エフミドの丘を抜け、さらに西へ西へと歩き続けた。
一歩踏み出すごとに、だんだんと海の香りが強くなってくる。
それとともに穏やか陽光が弱まり、ノール港に着く頃には暗雲に覆われ雨まで降り出してきた。
「・・・なんか急に天気が変わったな」
「びしょびしょになる前に宿を探そうよ」
「賛成、風邪でもひいたら大変だしね」
カロルの提案に賛同を示し、皆が宿屋へ行こうとした。
が、エステルが立ち止まったままなことでユーリは声をかける。
「エステル、どうした?」
「あ、その、港町というのはもっと活気がある場所だと思っていました」
「確かに、想像してたのと全然違うな・・・」
「でも、あんたの探してる魔核ドロボウがいそうな感じよ」
リタの言葉に辺りを見回すと、活気があるとはほど遠いほど陰鬱な雰囲気となっている。
いくら雨であれ、もう少し人の往来があってもいいはず。
しかも薄暗いのに窓に灯る明かりが見えないのもおかしい。
「私、ちょっと見てくる。
宿で落ち合いましょう」
「あ、ちょ・・・ねえ、いいの?」
「いつものことだ、気にすんな」
一人離れて行った
にカロルはユーリを振り仰いだが、ユーリは肩を竦めただけで彼女を見送った。
ーーNo.35 息をひそめる港町ーー
ユーリ達から離れた
だったが、人がいない事には話にならない。
ガラの悪い輩や浮浪者がいるはずの路地裏を見ても誰一人見かけなかった。
(「おかしい・・・前来た時ってこんな・・・
・・・って、帝都での仕事だって気落ちしてて、周りに注意してなかったか・・・」)
自身の落ち度に苦笑し、誰もない路地裏を後にし表通りに歩き出した。
表通りに近づくと、男二人が話をしているようで
はそれに聞き耳を立てた。
「ーーかな奴らだ。敵いもしない魔物と戦るってんだからな」
「ああ、どうせガキはもうエサにでもなってるだろう。
所詮リブガロを捕まえて税金を払ったとこで無駄な事だ」
「間抜けな奴らだぜ、ぎゃははははっ!」
男達の会話に今の街の状況のおおよそを把握した
は、みるみる機嫌が悪くなる。
(「確か新しい執政官が治めてたはず・・・とんだ奴が来たものね」)
それ以上男達の会話を聞く気になれなかった
は、一気に表通りに出ると耳障りな音の元へ近づいた。
足を踏みならしながら腰回りに手を伸ばし、男達を追い抜きくるりと向きを変える。
「上が腐った奴なら下も同類ね。
下劣なことしか能力発揮しないんだから」
「なんだ、貴様?俺達に逆らうとどうな・・・!」
「なっ・・・体が・・・お前、何を・・・」
「何の事かしら?因果応報ってやつでしょ。
今後汚い口は閉じておくのね」
地面で苦しむ男を見下ろし、
はそのまま路地へ姿を消した。
は路地裏を歩きながら、手にあった小瓶を腰のポーチへ戻した。
(「天候に左右されるか・・・普通なら即効で気を失うんだけどね」)
後で調合を変えるか、と独り言を呟いた
は宿屋に向けて歩み進んでいた。
空には稲妻が走り、天候は最悪。
しかし
の足取りは軽く、鼻歌まで聞こえてきそうだ。
宿屋までもう少し、そんな時かすかに聞こえた剣戟の音にぴたりと足を止めた。
(「ここも物騒になったわね・・・」)
そう思い、小さくため息をつくと音の方へ足を忍ばせた。
表通りから脇に入った路地、木箱が積まれているそこは用がなければ人は立ち入らない場所だった。
まして今は天気が悪い上、あくどい執政官の手下がのさばっている。
人目がないその場所を物陰から見つめた
は、音源の元に眉を寄せる。
(「海凶の爪・・・あれ?受けてるのって・・・」)
視線の先にはハルルでも遭遇した海凶の爪、そしてその攻撃を受けている人物がいた。
ちょうど陰になって誰が攻撃を受けているのか、
から見る事はできなかった。
だが、敵は3人。
見てしまったからには見過ごす事はできない。
ここは手助けを、と思った
が背中の投擲ナイフに手をかけ投げ放とうと思った。
その時、視界を金と新緑が横切り、敵の一人を剣で弾き飛ばした。
(「あれって・・・!?」)
突然登場した人物に驚いたのは
だけでなく、手助けをされた側も驚いたようだった。
「大丈夫か、ユーリ?」
物腰柔らかな物言い、暗さに生える明るい金髪、そしてユーリを見つめているであろう空色の瞳。
ユーリの幼馴染みで、エステルの探していた帝国騎士フレン・シーフォがそこにいた。
「フレン!おまっ・・・それオレのセリフだろ!」
「まったく、探したぞ」
「それもオレのセリフ・・・だ!」
フレンに応じながら、向かってきた敵に攻撃を加えるユーリ。
その後、残りの敵をユーリ・フレンはそれぞれ剣戟を振るっていく。
そして、二人同時に敵を弾き飛ばし、その勢いで背後へバク転、後ろから斬りかかってきたもう一人の敵の後ろに回り込み、
「でやっ!」
「はぁっ!」
敵がまとまった所で、二人同時に衝撃波を見舞い、敵は吹き飛ばされ木箱に沈んで静かになった。
立ち上がる気配がない事に、ユーリは剣を収め肩の力を抜く。
「ふぅ・・・マジで焦ったぜ・・・」
そのままフレンの横を通り、ユーリは立ち去ろうと背を向けた。
「さて・・・」
そのユーリにフレンは収めていなかった剣をそのまま振り下ろした。
ーーガキーーーンッ!ーー
「危っ!ちょ、おまえ、なにしやがる!」
「ユーリが結界の外へ旅立ってくれたことは嬉しく思っている」
「なら、もっと喜べよ。剣なんて振り回さないでよ」
「これを見て、素直に喜ぶ気が失せた!」
フレンが剣先で示した先には、ユーリの手配書が示されていた。
「騎士団を辞めたのは、犯罪者になるためではないだろう」
「色々事情があったんだよ」
「事情があったとしても、罪は罪だ」
「ったく、相変わらず頭の固いヤツだな・・・あ」
変わらない幼馴染みに呆れたユーリだったが、視界に写った人物に注意を移す。
それまで黙って成り行きを見守っていた
も、ユーリの声の方向に視線を向けた。
「ちょうど良いところに」
「フレン!!!」
エステルはフレンを見るなり抱きつき、口早に心配や気遣いが飛び出してくる。
それに慌てたように対応していたフレンだったが、場所を変えるためエステルの手を引いて走り出してしまった。
一人置いてけぼりをくらったユーリは、軽く息を吐き表通りに足を進めた。
未だに動いていない
は、どこで出ようかと思っていた。
が、
「
、いつまでそこにいるつもりだ?」
「・・・あれ?いつ気付いたの?」
「オレが3人を相手してる時、だな」
「それって最初からじゃん・・・」
「ったく、マジ危なかったんだから手伝えっての」
ユーリの批判するような声に、
はしばらく唸ってから指を立てた。
「フレンの登場を遮っちゃ悪いかな〜って思ってさ。
それに、無事だったんだから良しとしてよ」
「お前な・・・」
全く悪びれない
に、ユーリは肩を落とし、連れて行かれたエステルの方向を見た。
「エステルは誘拐されちゃったし、どうする?」
「・・・とりあえず、カロルとリタを先に拾うか」
了解、と
が応じ二人は宿屋に向け並んで歩き出した。
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2008.2.22