ーーNo.32 壊された結界魔導器ーー
ハルルの街を背後に西へと進路を取り、追跡を逃れるように早足に歩みを進めた。
そのうち足下は坂になり、目の前を遮るように木々が立ち塞がった。
「ここがエフミドの丘?」
「そう・・・だけど・・・
おかしいな・・・結界がなくなってる」
リタの声にカロルは答え空を見上げたが、その目に結界の術式が写ることはない。
「ここに、結界があったのか?」
「うん、来るときにはあったよ」
「ふーん、人の住んでないとこに結界とは贅沢な話だな」
ユーリらしい言葉に
は苦笑し、困った顔をしたエステルに肩を竦める。
「あんたの思い違いでしょ。
結界の設置場所は、あたしも把握してるけど、知らないわよ」
「カロルが言ってる事は本当よ。
私も帝都に向かう時に見てるしね。
・・・だいたい10日前ってとこかしら?」
リタの指摘に
が答えると、カロルは自信たっぷりに指を立てた。
「
だってそう言ってるし、リタが知らないだけだよ。
最近設置されたって、ナンが言ってたし」
「ナンって誰ですか?」
「え・・・?え、えっと・・・ほ、ほら、ギルドの仲間だよ。
ボ、ボク、その辺で情報集めてくる!」
エステルの問いに焦りを見せたカロルは、尤もらしい理由をつけてその場を逃げるように後にした。
「あたしも、ちょっと見てくる」
「あ、リタ、付き合うよ〜」
少年の後を追うように、リタ、
もそのままユーリとエステルから離れて歩いて行った。
「ったく、自分勝手な連中だな。
迷子になっても知らねえぞ!」
ユーリの声に片手で応じた
はリタと共にその場を離れていった。
「もう、一本道なんだから迷子になるわけないでしょって。
ねぇ、リタ?」
「え?え、ええ・・・そうね」
「およ?あそこが結界魔導器の成れの果てがある現場、かな?」
「あれが・・・」
視線の先には騎士や調査員が固まっており、物々しい雰囲気となっている。
そんな事など気にもせず、リタはずんずんと進み瓦礫に触れる距離まで近づいていった。
するとこちらに気付いた男が立ち塞がるように歩み寄ってきた。
「こらこら、部外者は立ち入り禁止だよ!」
「帝国魔導器研究所のリタ・モルディオよ。
通してもらうから」
「アスピオの魔導士の方でしたか!
し、失礼しまーー
ああ!勝手をされては困ります!上に話を通すまでは・・・」
調査員らしい男が慌てて制するも、リタからの一睨みで上げた手を下ろすしかなかった。
どう対処して良いのか困り果てた男はそのまま走り去り、邪魔が入らなくなったリタは黙々と魔導器の調査を始める。
男の動向が気になった
だったが、ユーリとエステルが近づいてきた事でそちらに合流した。
「あの強引さ、オレも分けてもらいたいね」
「ユーリには必要ないかと、思うんですけど・・・」
「エステルに激しく同意〜
これ以上強引になったら、誰がストッパーになるのかしら?」
呆れた
に、ユーリは肩を竦めただけで返す。
と、そこへ戻ってきたカロルが、興奮冷めやらぬ様子で駆け寄ってきた。
「ねえねえ、みんな聞いて!
それが一瞬だったらしいよ!槍でガツン!魔導器ドカン!で空にピューって!飛んで行っちゃってね!」
「・・・・・・ユーリ、通訳」
「はぁ・・・誰が何をどうしたって?」
から押しつけられたユーリは、一息ついた後、カロルを落ち着かせるようにゆっくりと聞き返す。
「竜に乗ったやつが!結界魔導器を槍で!壊して飛び去ったんだってさ!」
「人が竜に乗ってか?んなバカな」
「そんな話、初めて聞きました」
「私も初耳・・・」
カロルから聞いた内容に、信じられないとばかりに三人は首を傾げる。
しかし、言った本人も、完全に信用した訳ではない表情で言葉を返す。
「ボクだってそうだけど、見た人がたくさんいるんだよ。
『竜使い』が出たって」
「竜使い、ねえ・・・まだまだ世界は広ーー」
「ちょっと放しなさいよ、何すんの!?」
言いかけたユーリを遮るように、リタの大声が辺りに響き渡る。
何事かと、声の方を振り向いてみると騎士に両脇を抱えられたリタが調査員の男に怒鳴り散らしていた。
「なんか騒ぎ起こしてるよ」
「あらら、離れない方が良かったかな?」
どうしようか、とユーリ達に視線を向けた
に返ってきたのは同じく困惑した視線だけだった。
そうしている間にも騒ぎは大きくなっていく。
「この魔導器の術式は、絶対、おかしい!」
「おかしくなんてありません。
あなたの言ってる事の方がほかしいんじゃ・・・」
