ユーリ達と別れた は活気ある港街を歩いていた。
潮騒に乗るウミネコの鳴き声、住民の喧騒の調べ。
いろんな人々が生きている中を彼女はただ歩き進んだ。





















































ーーNo.45 過去の傷ーー








































木箱が積み上げられていた人通りの少ない通りに来た時だった。
それまで進めていた歩みをぴたりと止め、積み上がっていた木箱に座り込む。
端から見れば、単に木箱で一休みしているだけと映ったであろう。
そんな が目の前に話し相手が居ないにもかかわらず言葉を発する。

「中年にもなって子どもの遊びが趣味だったとは知らなかったわ。
一人でやってるなら相手してあげましょうか?」

独り言には大きすぎる声。しかも、相手が居ることを分かって言っているような口ぶりだった。
そんな中、 が座った木箱の後ろからガサゴソと音がしたかと思うとヒョッコリ顔が出てきた。

「およ?ひさしぶりじゃないの〜、元気してた?」

出てきたのは、ノール港で会った胡散臭さが滲み出ている男、レイヴンだった。
そのまま の横の木箱に胡座をかくと、片手を挙げて軽く挨拶を交わす。
そんなレイヴンの様子に、眉根を寄せた が幾分低い声で応じた。

「白々しい・・・ラゴウの屋敷ではよくもやってくれたわね」
「あ、い、いやいや、あれはだな〜・・・
・・・!そうそう!青年達ならどうにかしてくれると思ってだな」

焦ったように言葉を紡ぐレイヴンに はますます視線だけが冷たくなり、それとは対照的に顔には微笑が浮かぶ。

「ふ〜ん、それで門番の紅の絆傭兵団ブラッドアライアンスをけしかけて、厄介事は私達に押し付けた挙句、 自分は手を煩わせずに屋敷に潜入ってわけ?」

笑っている、はずの から絶対零度の空気がレイヴンを突き刺す。
へらへらと笑っていた中年の顔はみるみる強張っていく。

「うっ・・・あ、ぃや〜。悪かった・・・な」
「ったく、最初からそう謝ればいいのよ。でも貸しは一つだからね」

レイヴンが謝ると冷気が晴れ、代わりに呆れた顔が浮かんだ。
ほっとした様子のレイヴンだったが、それを見計らったようにレイカは一気に距離を詰めた。

ーーズイッーー
「!」
「で、どんなご用であそこに居たのかしら?」
「ちょ、んなに寄ーー」
「ぅ、わ!」
ーーバダン!ーー
ーーゴンッ!ーー

レイヴンの注意もむなしく、いささか距離を見誤った はあっけなくバランスを崩し、
相手を巻き込んで前のめりに倒れ込んだ。
木箱から落下するように後頭部を地面にぶつけたレイヴンからは声にならない悲鳴が漏れる。

「〜〜〜っ!」
「ったぁ〜・・・また顔面・・・」
「・・・もー、だから寄り過ぎって言おうとしたのよ〜。
ほれ、若人がおっさんを押し倒してないで退きなーー」

払った瞬間に訪れたとても柔らかい感触。
それは紛れもなく自身の手元から感じれるもので。
恐る恐る視線を上げれば、そこには目の前に在るだろう者をどかそうとした自身の手が、あられもない場所にジャストフィットしていた。

「・・・」
「・・・え、えーと・・・」
「・・・・・・」
「事故!アクシデント!不可ーーごぶっぁ!!

とても綺麗な放物線を描いて投げ飛ばされたレイヴンは首から落ちた。
港場に生々しい音が響くが、それをしでかした人物の表情は生憎と離れていて見えない。

「のぉぉぉぉぉっ・・・・く、首!頚椎逝った!!」
「あら、大丈夫レイヴン?」
、だから不可抗力だとーー」
「やーねー、怒ってないわよ。
胸を鷲掴みにされた位、別に減るもんじゃないし。ねぇ?
「い、いやぁ・・・
さすがに減るんじゃ」
「ま、掴んでた時間と感触を楽しむかのように揉みやがったのは不可抗力だという言い訳する輩にはお仕置きが必要かしらね?」
「すんませんでした」

凄んだ の笑みにレイヴンは即答で土下座を返す。
それに幾分機嫌を戻し、再び人気のない路地でレイヴンに向き直ると腕を組んで問いただす。

「で?なんであそこにいたのよ?
そもそも帝都に行くなんて話、私聞いてないんだけど?」
「ああ・・・ドンに急用の頼まれ事でね。
手の空いている奴がいなかったから俺様に回ってきた訳よ。
ホント、人使い荒いったらないわ〜。俺様繊細なお年頃なのに・・・」

