ーーNo.34 墓標 後ーー








































魔物を倒したすぐ先の坂は両脇に競り立つ岩壁に、視界を遮られていた。
だが、坂を上りきると崖上に出たため、視界は一面の紺碧に彩られた。

「うわあ・・・」
「これって・・・」

エステルとリタが感嘆の声を上げ、もっとよく見渡せる崖先へと数歩歩み寄った。
海原からは柔らかな風が潮騒と共にユーリ達を包み込む。

「ユーリ、海ですよ海!」
「分かってるって・・・風が気持ちいいな」
「本で読んだことはありますけど、わたし、本物をこんな間近で見るのは初めてなんです!」

興奮冷めやらぬ様子のエステルは、目をキラキラとさせ視線は海から外れることはない。

「普通、結界を越えて旅することなんてないもんね。
旅が続けばもっと面白いものが見られるよ。ジャングルとか、滝の街とか!」
「旅が続けば・・・もっといろんなことを知ることができる・・・」

カロルの言葉を噛み締めるように呟くエステルに、同じく海を眺めていたもカロルに同意した。

「そうね、実際に目で見て肌で触れて心で感じて・・・
そうすれば自分の世界、価値観はもっと広がるわ」
「だな・・・オレの世界も狭かったんだな」
「あんたにしては珍しく素直な感想ね」

いつものひねくれさがナリを潜めた答えに、リタは揶揄する。
そんなリタにカロルが訊ねた。

「リタも、海初めてなんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「そっかぁ・・・研究ばかりのさびしい人生送ってきたんだね」
「・・・あんたに同情されると、死にたくなるんだけど」

カロルの哀れむような言葉に、半眼を向けたリタがカロルの頭に手刀を落とし黙らせる。
そんな二人を他所に、エステルは未だ海に熱い視線を送る。

「この水は世界の海を回って、すべてを見てきてるんですね。
この海を通じて、世界中がつながっている・・・」
「ふふっ。エステルらしい詩人な感想ね」

岩に寄り掛かったままそう言ったに、エステルは振り返り互いに笑みを浮かべる。
そんなエステルの隣で海を見ていたユーリがぽつりと呟く。

「これがあいつの見てる世界か・・・」
「ユーリ?」
「もっと前にフレンはこの景色を見たんだろうな」
「そうですね。任務で各地を旅してますから」

ユーリの呟きにエステルが答え、再び海原へと視線を戻す。
その言葉を聞いたは、岩から身を離しユーリへ近づいて行った。

「追いついて来いなんて、簡単に言ってくれるぜ」
「それを知ったと言うことですでに一歩追いついてるわ。
それに、旅は始まったばかりなのよ?」

ユーリが振り返ると、背後に歩き着いたが、焦ることないでしょ?、と片目を瞑る。
いつものらしい対応にユーリは微苦笑し、再び海に視線を投げた。

「そうだな・・・さあて、ルブランが出て来ないうちに行くか」
「ノール港はここを出て、海沿いの街道を西だよ。
もう目の前だから」
「海はまたいくらでも見れる。旅なんていくらでもできるさ。
その気になりゃあな。今だってその結果だろ?」
「・・・そうですね」

しばらく考え込んでいたエステルは間を置いてからユーリに応じ、一行は歩みを再会させた。



















































見晴らした場所を後にしユーリ達は西へと歩いて行く。
すると右手の絶壁に小さな石塔が建っていた。

「あれ?何だろう、これ?」
「お墓・・・じゃないでしょうか?」
「墓?こんなところに?」

エステルの推論にユーリは首を傾げる。
するとリタはさほど驚きもせず、口を開いた。

「こんな所だからこそじゃないの?」
「どういうこと?」
「帝国によからぬことを企んで、追放されたヤツの墓、とかね。
公的に葬れないと、こんな人のいないところにしか墓作ってもらえなくなるわね」

滔々と答えたリタの考えに納得かいかなかったのか、は静かに嘆息する。

「理由も分からないのに、最初から悪人っていうのは考えものね・・・」
・・・?」

の呟きが聞こえたエステルが呼びかけたが、それに応じることなく、一人墓の前に進み膝を折る。
そしていつの間にか摘んだ花をその墓に手向け、手を合わせた。
しばらくしてが立ち上がり、振り返ってみると、みんな同じように手を合わせていた。
思ってもみなかった行動には目を見張る。
そしてすぐに後ろにいたユーリと目が合い、問われた。

「もしかして、知り合いのやつなのか?」
「・・・葬られてる人に花を手向けるのは普通のことでしょ?」
「まぁ、そうなんだけどよ・・・」

それ以上の追及を逃れるようには墓石に背を向け歩き出す。
皆もそれに倣う中、ユーリは離れて行く背中を見つめ小さく息を吐く。

『どうか・・・安らかに・・・』

すぐ背後にいたユーリにしか聞き取れなかっただろう、の呟き。
様子がおかしかったのはあそこに葬られている人物が関係しているかもしれない。
そう思えたが、途中に垣間見えたの表情を思うと、ユーリは聞き出すことはできなかった。


















Back
2008.2.18