「あたしを誰だと思ってるのよ!!」
「存じてます。噂の天才魔導士でしょ。
でも、あなたにだって知らない術式のひとつくらいありますよ!」
男の会話はまるでリタの怒りに油を注いでいるようなもので、少女の声はますます大きくなる。
「こんな変な術式の使い方して、魔導器が可哀想でしょ!」
「ちょ、ちょっと!見てないで捕まえるの手伝ってください!!」
怒り狂うリタについに周りに助けを求めた男の声で、周囲から騎士が集まりだす。
よろしくない状況に
はどうしたものかと思案し、思いついた策を実行しようとした。
その時、
「火事だぁ!山火事だぁっ!」
そんな
より早く、カロルが騒ぎに負けないくらいの大声を上げる。
それに騎士の注意が向いた。
「なんだ、あのガキ」
「山火事?音も臭いもしないが?」
「こらっ!嘘つき小僧!」
「やばっ・・・もうばれたの?」
(「バレるって・・・」)
無理がありすぎる内容に、突っ込む気力も起きなかった
の隣を、カロルは全速力で駆け出して行った。
こちらへ向かってくる複数の騎士を見やり、
はユーリに耳打ちする。
「ユーリはリタを!」
「分かった」
騎士と入れ違いになるようにユーリは走り出し、騎士の一人が
の元へと走ってくる。
「お前達、さっきのガキと一緒にいたようだが・・・
ん?さっきのは、確か手配書の・・・」
「お兄さん、さっきの子なら向こうの茂みに向かったようだけど?」
にっこり、と営業スマイル全開でカロルが逃げ出した方向と違う方角を差す。
それに気を取られていた騎士だったが・・・
ーードサッ!ーー
背後に響いた音に振り返る騎士。
仲間の騎士が倒れた姿とユーリやリタ、エステルが茂みに逃げ込んだ姿に追いかけようとした。
「あ、こら、待て!」
「悪いけど、待つつもりないわ」
間近で聞こえた声に驚いた騎士は、振り向くと小瓶を振った
の姿を見たのを最後にその場に昏倒した。
それを確認した
は、ユーリ達の後を追い道脇の茂みに飛び込んだ。
遅れて茂みに入った
はユーリ達と合流した。
「ふ〜、振り切ったか」
「みたいね。ラピードも無事で良かったわ」
「ワフッ!」
ラピードが応じた事で、
はにっこりと微笑を浮かべる。
「はあ・・・はあ・・・
リタって、もっと考えて行動する人だと思ってました」
「はあ・・・あの結界魔導器、完璧におかしかったから、つい・・・」
「いやいや、新たな一面が分かったって事で良かったじゃない」
「そういう問題か?にしても、おかしいって、また厄介事か?」
リタの言葉に眉をひそめたユーリは胡乱気に聞き返す。
すると、リタは表情を険しくした。
「厄介事なんてかわいい言葉で、片付けばいいけど」
「オレの両手はいっぱいだから、その厄介事は他所にやってくれ」
「・・・どの道、あんたらには関係ないことよ」
二人の雲行きが怪しくなってきたことに、エステルはどう収めようと心配そうに二人の顔を見回す。
そんなエステルに助け舟を出そうと口を開いた
だが、聞き飽きた声がそれを遮った。
「ユーリ・ローウェ〜ル!どこに逃げおったあっ!」
声の主、ルブランの大声によって重苦しい空気が消え、呆れた雰囲気が取って代わった。
「呼ばれているわよ、有名人?」
「またかよ。仕事熱心なのも考えもんだな」
「あんたら、問題多いわね。いったい何者よ?」
今度はリタが問い質す番に代わり、それを向けられた側のエステルは言葉に詰まる。
「えと、わたしは・・・」
「そんなのあとあと、今はここを抜け出そうぜ」
「えっ?騎士団がいなくなるのを待つんじゃないの?」
ほとぼりが冷めるまで隠れているものだと思っていた
がユーリに聞けば、何を言ってるのだとばかりなユーリの視線。
「そんな悠長なことやってらんないだろ。進めるだけ進むぜ」
「これ、獣道よね?進めるの?」
「さあな、ま、行ける所まで行くぞ。
捕まるのはもうたくさんだ」
「魔物にも注意が必要ですね」
すでに進む事で話がまとまっている様子に、
はますます困惑し確認するようにもう一度ユーリに問う。
「・・・ねぇ、ホントにこの道行くの?」
「いつになく慎重だな、何か不味い事でもあんのか?」
「うっ・・・いや、そういう訳じゃ・・・」
「なら行くぞ」
ユーリの切り返しに言葉を濁した
は、嫌々ながら足を進める事となった。
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2008.2.18