ーーNo.39 怪しい男ーー
宿屋を後にしたユーリ達は、再び執政官邸に向かった。
一度門番と一悶着を起こしていたため、若干離れたところから様子を伺う。
「何度見ても、おっきな屋敷だね。評議会のお役人ってそんなに偉いの?」
「『評議会は皇帝を政治面で補佐する機関であり、貴族の有力者により構成されている』です」
カロルの疑問にエステルはすらすらと語る。
その話を聞いたリタがふ〜ん、と返しながらエステルの話を要約する。
「言わば、皇帝の代理人ってわけね」
「それは良いとして、どうやって中に入るの?」
「裏口はどうです?」
続きそうな話を遮るように
が声を上げ、エステルが王道の提案を示した。
と、
「残念、外壁に囲まれてて、あそこを通らにゃ入れんのよね」
「っ!?」
「こんな所で叫んだら見つかっちゃうよ、お嬢さん」
聞き慣れない声に執政官邸の入口に向けられていた視線を、ユーリ達は一斉に背後に向けた。
エステルに答えた人物は、とっさに声を上げそうになったエステルに、口元に人差し指を当て片目を瞑ったポーズをとっている。
その片目は淡い花緑青色、顔立ちはキリッとしてるが適当に結ったようなぼさぼさのチャーコルグレイの髪、
顎には無精髭、菫色の羽織を引っ掛けた格好。
見た目だけで、怪しさ・胡散臭さを体現しているような男であった。
「えっと、失礼ですが、どちら様です?」
「な〜に、そっちのかっこいい兄ちゃんと、ちょっとした仲なのよ。な?」
「いや、違うから、ほっとけ」
エステルの問いかけに、両手を後頭部に当てたまま、ユーリに親しげに話しかける。
が、当のユーリは即答で否定しさらに視界から外すように背を向けた。
「おいおい、ひどいじゃないの。お城の牢屋で仲良くしたじゃない、ユーリ・ローウェル君よぉ」
「まさか・・・ユーリが言ってた脱出経路の情報をもらった怪しげなおっさんって・・・」
「そそ、俺様の親切心でそこの青年が抜け出せたってわけよ、お姉さん」
の半眼を受けても動じる事もせず、怪しげな男は馴れ馴れしく
の肩に腕を回す。
それを見咎め、
の肩から腕を引き剥がし、自分の所へ引き寄せたユーリは幾分低い声で中年の男に応じた。
「おい、名乗った覚えはねぇぞ」
そんな不機嫌な声にも動じる事なく、どこから取り出したのか出回っている手配書をひらひらと振りかざす。
ユーリの名前はそこから得たと言いたいらしいが、風体が風体だけに説得力は皆無だ。
「ユーリは有名人だからね。で、おじさんの名前は?」
「ん?そうだな・・・とりあえずレイヴンで」
「とりあえずって・・・どんだけふざけたやつなのよ」
カロルにそう答えたレ.イヴンに、リタの機嫌は一気に降下していった。
「んじゃ、レイヴンさん。達者で暮らせよ」
「つれないこと言わないの。屋敷に入りたいんでしょ?
ま、おっさんに任せときなって」
素っ気ないユーリに怯まず、任せとけの一言で
ヴンはそのまま門番のところへ走って行った。
疑り深い視線をレヴンから外さず、リタがユーリに問いかける。
「止めないとまずいんじゃない?」
「いや・・・あんなんでも、城抜け出す時は本当に助けてくれたんだよな・・・」
前回助けてもらった事を思い、ユーリは拭いきれない不安に苛まれながらも、そのまま様子を見守った。
しかし、
は憮然とした様子で呟く。
「・・・私は信用しない方が良いと思うな〜」
「なんでそう思うんだ?」
ユーリからの問いは、間を置かず響いた溜め息と、
が門番がいる方向を指差した事によって皆の注意がそちらに向けられる。
そこには、明らかにこちらの存在に気付いている門番が走ってくるところだった。
「な、なんかこっちくるよ!?」
「そ、そんなぁ・・・」
カロルとエステルの失望した声が上がる。
見張りが消えた入口では、レイヴンは華麗な宙返りを見せ、こちらに向かってぐっと親指を立てた後、建物へと走り去って行った。
要するに、
(「厄介ごとを押し付けられた、と・・・」)
内心一人ごちた
。
そんなレイヴンを見たリタは、怒り心頭のようで、地を這うような声で呪いの言葉を吐く。
「あいつバカにして〜!あたしは誰かに利用されるのが大っ嫌いなのよぉ!!」
ーードゴーーーンッ!!ーー
後半は叫ぶようにして門番の前に飛び出し、怒りで普段の三割増の魔術の炎が門番を襲う。
轟音で門番の叫び声はかき消されたが、煙が晴れると地面に伸びた男が転がっていた。
「あ〜あ〜、やっちゃったよ。どうすんの?」
「どうするって、そりゃ行くに決まってんだろ。見張りもいなくなったし」
カロルの呆れた声にユーリは歩みを進め、当初の目的を優先する。
結果的に実力行使で侵入することになった為、
は再び嘆息した。
(「はぁ、結局こうなるか・・・ユーリはまたフレンの小言をくらいそうね」)
遅れて来るだろう青年騎士の反応を思い、
は密かにユーリに同情しその背中を追いかけた。
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2008.2.28