ーーNo.5 地下牢での助力ーー
前に来たのは先月あたりだったか・・・
何度来ても馴染めそうもない地下牢の硬いゴザの上でユーリは意識を取り戻した。
どうやら隣からの話し声で目が覚めたようだ。
自分より年上と分かる声が見張りの騎士と盛り上がっている。
ぼんやりとした頭でここまでの記憶を辿り、これからどうしたものかと考えだす。
その時、
「そろそろじっとしてるのも疲れる頃でしょーよ、お隣さん。
目覚めてるじゃないの?」
もうしばらく一人で考える時間が欲しかったユーリだったが、隣からの声で中断を余儀なくされた。
「そういう嘘、自分で考えんのか。おっさん、暇だな」
邪魔された事で、ユーリは顔が見えない相手をバッサリと切り捨てた。
「おっさんは酷いな、おっさん傷付くよ。
それにウソって訳じゃないの。
世界中に散らばる俺の部下達が、必死に集めて来た情報でな・・・」
勿体ぶって話す口ぶりにユーリは堪えきれず声を上げる。
「はっは。
ほんとに面白いおっさんだな」
ユーリは乾いた笑いを上げ、反動をつけて起き上がる。
そんなユーリに隣から挑むような声がかかる。
「蛇の道は蛇。
試しに質問してよ、なんでも答えられるから。
海賊ギルドが沈めたお宝か?最果ての地に住む賢人の話か?
それとも、そうだな・・・」
「それよりここを出る方法を教えてくれよ」
ユーリは続きを遮るように声を上げる。
「まぁ、何をしたか知らないけど、十日もおとなしくしてれば、出してもらえるでしょ」
『いつもなら』ユーリはその言葉通りにしていた。
何度も入れられた経験上、それが最善の方法だということも分かっていた。
「そんなに待ってたら下町が湖になっちまうよ」
そう、今はいつもと違う。
時間が差し迫っているのだ。
「下町・・・
ああ、聞いた聞いた。水道魔導器が壊れたそうじゃない」
自分が持っていた情報のためか、明るい声が飛んでくる。
それと対照的に、ユーリの気分は沈み、目を伏せた。
「今頃、どうなってんだかな・・・」
下町の状況の事を考えながらもユーリは牢屋の入り口に近づき、何とか脱出できないかと辺りを見回す。
「悪いね、その情報は持ってないわ」
「ま、期待してなかったからな。知り合いに当たるさ」
そんなユーリに今度は隣が興味津々とばかりに声が上がった。
「なになに?
お宅の知り合いにもそんな子がいるの?」
「まぁそんなとこだ」
それ以上ユーリは答えず、代わりに別の問題が口を突いた。
「モルディオのやつもどうすっかな」
呟いた程度だったにも関わらず、続けて反応が返ってくる。
「モルディオって、アスピオの?
学術都市の天才魔導士とおたく関係あったの?」
今までで最もまともな情報に、ユーリは素直に反応を返す。
「知ってるのか?」
「お?知りたいか。
知りたければ、それ相応の報酬をもらわないと・・・」
自分が置かれている状況など気にせず、取引を持ちかけて来た隣にユーリは素っ気なく返した。
「学術都市アスピオの天才魔導士なんだろ?ごちそうさま」
先に聞いた情報を言い返すと、途端に隣から焦った声が返ってくる。
「い、いや、違う、違うって。
美食ギルドの長老の名だ。
いや、まて、それは、あれか・・・」
――ガチャン――
――キーーー――
隣からの返答は、地下牢入り口の扉が開く音によって中断された。
入り口から、硬いブーツの音を響かせ、騎士服に身を包んだ男が歩いてくる。
その人物を知っていたユーリは、驚き目を見開く。
(「!騎士団長アレクセイがなんで・・・」)
しかしアレクセイはユーリの前を通り過ぎ、隣の扉を開ける。
「出ろ」
「いいところだったんですがねえ」
「早くしろ」
短い命令に不満をこぼしながらも、先ほどまでユーリと言葉を交わしていたおっさんがアレクセイの後ろに付き従い牢から出てくる。
「おっと」
と、躓くふりをしたおっさんにユーリは小声で訊ねる。
(「騎士団長直々なんて、おっさん、何者だよ」)
ユーリの鋭い問いかけに答えず、先ほどのふざけた調子とは打って変わった、感情を抑えた声でただ一言紡がれる。
「女神像の下」
ユーリがきょとん、とするとおっさんはニヤリと笑う。
次いで、地面を滑り金属がユーリの牢屋内に入ってきた。
「何をしている」
「はいはい、ただいま行きますって」
