クオイの森で用事を済ませたユーリ達がハルルに到着すると、辺りは闇の帳に覆われていた。
ハルルの長からルルリエの花びらを分けてもらった四人は、足早によろず屋に向かった。
「おっ、戻ってきたか。材料は揃ってるな?」
「ちゃんとあるよ」
カロルの声を聞きながら、店主は素材を一つずつ確かめていく。
「エッグベアの爪、ニアの実、ルルリエの花びら・・・っと。
よし、作業に取りかかるぞ」
「お願いします」
エステルの言葉に頷き、店主は作業のため店の奥へと姿を消した。
しばらくして、店主が姿を現した。
「パナシーアボトルの出来上がりだ」
そう言い、出来上がったパナシーアボトルをカロルに手渡した。
嬉々として受け取ったカロルは急いではハルルの樹まで走ろうと意気込む。
「これで毒を浄化できるはず!早速行こうよ!」
「そんな慌てんなって。一つしかねえんだから、落としたら大変だぞ」
「不吉な事言わないの。カロルがご期待に添ったらどうするのよ」
カロルの急ぐ様子をたしなめたユーリだったが、はそんな忠告に律儀に従ってしまうのでは、という不安から言葉をかける。
「う、うん。なら、慎重に急ごう!」
そんな二人の言葉に、幾分冷静になったカロルはパナシーアボトルをユーリに渡し、ハルルの樹を目指した。
ーーNo.20 夜空に瞬く花灯ーー
ハルルの樹の下に到着すると、大勢の住民が集まっていた。
「おおっ、毒を浄化する薬ができましたか!?」
待ちわびたような長や住民達の様子に、ユーリは手に持っていたパナシーアボトルをカロルに渡した。
「カロル、任せた。面倒なのは苦手でね」
「え?いいの?じゃあ、ボクがやるね!」
ユーリからパナシーアボトルを受け取り、カロルは根元へと歩き出した。
そんなカロルの後ろ姿を見て、はぽつりと呟く。
「うまくいってくれると良いんだけど・・・」
「カロル、誰かにハルルの花を見せたかったんですよね?」
「多分な。ま、手遅れでなきゃいいけど」
そんな会話を交わすうちに、カロルは根元全体にパナシーアボトルを撒いた。
すると、ハルルの樹が光りだし辺りはほのかな明かりに包まれた。
「樹が・・・」
「お願い、蘇って・・・」
ハルルの樹の様子にエステルは驚き、は祈るように呟いた。
「お願いします。結界よ、ハルルの樹よ、よみがえってくだされ」
ハルルの長も必死に両手を合わせて念じるように呟く。
しかし、そんな期待も虚しく、ハルルの樹から溢れていた光は次第に収束していった。
光が収まった後も花は咲く事なく、先ほどまでの枯れた姿を現している。
「そ、そんな・・・」
「うそ、量が足りなかったの?それともこの方法じゃ・・・」
長は愕然とした声を上げる。
この方法を信じていたカロルも、似たような感じだ。
諦めきれないエステルはハルルの長に走り寄った。
「もう一度、パナシーアボトルを!」
「それは無理です。ルルリエの花びらはもう残っていません」
首を横に振る長に、ついにエステルもその場に立ち尽くす。
「そんな、そんなのって・・・」
エステルはやるせない気持ちのまま樹に近づいた。
もエステルに歩み寄り、共にハルルの樹を見上げた。
目の前にある雄大な大樹は朽ちる道を駆け落ちている。
何十年、何百年、幾星霜生きてきたのだろう。
その道の先はここに住む住民をも巻き込むものだ。
ーーなんとしても、助けたい!ーー
「・・・エステル。
上手くいくか分からないけど、私の言う通りにして」
「えっ?」
はエステルにしか聞こえない程度に呟く。
「治癒術と同じように、集中して・・・ただし、必要以上の力は出さないで。
引き摺られそうになったら、私がどうにかするから」
「・・・わかりました」
の提案にエステルは頷き、両手を組み治癒術を発動するように集中した。
もその後で目を閉じ、エアルの流れに集中した。
「お願い・・・」
エステルの呟きを聞きながら、は更に集中を深める。
「咲いて」
その瞬間、パナシーアボトルを撒いた時とは比べ物にならないような光が、ハルルの根元から枝先へと立ち上った。
そして、しなだれていた枝が徐々に空を向き、桃色の花が淡い光を放ちながら一斉に咲き誇った。
は周囲のエアルが急激にエステルに集まりだしたのを感じた。
そして通常であればそのままの量が流れるのではなく、エステルを介してハルルの樹に流れるエアルの量は莫大になった。
(「やっぱり、エステルは・・・」)
ふわふわと漂っていた推測が、たった今の中で揺るぎない確固たる事実へと変わった。
いつもであれば、真相に辿り着いた時独特の高揚感が得られたが、今回ばかりは違った。
更に思考の海に埋もれようとしたが、周囲のエアルの量には考え事を中断しすっと瞳を閉じる。
はハルルの樹に引き摺られるように流れ込むエアルの流れを断ち切るように、エステルを取り囲む障壁を作り始める。
目には見えない結界が徐々にエステルを取り囲み、結界が完成した。
瞬間、
ーーパキィーーーンッ!ーー
「きゃっ!」
エアルの流れが結界と相殺され、エステルの術が強制的に止められた。
惚けるエステルに、はどうにか上手くいった事で小さく息を吐いた。
今までこのような無謀な事、やったことなどない。
こんな事をするようになったのは、ユーリの影響も少なからずあるだろうか。
頭の隅でそんな事を考えながら、は乱れる呼吸を抑え込み倒れ込んできたエステルの背を支えた。
「エステル、大丈夫?」
「はあ・・・はあ・・・
わ、わたし、今なにを・・・?」
自身が何をしたのか分からず、エステルは困惑する。
「・・・すげえな、エステル。立てるか?」
「あ、はい・・・」
歩み寄ったユーリの声にエステルは応じ、差し出された手を支えに立ち上がる。
そんなエステルをユーリに任せ、は人混みから離れハルルの幹に疲れた体を寄り掛からせた。
「す、すごい・・・」
カロルは、今起きた事が信じられないようで呆然と立ち尽くしている。
「今のは治癒術なのか・・・」
「これは夢だろ・・・」
「ありえない・・・でも・・・」
住民は口々に目の前で今起こった現実に困惑の声を上げる。
「お姉ちゃん!すごい!すごいよ!」
「ありがとね!ハルルの樹を元気にしてくれて!」
ハルルの樹が目の前で蘇った事に興奮冷めやらぬ子ども達が、エステルを囲み飛び跳ね回った。
ここにいる住民が、こんな子ども達のように素直に喜び、邪推などなければ問題はないのだが・・・
「ホント・・・良かった」
は一人呟き、大きく息を吐きながら結界の戻った満開のハルルの樹を見上げて微笑を浮かべた。
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2008.2.3