トリム港に着いたユーリ達は、ひとまず詳しい話しは宿でということになりフレンとヨーデルはそのまま先に宿に向かった。
ユーリ達もそこへ向かおうとしたが、が思い出したように声を上げる。
「あ、ごめん。先に行ってて。
用事があるからそれ済ませて合流するから」
「用事ってなによ?」
「お・し・ご・とv」
リタからの問いかけに片目を瞑って応じ、はそのまま人混みへと消えていった。
ーーNo.44 想いと現実ーー
と別れた後、ユーリ達は宿へ到着しその扉を開けた。
すると、そこにいたのは海上で取り逃がしたラゴウが何食わぬ顔でユーリ達を出迎えた。
「こいつ・・・!」
「おや、どこかでお会いしましたかね?」
「船での事件がショックで、都合のいい記憶喪失か?
いい治癒術師、紹介するぜ」
詰め寄るリタを片手で制し、ユーリが目を眇めてラゴウに言い放つ。
「はて?記憶喪失も何も、あなたと会うのは、これが初めてですよ」
「何言ってんだよ!」
「執政官、あなたの罪は明白です。
彼らがその一部始終を見ているのですから」
どうあってもシラを切り通すラゴウに、ヨーデルの脇に控えていたフレンが淡々と言葉を発する。
しかし、ラゴウは大袈裟に溜め息をつき、心底困ったような表情で自身のヒゲを撫でつける。
「何度も申し上げた通り、名前を騙った何者かが私を陥れようとしたのです。
いやはや、迷惑な話ですよ」
「ウソ言うな!魔物のエサにされた人たちを、あたしはこの目で見たのよ!」
「さあ、フレン殿。貴公はこのならず者と評議会の私とどちらを信じるのです?」
噛みつくように吠えるリタに構う事なく、ラゴウは自身の権威を笠にフレンに帝国騎士としての回答を求める。
帝国の政治を取り仕切る評議会の高官と研究所に属している研究員の発言。
はっきりとしている権力構造の前に、フレンはただ沈黙するしかなかった。
「・・・・・・」
「フレン・・・」
悔しそうにうなだれるフレンにユーリもどうしようもない苛立ちを滲ませ、友の名を呟く。
「決まりましたな。では、失礼しますよ」
反論がないことに満足気な表情を浮かべたラゴウが、ヨーデルに一礼を返す。
ヨーデルがそれに応じ、ラゴウはそのまま部屋を後にした。
ラゴウが消えると、それまで堪えていたリタの怒りが爆発した。
「なんなのよ、あいつは!で、こいつは何者よ!?」
「ちっとは落ち着け」
ほとんど八つ当たりに近く、正体が分かっていないヨーデルを指差したリタの怒りはまだ収まらない。
そんなリタの気持ちを分かりながらもユーリは宥めた。
「この方は・・・」
説明しようとしたフレンだったが、そこから先をどう説明するべきか思案顔となりそのまま黙り込んだ。
そんなフレンに代わるようにエステルがヨーデルの隣に進み、ユーリ達に説明を始めた。
「この方は次期皇帝候補のヨーデル殿下です」
「へ?またまたエステルは・・・」
冗談だと思ったカロルは乾いた笑い声を上げる。
しかし、自分以外が沈黙したままなことに笑いを引っ込めた。
「・・・って、あれ?」
「あくまで候補の一人ですよ」
「本当なんだ。
この方は先代皇帝の甥御にあたられるヨーデル殿下だ」
海上でも見た薄い金髪、優しさを滲ませたやわらかい緑青の瞳。
整った服装はまさに気品ある貴族そのものだ。
「殿下ともあろうお方が、執政官ごときに捕まる事情をオレは聞いてみたいね」
船室から助け出したとき、身動きが取れないように拘束されていたことを思いユーリは皮肉りながら訊ねる。
しかし、それに答えは返らず、エステルが伺うようにフレンに視線を送る。
「・・・この一件は、やはり・・・」
「市民には聞かせられない事情ってわけか」
「あ・・・それは・・・」
動揺したエステルが言葉に詰まる。
「エステルがここまで来たのも関係してんだな」
「・・・・・・」
さらに詰問するユーリに、エステルは答えることができずついに黙り込んでしまった。
諦めたようにため息をついたユーリはそのまま背を向け、吐き捨てるように呟く。
「ま、好きにすればいいさ。目の前で困ってる連中をほっとく帝国のごたごたに興味はねえ」
「ユーリ・・・そうやって帝国に背を向けて何か変わったか?
人々が安定した生活を送るには、帝国の定めた正しい法が必要だ」
諭すようなフレンの言葉に、ユーリは背を向けたまま苛立ちを隠さず、すぐに言い返す。
「けど、その法が、今はラゴウを許してるんだろ」
「だから、それを変えるために、僕達は騎士になった。
下から吠えてるだけでは何も変えられないから。
手柄を立て、信頼を勝ち取り、帝国を内部から是正する。そうだったろ、ユーリ」
「・・・だから、出世のために、ガキが魔物のエサにされんのを黙って見てろってか?
下町の連中が厳しい取立てにあってんのを見過ごすのかよ!
それができねえから、オレは騎士団を辞めたんだ」
「知ってるよ。けど、辞めて何か変わったか?」
固く握った拳を見つめるユーリにフレンはただ静かに、しかし今の現状を見据えて聞き返す。
「・・・・・・」
「騎士団に入る前と何か変わったか?」
「くっ・・・・・・!」
同じ問いかけをされたユーリは何も答えられないまま、踵を返しドアを力任せに叩きつけるように部屋を出ていった。
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2008.3.4