騎士団長の咎める声を受け、今度は素直に命令に従い地下牢を出て行った。
牢内に静寂が満ちると、ユーリは拾ったそれを見た。
「・・・そりゃ抜け出す方法、知りたいとは言ったけどな・・・」
ユーリの手には、どこかの扉を開けるための鍵が光っていた。
疑わしく小さな金属を睨んでいたが、試しに、とそれを自分の牢屋の鍵穴に差し込む。
すると指先に軽い抵抗を受け、軋む音と共に扉が開かれた。
「マジで開くのな」
手元の鍵と開け放たれた扉とを交互に見比べる。
とりあえず、胡散臭いおっさんのことは捨て置き、周囲を見回す。
(「相変わらずのざる警備かよ。
これなら抜け出せっけど、脱獄罪の上乗せは勘弁したいな。
下町の様子を見に行くだけなら朝までに戻ってこられるか・・・」)
心中で呟いたユーリは入り口にいるはずの騎士を警戒しながら歩みを進める。
だが、ユーリを待っていたのは違う人物だった。
「よっ☆」
一人のメイドが楽しそうに片手を挙げている。
城内で働いているメイドであれば、決してしないだろう机に座り足を組んでいた。
その後ろには、見張りだったものが昏倒している。
「はぁ〜
なんでお前がいるんだよ」
「あら、ご挨拶ね。
なんなら、この人を起こしてもうしばらくココに泊まらせてあげましょうか?」
呆れ返ったユーリにメイドの格好をした
は不機嫌に返す。
「一応、ハンクスさんと約束したから回りくどいやり方をして、穏便に済まそうと来てあげたって言うのに・・・
じゃあね、もうしばらく滞在するご仁にはこの装備は不要よね?」
はにーっこり、と笑い取り上げられた装備を見せつける。
ユーリはいつもと質の違う笑みを向けられた事で一気に焦りだした。
「じょ、冗談だよ。助けにきてくれてサンキュ」
ユーリが素直に謝った事で、
は先ほどより柔らかな笑顔になる。
「分かればよろしい」
そう言うと、持っていた装備をユーリに渡し机から降り立つ。
ユーリは渡された品に不足がない事を確認し、使い慣れた剣帯を手に巻付けた。
「さてと、脱出するの?それともお散歩?」
準備が整ったユーリに
は訊ねる。
「散歩だよ、ちょっと下町までな」
「OK。でもどうやって門番にバレずにこの城を抜け出す訳?」
「その問題だけど、まぁ試す価値ありなのがひとつあるぜ」
はユーリの言葉に首を傾げた。
「その価値ありなのって?」
「『女神像の下』だそうだ」
放たれた言葉に
は数秒固まる。
「・・・何、それ?訳分かんない」
「でも他に手がない訳だし、城ん中探してみようぜ」
何度も来ている(場所は限定的だが)余裕からか、ユーリは歩き出す。
そんな
の顔にはさっさと出たい、とでかでかと書いてあった。
しかし、自身で『穏便に』と言ってしまった手前、ため息一つでユーリに従った。
skit
<<怪しい・・・>>
「そういえば、どうやって出てきたの?ついに鍵開けの特技まで身につけた?」
「俺はそこまで起用じゃねぇよ。たまたま、隣にいた胡散臭いおっさんに鍵をもらったんだよ」
「胡散臭いおっさん???」
「そ。居るだけで胡散臭いオーラを発してたぜ」
「ふ〜ん。そういえば私の仕事仲間にもいるなぁ。まぁ、仕事はこなすからあんまり気にしたことないけど・・・」
「・・・へぇ、どんなヤツなんだよ?」
「歳の離れた、面倒身の良い兄貴って感じかな〜。仕事でもみんなを取りまとめてる人だし。
あ、ユーリとちょと似てるかも」
「・・・・・・俺は将来、胡散臭いおっさんかよ」
<<飲みたくない>>
「そういや、見張りはどうしてあぁなったんだ?
そんな格好じゃ、実力行使は難しかったんじゃないのか?」
「・・・あのさ、私いつでも実力行使に打って出てた?それをいつもやってるのユーリじゃん」
「うっ、悪かったな」
「まぁ、別に良いけどさ。
この格好見て分かんない?」
「・・・メイド姿で悩殺?」
――(ナイフ&黒笑)――
――チャキ――
「やってあげようか?」
「ゴメンナサイ」
「差し入れに一服盛っただけよ。仕事柄、そういうのも持ってるからね〜
あ、調合も少しはできるんだよ?」
「・・・オレはお前が淹れたコーヒーは飲まないって決めた」
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2008.1.7