ーーNo.12 魔物の大群ーー


































帝都を出発したユーリ達は、ザーフィアスから北、デイドン砦に進路をとった。
馬車を使うにしろ徒歩にしろ、そこを通らなければさらにその先の街に行く事ができないらしい。
からの情報は各地を巡っているだけ経験豊富で、旅の初心者二人は素直に従った。
途中に魔物との戦いがあったが、ユーリ達は無事に砦に到着した。

帝都とはまた違った街の様子にエステルはすっかり回りに目を奪われる。
砦の出口には騎士団が見張りに立っており、門から出入りする旅人に視線を送っている。

「ユーリを追ってきた騎士でしょうか?」
「どうかな。ま、あんま目立たないようにな」
「そうしてよね。
只でさえユーリは事を大きくする節があるんだから・・・」

のたしなめるような言葉に、ユーリは反論するように口を開く。

「オレってそんなに――」
「はい。わたしも早くフレンに追いつきたいですから」

青年の反論はエステルの同意する声によってかき消された。
よしよし、と が満足げに頷く様子にユーリは溜め息をつく。

「んじゃ、さっさと砦を抜けますか」
「そうしましょ。野宿より宿屋のベッドが一番だもの」

気を取り直して声を上げたユーリに は応じた。
が、もう一人の反応がないことで不審に思った二人が振り返ると、
行商人のテントで本に夢中となっているエステルがいた。

「ほんとにわかってるのかね」
「先が思いやられるわ・・・」

仕方なくエステルに声をかけようと、行商人のテントに近づいた。

「へい、いらっしゃい!
今日は良い品が入ってるよ〜
まずはこれだ――」

威勢の良い声が響き、商人は商売の決まり文句を並べてきた。
エステルは熱のこもった口調の商人に興味津々とばかりに話を聞いている。
長くなりそうだ、と踏んだ はユーリの裾を引っ張り、自分に注意を向けさせた。

「ちょっとエステルお願いね。
馬車がここを通ったなら誰かが見てるはずだから聞いてみるわ。
どっち方面に行ったか分からないと追いかけようがないから」
「あぁ、頼んだぜ」

任せといて〜、と が応じ二人から離れていった。




































ユーリ達から離れた は旅人や行商人がテントを張っているキャンプ地に向かった。
さほどかからず到着した彼女は、周囲に目を配る。
と、宿番をしている少年が暇そうにしているのを目に留め声をかける。

「ちょっと良いかな?」
「一泊150ガルドだよ」
「ごめんね、お客じゃないんだ・・・お詫びに、はい、これあげる。
で、ちょっと聞きたい事があるんだけど・・・」

少年の手にお菓子を転がした は、視線の高さをを合わせふわりと笑った。

「ここを帝都側から馬車が通ったと思うんだけど、どっちに行ったか見てない?」

のお菓子に気分を良くした少年はしばらく考えた後、思い出したのか顔を上げた。

「昨日の夕方かな・・・一台、検問を受けないで通ったのを見たよ!
早く届けないと船に乗せられないって言ってた!」

自分の運の良さに指を鳴らす。
時間の流れをみてもその馬車で間違いなさそうだ。
何よりこのタイミングで怪しすぎる。
は少年に礼を言ってユーリ達の元に戻ろうとした。

――カーン!カーン!カーン!・・・――

突如、辺りに響き渡る警鐘、騎士団の大声が辺りを包んだ。

「早く門を閉めろ!!」
「くそっ!やつが来る季節じゃないだろ!」
「主の体当たりを耐えればやつら魔物は去る!訓練を思い出せ!!」

は走り出した。
この騒ぎでユーリとエステル、どちらが黙っているとは考えにくい。

(「頼むから、騎士団に目を付けられることだけはやめてよね」)

そんなに距離がないとはいえ、切迫した状況でとても長い行程に感じた。
門が見える所まで戻ると、 の不安は的中した。
ちょうどユーリが閉まりかけた門に構わず、小さな女の子が指差す先の人形を取りに駆け出しているところだった。
くらりと目眩がした。

「コレじゃあ、否が応でも目立つじゃないの!」

悪態を吐くが、とりあえずあの門をなんとかしないとユーリの命はない。
ここは実力行使とばかりに、門の鎖を下ろしている騎士を止めようと、 の手が片剣にかかる。
しかし、それより早くラピードが騎士の手を止めた。
ラピードにより稼げた時間で閉まりかけていた門の隙間をユーリが滑り込んだ。
直後、扉が完全に閉まり、魔物の体当たりの音が辺りに轟いた。







































ユーリとエステルは助けた人から口々に礼を言われていた。
エステルは慌てっぱなしで、ユーリは面倒事を彼女一人に任せているようだ。
少し離れた所からその様子を眺めていた は、人の波が引いた事で二人の元へと歩いていく。

