雨が降ったり止んだりの中、ユーリ達はノール港の南の高台にある森へ足を踏み入れた。
森の中心部あたりに来ただろうか、そこに馬のような白い体、長い首、黄金色のタテガミと黄金の角を持っていた魔物が木の実を食んでいた。

周辺にいる魔物と種類が違う、と思った がカロルに聞こうとしたが、それより早く少年の声が上がった。

「これがリブガロだよ!」

その声に弾かれるようにリブガロがこちらに視線を向け、すぐさま突進してきた。
応戦する形でそれぞれ武器を取り、リブガロを迎え撃つ。
体が大きいだけに抵抗も激しいだろうと思っていたが、難なくリブガロは倒された。

「傷だらけ・・・少しかわいそうですね」
「死にものぐるいの街の連中に何度も襲われたんだろうな」
「・・・ホント、ろくでもない執政官だわ」

気絶したリブガロを見下ろしながら、 はぽつりと呟く。
そんな の隣にしゃがみこんだユーリは、リブガロの角を折るとそのまま踵を返した。

「ユーリ・・・?」
「高価なのはツノだけだろ?金の亡者どもにゃ、これで十分だ」

片手で角を持ったユーリが肩を竦め、 達もその後へ続きノール港へと歩み始めた。




















































ーーNo.38 乗り込む口実ーー








































街に戻ると、ユーリ達と入れ替わるように剣を持った傷だらけの男が近付いてきた。
男の後ろから女性が何やら叫んでいるようだが、男は構わず歩き続けて行く。

(「ん?あれってエステルから話を聞いたあの夫婦かしら・・・?」)

そんなことを思っていた だったが、ユーリが歩いてきた男ティグルの前にリブガロのツノを放り投げ、二言三言言葉を交わした後、そのまま歩き去ってしまった。
ユーリの行動に目を見張った だったが、皆でその背中を追いかけたことで後に続いた。

「ちょ、ちょっと!あげちゃってもいいの?」
「あれでガキが助かるなら安いもんだろ」

焦りを隠さないカロルの声を背中で受けたユーリは、振り向く事なく素っ気なく返す。

「最初からこうするつもりだったんですね」
「思いつき思いつき」

エステルの言葉に手をひらひらと振りながらユーリは答えた。

「まったく、相変わらず素直じゃないんだから」
「その思いつきで献上品がなくなっちゃったわよ。どうすんの」

苦笑をこぼした の隣で、リタが半眼を向けると、ようやくその背中が振り返った。

「ま、執政官邸には、別の方法で乗り込めばいいだろ」
「あはは〜、やっぱり、最後はこういう訳よね」
「なら、フレンがどうなったか宿を訪ねてみましょう」

諦めた声を上げた の後ろにいたエステルの提案に、一行は宿屋へと向かった。






































部屋に入るとフレン達は相変わらず厳しい表情。
その様子から状況が打開されたとはいえないようだ。

「相変わらず辛気臭い顔してるな」
「色々考える事が多いんだ。君と違って」

ユーリのからかいにフレンも素早く切り返す。
考え事を打ち切ったフレンが幼馴染みに振り向くと、眉根を寄せた表情で問いかける。

「また無茶して、賞金額を上げてきたんじゃないだろうね」
「まぁ、お楽しみを奪ってやったってことはしたわね」

の言葉を聞いたフレンは更に眉間に皺を寄せ、疑り深い視線をユーリに投げる。
余計な事を、と思ったユーリが半眼を向けたが、その発言の張本人はしたり顔でにやりと笑い返した。
そんな に無言で手刀を落としたユーリは旧友の前に進み出る。

ーードシュッーー
「あだっ!ちょっと人の頭にーー」
「執政官のとこに行かなかったのか?」
「無視っすか!!」

騒いでいる に同情の視線を送ったフレンだったが、ユーリの問いかけに応じるように向き直る。

「行った。魔導器ブラスティア研究所から調査執行書を取り寄せてね」
「それで中に入って調べたんだな」
「いや・・・執政官にはあっさり否定された」
「ま、権力者ってのはだいたいそういうもんよね」

まだ不機嫌から回復してない も明後日の方向を見ながら応じる。
だが、そんな事が起きるとは思っていなかったカロルは声を上げた。

「なんで!?」
魔導器ブラスティアが本当にあると思うなら、正面から乗り込んでみたまえ、と安い挑発までくれましたよ」
「私達にその権限がないから、バカにしているんだ!」

その時を思い出してか、ウィチルは腹立たしげに眼鏡を押し上げる。
悔しげに拳を握るソディアも吐き捨てるように呟く。

「でも、そりゃそいつの言う通りじゃねぇの?」
「なんだと!?」
「ソ、ソディア!落ち着いて!」

ユーリの言葉にさらに激高したソディアが、すぐにでも抜刀しそうな勢いで手を柄にかける。
そんなソディアをウィチルは体を張って宥めようとする。

「ユーリ、どっちの味方なのさ」
「敵味方の問題じゃねぇ。自信があんなら乗り込めよ」

少年の言葉にユーリは視線だけ振り返り、すぐに旧友に視線を戻した。
ユーリの言葉を受け、暫く考え込んでいたフレンだったが、小さく溜め息をついた後、頭を振って口を開く。

「いや、これは罠だ。
ラゴウは騎士団の失態を演出して、評議会の権力強化を狙っている。
今、下手に踏み込んでも、証拠は隠蔽されシラを切られるだろう」
「ラゴウ執政官も、評議会の人間なんです?」
「ええ、騎士団も評議会も帝国を支える重要な組織です。
なのに、ラゴウはそれを忘れている」

エステルとフレンの言葉を聞き留めた は顎に手を当てて考え、フレンへと視線を向けた。

(「・・・やっぱり、騎士団と評議会がもめてるって噂は本当だったのね。
じゃあ、この時期にフレンが巡礼しているのももしかして、何か目的が・・・?」)

フレンは からの視線に気付いたようだが、声をかける前にユーリが遮った。

「とにかく、ただの執政官様ってわけじゃないってことか。
で、次の手考えてあんのか?」
「・・・・・・」
「なんだよ、打つ手なしか?」

沈黙を返すフレンにユーリは呆れたように呟き、腰に手を当てる。
部屋に重苦しい雰囲気が漂う中、ウィチルがたとえば、と前置きをして口を開く。

「・・・中で騒ぎでも起これば、騎士団の有事特権が優先され、突入できるんですけどね」
「『騎士団は有事に際してのみ、有事特権により、あらゆる状況への介入を許される』ですね」
「・・・ふ〜ん、有事だってさ」

エステルの滔々と語ったその内容に はユーリを見やり、ユーリもその視線に気のない返事で応じる。

「なるほどな、屋敷に泥棒でも入って、そいつが暴れてボヤ騒ぎでも起こればいいんだな」
「ユーリ、しつこいようだけど・・・」
「無茶するな、だろ?」

フレンの心配に肩を竦めただけで返し、ユーリはそのまま部屋を出て行った。
そんなユーリの後ろ姿を見送ったフレンは、小さくため息をついた後、ソディアとウィチルに振り返った。

「市内の見回りに出る。手配書で見た窃盗犯が、執政官邸を狙うとの情報を得た」

フレンの言葉を聞いた は、ユーリの後を追いかけるようにエステル達の背を押し部屋を後にした。





















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2008. 2.28