階段を下り終えると、そこには地上とは違った風景が広がっていた。
地下であるために、上では白かった遺跡は周りの景色からうっすらと浮き出ているような錯覚を覚える。
流れている水は漆黒で、覗き込めば鏡のようだった。
何者にも侵されないそこは、ただ静寂だけが満たされていた。
「遺跡なんて入るの、はじめてです・・・」
「そこ、足元滑るから気をつけて」
その言葉に踏み出そうとした足をエステルは引き、振り返ってリタを見つめる。
そんなエステルの様子に照れたのか、リタはその視線から逃れようと顔を背ける。
すると今度はユーリと視線がぶつかった。
「なに見てんのよ」
「モルディオさんは意外とおやさしいなあと思ってね」
ユーリのからかった言葉に、リタは重いため息をつく。
「はあ・・・やっぱり面倒を引き連れてきた気がする。
別にひとりでも問題なかったのよね・・・」
その呟きを聞いたエステルとカロルはリタに聞き返した。
「リタはいつも、ひとりでこの遺跡の調査に来るんです?」
「そうよ」
「罠とか魔物とか、危ないんじゃないの?」
「何かを得るためにリスクがあるなんて当たり前じゃない。
その結果、何かを傷付けてもあたしはそれを受け入れる」
それを聞いたエステルは一旦間を置き、さらにリタに問うた。
「傷付くのがリタ自身でも?」
「そうよ」
「悩むことはないんです?ためらうとか・・・」
その質問を背中で受けたリタは、面倒そうに息を吐くと突き放すように言い放った。
「何も傷付けずに望みを叶えようなんて悩み、心が贅沢だからできるのよ」
「心が贅沢・・・」
リタの言葉を反芻するようにエステルは呟く。
「それに、魔導器はあたしを裏切らないから・・・
面倒がなくて楽なの」
それだけ言うと、リタは先へと歩き出していった。
その背中を見つめていた
は、エステルの声でそっちに振り向いた。
「なんだか、リタってすごいです。
あんなにきっぱりと言い切れて・・・」
「何が大切なのか、それがはっきりしてんだな」
「あの歳でそれがはっきりしてるのはすごいことではあるわね」
の苦笑混じりの声に、エステルは困ったように眉根を寄せる。
「わたしには、まだその大切がよくわかりません・・・」
「適当に旅して回ってりゃあ、そのうち、嫌でも見つかるって」
「そうね。そういうものはなかなか見つけられない人が大部分だから、焦ることはないわ」
振り返ったエステルにユーリと
は頷き返し、リタの後を追い歩き出した。
ーーNo.26 地下の遺跡ーー
行き止まりに行き着きながらも、一行は道が繋がっている限り歩き進めた。
すると、また行き止まりになったそこには魔導器が立っていた。
「あれも魔導器ね」
「あ、こっちのは魔核が残ってるよ」
カロルの言葉通り、ここまで来る途中に見た魔核がない魔導器とは違い、目の前にあるものにはしっかりと魔核が埋め込まれていた。
「その魔核をこれ使って、撃ってみて」
リタがユーリに小さなリングを渡すと、ユーリはまじまじとそれを見つめた。
「このリングについてるの、魔導器の魔核と同じものだな」
「『術式を文字結晶化することで必要に応じてエアルを照射する魔導器・・・ソーサラーリング』」
諳んじたエステルの説明に、リタは訂正の声を上げた。
「その説明、ちょっと違う。
『照射して魔導器にエアルを充填させる』が正解よ。
・・・って、あんた知ってるの?」
「古い遺跡のカギ代わりになるとお城の本で読みました。
本物ははじめて見ます」
「お城・・・?」
訝しむリタの考えを遮るように、ユーリは訊ねた。
「撃てばいいのか?」
「・・・あの魔導器の魔核をそのソーサラーリングで撃つだけよ。
飛ぶ距離に限界があるから試してみるといいわ」
はぐらかされたことで目を細めたリタだったが、ソーサラーリングの使い方を説明する。
聞き終えたユーリは、ソーサラーリングで魔核を狙い撃つ。
すると、リングから圧縮されたエアルが飛び出し、魔核に充填された。
「・・・ハイ、終了」
その声と同時に、魔導器が起動し、エアルが充填されたことで術式の紋章が浮かび上がる。
「あれはストリムの紋・・・移動を示す紋章ですね」
「でも、どこに移動の・・・あぁ、あれか」
の視線の先を皆が見ると、行き止まりとなっていたところに水中から石柱が生えてきた。
それによって水路を隔てた隣の通路に行くための道ができた。
これで、さらに奥に進める、と来た道を戻ろうとするとそれまでなかったものがいた。
「あ、あれ・・・なに・・・?」
「侵入者退治の罠ね」
カロルの怯えた声に、リタは何でもなく言い放つ。
そこには先ほどまで確かに壁だったはずだが、どこからゴーレムが現れた。
どうやら魔導器の起動と同時に動き出したようだ。
「んじゃま、気をつけながら先を急ぐとするか」
「いいの?
あたし、実はもっと奥に誘いこんで、あんたらを始末するつもりかもよ?」
「罠より怖いのがここにいたよ」
リタの言葉にユーリは苦笑をこぼすしかなかった。
「リタ、ユーリはなかなか隙を見せないから、ヤルなら一気にね」
「・・・お前は誰の味方だよ」
リタへの耳打ちを聞き咎めたユーリは、
に半眼を向ける。
そして、借りたソーサラーリングを返そうと、拳の中にあるリングを差し出した。
「・・・あんた、持ってて」
「大事なもんじゃないのか?」
疑問に思ったユーリだったが、腕を組んだリタが素っ気なく返す。
「この先も何度か使わなきゃいけないから」
「じゃあ、先頭歩くオレが持ってた方が効率いいな」
そういうこと、とリタが頷く。
一行は遺跡のさらに奥へと足を踏み入れていった。
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2008.2.8