「ラピードに感謝しないとね。
私じゃ間に合わなかったわ・・・」

いろんな文句があったが、ひとまず無事な様子に安心する。

「・・・みんなが無事で、本当によかった・・・
あ、あれ・・・」
「エステル!?」

へたり込んでしまったエステルに驚き、 は声を上げた。

「安心したとたんそれかよ」

そんな様子にユーリは苦笑し、その隣に腰を下ろした。

「結界の外って凶暴な魔物がたくさんいて、こんなに危険だったんですね」
「あんな大群で来られたら結界が欲しくなるな」
「まぁ、今回のはイレギュラーだと思うけどね・・・」

は座らず、二人を見下ろす形になって答えた。

「ここに結界魔導器シルトブラスティアを設置できないでしょうか?」
「そりゃ、無理だろ。結界は貴重品だ」
「そう、ですよね・・・
今の技術では作り出せませんから。
魔導器ブラスティアを生み出した古代ゲライオス文明の技術が蘇ればいいのに・・・」

ユーリとエステルの会話を は沈黙で返した。
考えるのは二人の話している事とは全く別の事だ。
この時期外れに平原の主が現れた。
偶然、という言葉で片付けるにはいささか引っかかりを覚える。
だが、騎士が近づいてきた事により、 はそれを脇に置いた。

「そこの二人、少し話を聞かせてもらいたい」

深々と、何度目か分からない溜め息が響く。
しかし、その後は が思っていたように続く事はなかった。

「だから、何故に通さんのだ!
魔物など俺様の拳でノックアウトしてやるものを!」

響く大声に、ユーリ達は何事かと視線を向ける。
そこにはフードのような頭巾を被った細身の男が騎士と盛大に口論を繰り広げていた。

「簡単に倒せる魔物じゃない!何度言えば分かるんだ!!」
「貴様は我々の実力を侮るというのだな?」

騎士の言葉に細身の男の後にいた大剣を背に担いだ大柄の男が、背負っていた剣を抜いた。

「や、やめろ!」

その行動に言い争いをしていた騎士が色をなくす。
大剣は、騎士の眼前を通り過ぎ、空を切る音が辺りに響いた。

「邪魔するな!先の仕事で騎士に出し抜かれた鬱憤をここで晴らす!」

騎士の臆した反応に、気分が晴れたのか細身の男は嬉々とした様子で言い放った。
一方で、馬鹿にされた騎士団もいきりたっていた。

「おい!」
「これだからギルドの連中は!」

いつの間にか、ユーリ達のところにいた騎士もそっちの騒ぎに加わっていった。

「ちょうどいいわ。
今のうちに場所を変えましょう」
「だな。あの様子じゃ、門を抜けんのは無理そうだし」
「そんな・・・フレンが向かった花の街ハルルはこの先なのに」

が先導し、騎士から目の届かない所まで移動した。
歩きながらもエステルの不満は止まらない。

「騎士に捕まるのも面倒だ、別の道を探そう」
「エステル、悪いけどここは堪えてちょうだい。
貴女だって、連れ戻されたらフレンに会えなくなるのよ?」

の幾分厳しい言葉に二の句を次げず、渋々ながらもエステルは頷いた。
気まずくなった雰囲気を変えようと、ユーリは先ほどの連中について話を振った。

「それにしても、何だアイツらは?
わざわざあの中に飛び込んでいきたいなんてな」
「止めた方が・・・良かったんでしょうか?」

ユーリの話を受け、エステルは心配そうに先ほどの事を思い出した。
無駄だと思うけど、と は口には出さず今後のことを口にしようとした。
が、ユーリからの視線が外れない事で眉間に皺を寄せた。

「何かしら?そんなに見つめないでよ」
、お前アイツら知ってるんじゃないのか?」
「・・・知ってるけど、それが何か問題?」

隠しておく事でもなかったので、軽く返したつもりだったが思いの外、冷たく返してしまったようだ。
ユーリは続きを躊躇していたが、エステルは気付いていないのか、さらに質問をする。

「もし良ければ教えてくれませんか?」
「・・・あいつらはギルド魔狩りの剣よ。
文字通り魔物を狩ることを生業にしてるわ。
メンバーの多くが魔物に身内を殺されたらしくて、魔物は悪って掟で動いてる。
私は・・・その掟というか、考え方が嫌いでなるべく関わり合いたくないの」

これで満足?と言う にエステルは礼を返し、先ほど言いかけた続きを思い出したように呟く。

「そういえば 、さっき言いかけてたのは・・・」
「これからどうしようかって話だよ」

ユーリが より先に答える。
そんな心遣いを は感謝し、高ぶった感情を抑えようと深く息を吐き出した。
数呼吸の後、気持ちを切り替えた は二人の会話に参加する。

「さてと、とりあえず手分けして聞き込みしましょ。
こんな状況なら行商人もたくさん足止めを食ってるはずだから、
うまくいけば、向こうに行ける抜け道があるかもしれないし」

落ち合う場所を決めユーリとエステルを組みにした、 はその場を後にした。









Back
2008.1.18