その答えにあまり納得のいかなかった だったが、ぐったりとうな垂れ、ぶちぶちと不満ばかりを並べているレイヴンに、面倒だとばかりに手をひらひら振って応じる。

「あー、はいはい。そりゃー大変でしたねー」
「・・・ ってば最近俺様に冷たいんじゃないの?」
「そう?それはきっと年から来る気のせいだから、気にしない方がいいわ」

にっこりと切り捨てられた に、レイヴンは更に肩を落とした。

「ま、冗談はこれくらいにしといて、仕事の話しにきたんだけど?」
「・・・人使いの荒さまで似るなーーはいよ、何の件?」

小声の呟きを慌てて引っ込め、レイヴンは不穏な笑みを浮かべそうになっていた に向き直った。
調子の良い男に は小さく息を吐くと、再び視線を合わせ口を開いた。

「前に頼んだ帝都である一家が惨殺された件よ。
手引きしたのが誰か掴めたことはないの?」
「ん〜10年前に起きた事件でしかも貴族様だろ〜。
なかなか掴めなくてね・・・」

そう言って木箱から下りたレイヴンは両手を頭において海を眺める。
その後ろ姿を暫く見つめていた は、その背中に声をかける。

「・・・ねぇレイヴン、一つ教えてあげましょうか?
貴方が嘘をつく時って、両手を頭に回すことが多いのよね〜」

その言葉にギクリとしばらく固まったレイヴンは、諦めたようにしゃがみ込むと、頭を掻きむしった。

「あ"ー・・・ホント、 には敵わないわ」
「あら、今頃分かったの?ま、カマかけに引っかかってくれて良かったわ」
「・・・・・・」

隣まで歩いてきた の悪びれない笑顔に、レイヴンは閉口した。
そんな男を気にせず、 は腕を組んで頷いた。

「こういう方法を教えてくれた師匠には感謝しなくちゃね〜」

含みのある言葉にすぐさま復活したレイヴンは隣を見上げた。

「お?それって俺さーー」
「さっすが、ドンは違うわ〜」
「・・・・・・・・・」

の言葉に再び沈黙するしかなかったレイヴン。
そんな男に構わず は続きを促した。

「さて、話が逸れたけど情報は?」
「まあ、全部分かった訳じゃないんだけどね・・・」

そう言って、よっこいせ、と立ち上がったレイヴンは近くの木箱へ腰を落ち着けた。

「命令したのは皇帝って話しだけど、やっぱり裏があってね。
どうやら評議会の一部の連中が独断でやったことらしいわ」
「評議会・・・今、帝国で表沙汰になってないイザコザにもつながりが?」
「ない・・・とは言い切れんわな。
ただ、その事件が10年前だろ?今更って気はしてるんだが・・・」
「そう・・・」

レイヴンから聞いた情報を反芻するように はそれっきり黙り込んだ。
考え込む顔に普段とは違う、悲しみが混ざっていたことにレイヴンは選ぶように言葉をかける。

「・・・こんなこと言いたかないんだけどね〜。
、もう10年前のことだろ?その〜、友達っての?その子の仇を討つよりお前自身のーー」
「レイヴン」

は一声上げ、レイヴンは続きを言えなくなった。

「ありがと、調べてくれて助かったわ。
これでさっきの貸しはチャラにしてあげる」

遮った は、片目を瞑ると身体をほぐすように伸び上がった。
いつも通りの様子に戻ったことで、レイヴンは諦めたように苦笑をこぼした。

「・・・しゃ〜ねーの〜。
また分かったら連絡してあげるわよ」
「いらないわよ。
手が空いた時に調べてくれって約束でしょ?」

レイヴンの申し出に がやめてくれとばかりに顔をしかめた。
しかし、そんなのはお構いなしとばかりに中年は に詰め寄った。

「なぁ〜に言ってんのよ。
愛する の為なら仕事を放り出してもトコトン調べるわよ!」
「・・・所属してるギルドの顔を潰すことだけはやめてよね」

顔の距離が近いにも関わらず、 は動じることなく胡乱気にレイヴンを睥睨する。
の視線に普通の相手ならたじろぐだろうが、レイヴンは全く堪えた様子はない。

「またまた〜、照れちゃってカワイイんだ・か・ら♪
そんな には俺様の熱い抱擁をーー」
ーースカッ!ーー
「あ、ユーリだ。
お〜い、ユ〜リ〜〜ィ〜〜」

抱きしめようとしたレイヴンの腕をするりと抜け、 はこちらに気付いていないユーリに向かって歩き出した。




















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2008.3.6