろ姿を呆然と見つめていたカロルの頭をユーリはいささか乱暴に撫でた。
「わっ、ちょっと!や〜め〜て〜よ〜!」
「行こうぜ、カロル。もう疲れた」
「ユーリ・・・」
あえて追及することをしないユーリにカロルはそれ以上何も言えなかった。
「しかしとんだ大ハズレね。紅の絆傭兵団なんていないし」
「ほんとに。やっぱあのおっさんの情報は次から注意しないとな」
「だから言ったじゃない、不確定すぎるって・・・」
「ちょっと、おっさんって・・・まさか・・・あの?」
「そう」
「そうよ」
ユーリと
の揶揄する言葉に、思い出したくない姿を浮かべることになったリタが視線を送る。
それに嫌々ながら同意を示した二人にリタの拳が怒りに震えた。
「あ、あ、あのおっさん・・・次は顔見た瞬間に焼いてやるっ!」
「穏便に、ね?穏便にいきましょう」
物騒な言葉を口にするリタに、エステルは必死に宥める事になった。
そして、ユーリ達は出口に向かって歩き出す。
それに気付いても、カロルは自身の足元から視線を外せなかった。
「・・・ボクだって」
ポツリとこぼしたカロルに、先に進んだユーリから声がかかる。
「置いて行くぞ」
「すぐ行く!」
思いを断ち切るようにすぐに返事を返し、カロルはユーリ達の下へと駆け出して行った。
Back
2008.3.17